2羽
何とか有栖の監視を掻い潜り、バケモノ屋敷を後にした錬磨。さながらホラーゲームの最終シーンだが、彼にとっては登校前のルーティーンに近しい物である。
いつものように早足で道無き道を行き、ちらほらと民家の並ぶ田んぼ道を抜けた先。一時間程度歩いた練磨がやっとこさ辿り着いたのは、全日制の綾柏高校である。
ここはそもそも過疎地域だという理由もあり全校生徒が少なく、生徒と教師の関係はかなり家庭的だ。
――転入してきた錬磨を除いて。
それは、
「錬磨ー! まだ授業終わらないのー?」
稀に学校に現れては鏡を伝って消えていく、鷺ノ宮有栖の存在があるからだ。
「……やめてくれ。俺にはお前なんか見えていないし関わりたくもない」
「え……昨日私がいつもより密接に関わっちゃったから?」
「変な誤解を生むのはやめろ!」
彼に対する生徒たちの見解は、バケモノ屋敷に住む変人。まずここでオカルトが苦手な子は省かれる。そして、時折現れては授業妨害を起こすバケモノ。大抵の女子の怒りを買っている。しかも、その可愛いバケモノとの同棲。思春期の男子には刺激の強いシチュエーションだ。
つまり、色々な面において錬磨が避けられるのは必至である。
(……結局今日も誰とも話せず終わった……)
「ですね。鷹取さんは孤独です」
友人ができないことを有栖のせいにしてはいるが、練磨は自分が無愛想であるということもよく知っている。少しは笑顔を作らなければならない……と一人拙い笑顔を浮かべ、帰路の畦道を行く。
「汚い笑顔ですね」
(そうだ……俺はうまく笑えない。有栖を貶す時は最高の笑顔が浮かべられるのに)
「醜悪の塊ですね」
(……って、俺は別に友達なんていらないだろ。そんな見せかけの縁なんて、いつもすぐに切れてしまうんだ)
「妻はいるのに友人はいらないんですか。おかしな人ですね」
「有栖は妻じゃねえよ! つーか誰だ!」
柄にもなく大声を上げた錬磨だが、辺りを見回しても誰もいない。そよ風に揺れる木々、舗装された畦道がどこまでも続いているだけだ。
(いない……? 気のせいか)
「ここですが」
「うぉっ!?」
足元からの声に、錬磨は頓狂な声を漏らして後ずさった。ちょこんと立ち尽くす少女、見た目は銀髪を左右に結ったジト目の女子小学生……だが、趣味の悪いコスプレだろうか綾柏高校の制服を着ている。
「誰の趣味が悪いですか。涼芽は鷹取さんと同じ、立派な高校一年生ですが」
まじまじと見つめる練磨を前に、少女は手をぽんと叩き、続けた。
「あ、同じじゃありませんでしたね、訂正するです。鷹取さんと違って社交的で立派な、高校一年生です」
「喧嘩売ってんのか」
錬磨は持ち前の死んだ魚のような目つきでで少女を睨んだが、口をへの字にして錬磨を見上げる彼女に少し違和感を覚えた。
(そういえば俺、さっき口に出してたか……? 見えなかったのは豆粒サイズだったからとはいえ、思考まで読まれているとなると……)
「そうです。涼芽は鷹取さんが言うところの"バケモノ"です。それで、豆粒というのは誰のことですか」
やはりそうか、と錬磨は柏手を打った。有栖やこの少女は幽霊とも妖怪とも取れない存在……それ故にバケモノと呼ばれているが、見た目は一応仮にも譲歩したとしても少しはちょっとは可愛い女の子だ。そんな彼女が自らを平然とバケモノ呼ばわりする様子に、錬磨は表情を陰らせた。
「バケモノ……か」
「ですです。それで、豆粒というのは」
「気にするところ間違えてるぞ」
本人たちが気にしていないのならば、無理に同情するのも失礼に値するだろう。ならば、触れないことが吉だ。
そんなことより、と少女は錬磨のように手のひらを軽く叩いて見せた。
「涼芽は今朝からお二人を監視してたです。はあ、なんですかいちゃこらいちゃこらと。見せつけてるんですか。孤独な涼芽への自慢ですか。訴えますよ」
「いや、ちょっと待て。勝手に覗いておいて被害者面するのはやめろ」
「かんかんかーん。鷹取さん、反省の色が見えないがために死刑です。死です」
「うーん、これはクソガキ」
なんだか面倒な奴に絡まれてしまった、と錬磨はため息をつくが、これも彼の憑依体質が原因なので仕方がない。しかし、有栖と違ってクラスに馴染んでいた、ということはまだまともなのだろう。
「馴染むも何も、今日転入したですよ。まさか、涼芽の自己紹介、聞いてなかったですか?」
「次、俺の心を読んだら死刑な。って、そういえば……」
『南田涼芽です。人の考えてることがわかるです。……あ。あと夏には冷房の代わりになるです』
なんて、突拍子もないことを言っていた。クラスメイトが「変な子が来た」なんて暖かい視線を送る中、錬磨はいつ現れるともわからない有栖を警戒していたためあまり聞いていなかったのである。
「思い出したですか」
「……個性的でいいな! それで、結局どんなバケモノなんだ?」
「はい、バカにしてるですね」
錬磨は笑顔で親指を立てて見せた。
幽霊や妖怪等は普通、人には見えないし、特別な人にしか干渉ができない。しかし全ての人に見え、干渉できる存在……いつしか総称して"バケモノ"と呼ばれるようになったが、バケモノ自体にも固有名詞はある。まだ錬磨が実際に会ったことがあるのは二人だが、その内の一人である有栖には一応"鏡女"という名前があるらしい。
「……まぁいいです、涼芽には"雪女"という別名があるです。あ、妖怪にも雪女っているらしいですが、涼芽とは全くの別物です」
「ややこしいな」
「あんなのとは一緒にして欲しくないです」
「どんなプライドだよ」
眉をつり上げる涼芽を見下ろし、錬磨ははっと思い出したかのように眼光を放った。
「それで、結局俺に何の用だ? 憑依なら間に合ってるぞ」
「そうですか。鷹取さんは住み家のないか弱い少女を森に放置するですね。アリスと同じです」
「ああ、もちろん。厄介事はお断りだ。あと、今回ばかりは有栖と気が合いそうだ」
思っていた反応と違ったのか、口角をひきつらせる涼芽。何か言いたげな表情を察知し、錬磨は先に口を開いた。
「ちなみに俺は有栖も一緒に森に放置してやりたいと考えているがな」
「……でも、そうしないですね。涼芽がダメでアリスがいい理由はなんですか。どうしてバケモノと二人で暮らしているですか。どこで出会ったですか」
涼芽の質問攻めに、錬磨は思わず目を逸らした。
有栖は金を貪る穀潰しであるだけでなく、友人を作る邪魔にもなっている。その気になれば離れることが可能だが、"バケモノ屋敷"に住んでまで離れなかった理由が、錬磨にはあるのだ。
「……まあ、中坊んときに色々あった」
「なるほど、そんな理由があったですか」
「やけにすぐ引き下がったな……いや、心を読んだな貴様」
「まあまあ。涼芽が二人に干渉するには、何か鷹取さんにメリットがあればいいですね」
そう言うと、涼芽は錬磨の腰に抱きついた。なんの恥ずかしげもなくお腹に顔を埋める彼女に悶々としつつ、錬磨はとりあえず両手を上げた。
「何してるですか」
「痴漢対策だ」
「どこまでもヘタレですね。ほら、どうです」
「うん、涼しい」
「それだけですか」
「それだけです」
涼芽の密着する箇所から徐々に冷気を感じ、だんだんと錬磨の体温は下がっていった。"雪女"としての冷房機能は働くらしい、もうすぐ迎える夏は涼芽がいれば電気代無しに乗りきれそうだ。
「一応……。一応聞くが、お前バイトはしてるか」
「当然です。住み家が無くてもご飯代を――」
「歓迎するよ、今日からお前は俺たちの家族だ!」
「凍らしますよ」
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