落ちこぼれエンチャンターとダンジョンアタック(8)
デバフの神様
落ちこぼれエンチャンターとダンジョンアタック(8)
今日も今日とてギルドの酒場で反省会。
少しずつ食事内容がグレードアップされている。稼ぎが黒字化してきているのだ。メンバー達の笑顔が増えているのは何も迷宮攻略が進んでいるからだけでは無い。こうして、美味しい物を食べ、生きている事を、また帰ってこれた事を祝うのだ。明日へ向かう活力を得るために。
依頼失敗を繰り返した絶望の日々。
もうダメかと思った日。
もう立てないと思った日。
そんな日が幾つあっただろう。
そんな日をどれだけ過ごしただろう。
かつては興味のなかった普通の食事がこれほど美味しく感じるのは何故だろう。
彼らは今、心から感謝している。
チャンスをくれたギルドマスターと、パーティーを組んでくれた付与術士に。そして生きている事に。
頼んだ食事は硬いパンとソーセージ、小さな肉片入の野菜のスープを乗せたトレーが五つ。たったそれだけと言うなかれ、それさえ手に届かなかった時期があるのだ。いつものテーブルに運ばれてジョッキを片手に五人がそれぞれ手を上げた。
「10階層攻略にカンパイ!!」
「くはぁ、美味しィ」
「ぷはぁ」
勝利の後のエールは格別だ。ゴクリと喉を鳴らし、それぞれがそれぞれに食事を味わう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日の反省会も終盤に差し掛かる。
「あのさ」
女戦士ラキールは疑問に思っていたことを切り出した。反省会が盛り上がって、パーティーの絆がより強くなっていく嬉しさを噛み締めながら。
「毒霧を受けた時なんだけど」
落ちこぼれエンチャンターはドキリと胸が鳴ったのを感じたが、無視して女戦士を眺める。ラキールは自分に起きた事象を説明した。肩ポンされた時に感じた違和感を。苦痛に歪めた顔は、疑問に思った顔へとシフトしたが傍から見て同じ顔だから、変化はないと記述しておく。
「急に体が軽くなったんだ。リヴァイスは何をしたんだ?」
「……毒を"肩代わり"して、お返しスキルを放ったな」
「「「え!?」」」
相変わらず息ぴったりである。
付与術士には【バイタルドレイン】や【マジカルドレイン】とは別に【デバフドレイン】という技がある。仲間に掛かったデバフを自分が受け取る技だ。わざわざ状態異常を自分のものにするスキルは、お返しスキルの伏線、いや布石と言ったところか。単体で使う愚かなエンチャンターはもちろんの事いない。むしろ、ゴミスキルと思われている。普通のエンチャンターが使う事はほぼないに等しい。
お察し落ちこぼれエンチャンターの得意スキルである。
だがこの技、凄く地味なのだ。勝利の余韻に浸るパーティーメンバーにはほとんど気づかれない。喜びが上書きされて、苦痛は忘れられてしまうからだ。継続回復による体力維持も忘れさせる要因になっている。
静かに静かに行われるエンチャンターの支援魔法は誰にも認識されることなく終わってきた。どれだけ貢献しているか、どれだけ人の苦痛を肩代わりしていようが、気づかれることは無い。だからこそ、落ちこぼれエンチャンターは落ちこぼれエンチャンターとして追い出されてきたのだ。
今回もそうなのだろうと思っていたリヴァイスは少々驚いていた。気づいたのかと。
しかし、反省会を繰り返してきたのが功を奏したと言っていい。毎回行う反省会は少しの違和感でも話し合う、そんな場になっているからだ。
お互いの役回りを知るために。
そして感謝をするために。
背中を、命を預ける仲間へ信頼を深めるために。
確かな高揚感、今まで感じることが出来なかった喜びがテーブルに生じていた。
「「「凄い!!」」」
語彙力!!
閑話休題。
「あのあの、もしかしてなんですけど!?」
「ん?」
「食中毒とかも吸収できちゃったりしますかぁ!?」
「できるが?」
キランと目が光る僧侶ファランカ。嫌な予感しかしないエンチャンターだった。
彼女は酒場のカウンターへ勢いよく駆ける。そうして戻って来てみれば、トレーには山盛りの貝が。
「食べてみたかったんです!!」
「おい、まさか……」
バクバク食べる僧侶に唖然とする勇者一行。当然の帰結。僧侶はお腹を壊した。
「うぅぅぅ……リヴァイスさん、お願いしますぅ」
アホである。
エンチャンターは何を思ったのか口端を上げた。
「【デバフドレイン】」
僧侶の食中毒を吸収して、その毒を勇者に投げたのである。
「うぅぅぅ」
突然唸り出した勇者に何が起きたのかは明白だった。
「アキラスさんっ!?」
焦るファランカ。呆れる周囲。蹲る勇者。エンチャンターは獲物を見つけた肉食獣よろしく僧侶を眺める。
「お前、俺にこれをもたらそうとしたんだろう?」
「……」
目を逸らす僧侶。呆れる周囲。蹲る勇者。エンチャンターは獲物を見つけた肉食獣よろしく僧侶をもう一度見た。
「お前の浅はかな願いで得た結果は勇者の尊い犠牲だけだ」
驚愕に目を見張る僧侶。青ざめる周囲。とばっちりの勇者。酷いことをしている自覚はあったが、僧侶の無自覚な無礼を遠慮なく勇者に押し付けて教訓とした。
「【デバフドレイン】、撒いたもんは自分で刈り取れ」
勇者の食中毒、基、僧侶の食中毒は本人の元へ帰って行った。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
トイレへ駆け込む僧侶の姿を誰も追うことは無かった。
「リヴァイス、酷いよ」
「酷いのはファランカだ。俺のせいにするな」
勇者の訴えも虚空に消えていった。
落ちこぼれエンチャンターへの恐れが反省会の締めくくりに生じたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
迷宮攻略は進む。
挑んでいるのは早いもので20階層。ここまでに一月。
阿吽の呼吸も板に付いてきた。もはや僧侶の指揮も指を何本か立てるだけで済む程のものになってきている。 今回が初めての泊まり込み迷宮攻略だ。今まではほぼ日帰り温泉よろしく日帰り迷宮だったのだが、流石に時間をかけざるを得なかったのである。20階層にして初。今まで問題が起こる度にすぐに迷宮をあとにしてきた。命大事をモットーに。
ここへ来て初めて用意だけはしていたテントが御目見である。
「じゃ、アキラス、テント設置よろしく」
軽いノリで言っただけだった。エンチャンターは片手を上げてすぐに食事の準備に入ろうとする。しかし、一向に動こうとしない、固まった勇者を見上げた。
「なにボサっとしてんの、動けよ」
「いや、あの、その……」
聞けば。
テントはいつも盗賊の仕事だったと。食事も。その間彼らはいったい何をしていたのか……。盗賊のオカン気質を呪いつつ、エンチャンターは腰を上げた。
「なんでも人任せにしてきたツケだな。俺は手伝わんぞ。お前のせいでみんなが眠れないんだ。どうする?」
「「「え」」」
「え、じゃねぇわ。俺は食事担当だからな。なに? 俺の食事食うつもり? 働きもせずに? 冗談じゃねぇよ。食いたかったら自分で作れ、テント設置しないんならな」
「設置したことなくて……」
「だったらどうすんの? 俺にやらせるつもりか? お前らはその間何すんの? 俺の食事作ってくれんの? なら交代してやってもいいぞ。そっちのが楽だし」
ボンボンにも程があった。途方に暮れる彼らを放ったらかしてドンドン料理を続けるリヴァイス。
「テント設置の方法を教えてください」
四人は全員で頭を下げに来た。ため息をつく黒髪。
「自分でやってみろ。それか四人で力を合わせろ。……ったく。完成品くらいは見たことあるだろうが!! 完成イメージしてとにかく手を動かせ。できてない所を後で見てやるから」
何度か安堵のため息を吐いた四人は時間を掛けつつあーだこーだ言いながら何とかテントの設置を終えた。設置完了までに彼らはとにかく分からない事だけを聞きに来る。エンチャンターはその度に指摘すべき点を指摘して、考えながら、自ら答えに達せる方法を模索しながら教えた。
「「「できたー!!」」」
ガキだった。
完成を無邪気に喜ぶ四人を眺めて、エンチャンターは笑う。こんなのもいいかと。
「よし、飯にしよう。こっちもできた」
一緒に旅をする度に新しい発見がある。
「美味しい!!」
「労働の後は格別うめぇだろ?」
「そうかぁ……人任せにしてきたけど、自分でやるのも大事だね。アイツ、これ全部一人で文句も言わずに……」
「「「……そうだね」」」
しんみりと四人は過去を振り返った。
何もかも雑用を一人に任せて押し付けてきた。
「言っておくが……」
言うか言うまいか考えたが、エンチャンターは決意した顔で勇者達を見回す。
「何も、一人に任せることが悪かったわけじゃないぞ」
彼らはポカンとした。
「役割分担ってやつだ。ポーターを雇う冒険者だっているし奴隷に全部させる奴もいる」
言葉を切ってからもう一度彼らの顔を一人一人見る。
「お前らがいけなかったのは、雑用の重要性を知ろうとしなかった事と、それをバカにして感謝しなかった事とだな。どうよ、今は」
「うん、凄くありがたい事だって今はよくわかるよ」
「そうだねうんそうだよ」
「ご飯も、リヴァイスありがとう」
「「「ありがとう」」」
「ふ、お前らもテントありがとな」
さて、お次はボス戦だ。
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