バケモノグラシ。

６羽

「今日は私も着いていくね」

「断固拒否する」

　短かった二日間の休みも終わり、週初めの朝。

　涼芽が新たな同居人として加わったとはいえ、バケモノ屋敷に対した変化は起こらなかった。

　少し挙げるとすれば、冷蔵庫の中身が減ったり、夜な夜な変な物音がしたり、錬磨の寝床がついにリビングのソファになったことくらいだ。

　そして現在。学校に向かう涼芽と錬磨は、どこから入手したのか綾柏高校の制服を着ている有栖に追いかけられていた。

「なんでー？　私が学校に行けばクーラー代の節約になるよ？」

「有栖にしてはまともな意見だ。というかクーラー使っていること認めたな。やれ涼芽」

「はいです」

　涼芽は有栖に抱き付き、力の限り冷気を送り込んだ。瞬く間に顔を蒼くした有栖は涼芽を振りほどくと、一目散に錬磨へと飛び込んだ。

「さ、さささ寒いよ練磨、暖めてぇっ」

「おい離せ、こんなとこ誰かに見られたら」

　――案の定、騒ぎを遠目に眺めている男子生徒と女子生徒。

「ねえ、あれ鷹取君よね……？　公然の面前で、あんなこと」

「うわガチだ。くっそ、美少女に抱きつかれやがってぇぇ！　不幸の手紙をこれから毎日百通送ってやる！」

　いくら畦道のど真ん中とはいえ、一応通学路のため活用する生徒は一定数存在している。

　男は女に引き摺られる形で、学校の方向へと消えていった。

　間違いなく、綾柏高校今日のトレンドは錬磨の不純異性交友だろう。

「……コロス」

「よっ、ほっ、ほっ」

　有栖は練磨に捕まる前にさっと離れ、民家の窓の中へと逃げ込んだ。どうやら"鏡移動"の力は体を反射して映す物ならどこでも使えるらしく、こうなった有栖を捕らえるのは困難だ。有栖を懲らしめるのは諦め、錬磨はやるせない気持ちのまま登校するのだった。

「涼芽、バケモノって他にもいるのか」

「いるですよ。涼芽はアリスともう一人くらいしか知りませんけど」

「お、じゃあ」

「一応先に言っておくですが、鏡を通り抜ける女を制裁するバケモノなんて存在しないです」

　隔離された教室の隅。誰も寄り付かない錬磨の(呪われた)席で、目付きの悪い男はジト目の雪女に舌打ちをかましていた。

「くっそ、帰りたい……」

「まだ来たばかりですよ鷹取さん。いったい、どうしてそこまでクラスメイトを警戒するんですか」

「俺がみんなを警戒しているんじゃなくて、みんなが俺を警戒しているんだ」

「違うです。クラスのみなさんは別に鷹取さんのことを警戒なんてしてないです」

　錬磨は何を根拠に、と頭ごなしに否定しようとしたが、涼芽は相手の心が読めるのだ。証拠を手にすることなど、造作もない。

　転校初日は気さくに話しかけてくれた、運動好きな男子生徒たち。同じく初日は優しく勉強を教えてくれた、おしとやかな女子生徒たち。

　みんな有栖(バケモノ)が怖いだけで、本当は仲間思いのいいやつなのだ。だから錬磨自身が心を開き、有栖のことをきちんと説明することができたら、クラスの輪に加わることは容易なはずだ。

　錬磨のことを心から嫌っている生徒なんて、どこにも居ないんだ。それがわかっているからこそ、錬磨は照れ隠しにそっぽを向いた。

「……じゃあ、なんだってんだよ」

「軽蔑してるです」

「よし、帰るか」

「待ってよ錬磨！」

　太陽光を反射し、教室の一区分を写し出す窓。

　突然にゅっと現れた有栖は、さっさと荷物を纏める錬磨の腰にしがみついた。

「元凶め、現れやがったな」

　有栖の額をぐぐっと押し返し、力の限り引き剥がそうとする錬磨。いつもは二人のやりとりを静観し、そそくさと立ち去っていく生徒たちだったが、今日だけは何故か違った。

「そ……そういうのやめろよ鷹取！　彼女、嫌がってるだろ！」

「は？」

「へ？」

　錬磨を指差し、ぶるぶると足を震わせている男子生徒。予想外の展開に、生徒たちだけでなく錬磨と有栖、そして涼芽も鳩が豆鉄砲を喰らったような面を浮かべていた。

「……前からずっと思っていたんだよ。毎日のように学校に現れては、お前に怒鳴られて消える美人のお化け。彼女はもしかしたら、僕に会いに来てるんじゃないかな――って」

　胸に手を当て、翼でも生えたかのように天井を仰ぐ男子生徒。錬磨と有栖は、何も言わずにきょとんとした顔で涼芽を見つめ、男子生徒の方を指差していた。

「二人ともその顔やめるです。なんか腹立つです」

「……あれは本心なのか？」

「そうみたいです。というか、そんなこと心を読まずともわかるです」

「……だそうだが？」

「こっち見ないでよ錬磨っ。私が会いに来てるのは、あの子じゃなくて錬磨だよ」

　男子生徒への好意はないと、はっきり口にした有栖。しかし今の発言を聞いてもなお、男子生徒は食い下がらなかった。いや、暴走しているとでも言うべきか。

「わかってる……わかってるよお化けさん。君は鷹取に脅されてんだろ？」

「は、違」

「やめろ鷹取。言い訳は聞きたくない」

　錬磨の言葉を完全に遮断する男子生徒。無自覚で男子生徒を睨みつける錬磨の肩に頬をもちっと乗せ、眉をひそめる有栖。両者の間に立った涼芽は、ただただ呆れるのみだった。

「――んで、結局お前はどうしたいんだよ……」

「そんなの決まってる。彼女をお前の呪縛から解き放ち、正式に、ここの生徒にしてあげたい」

「ははっ、どうやらお前とは仲良くできそうにないな」

　少々食い気味に宣戦布告をする錬磨だが、今度は別の女子生徒が男子生徒の前に(・)立ち塞がった。

「見ていればわかるわ……鷹取くん、君は彼女が邪魔なのよね？　朝だって、君は嫌がっていたのよね」

「……え？　あ、おう」

「それなら私に任せてちょうだい」

　振り向き様に、錬磨にウィンクを送る女子生徒。

　今朝の様子を見られたのは、この二人だったらしい。

　錬磨は、これがクラスメイトとの久々の会話かよ……とただただ頭を抱えていた。