落ちこぼれエンチャンターとダンジョンアタック(7)
デバフの神様
落ちこぼれエンチャンターとダンジョンアタック(7)
黒髪はたじろいでいた。
おかしい、いつも慣れてきた頃には捨てられているのに。
と、このように。
勇者達はシッポをブンブンと振る犬の様に、落ちこぼれエンチャンターに懐いていた。違和感を感じているのは何も勇者だけではなかったのである。絶賛困惑中だった。
テーブルを囲んで食事をするのももう10日を越えている。
「それにね、最後に放った僕の一閃だけど、なんの手応えもなかったんだ。決まる直前にモンスターはもうやられてたんじゃないかって」
9階層まで来た彼らは、流石に順調な工程が自分達の努力だけでは無いのだと思い始めていた。その快挙の正体はなんだろうと思ったのだ。
「最後のは俺のデバフだな。火トカゲを【毒状態】にしてたからな、毒死じゃないか?」
「「「えっ!?」」」
「踊って見えたのは多分、火傷をお返ししたからだろう」
「「「えっ!?」」」
「ラキが盾を構えた時に【麻痺】にしてやったから、ちょっと遅くなっただろぅ?」
「「「えっ!?」」」
相も変わらず息ピッタリの語彙力の無い勇者達である。
「あのさ、それってめちゃくちゃ凄いことなんじゃ……」
「んなこたァねぇよ。エンチャンターなら誰でもできるぞ。やらないだけで」
「なんで!?」
火力特化の【付与術士】、バフを多用する付与術士、追撃をメインにしている付与術士などなど様々なスタイルが存在する。そしてデバフをたまに入れる付与術士もいるが、デバフをメインにするものはほとんどいない。
何にも増してバフが有用だからだ。
デバフをする余裕があるならバフでみんなに恩恵を与える方がはるかに有益だと思わせられる。
例えば身体強化。ひと目で強さを実感させられる。
そして属性付与。同じ攻撃で倒せなかったモンスターが沈む。致命傷だった敵の攻撃がかすり傷程度に抑えられたりするのだ。
しかもデバフは目立たない。認識される事もなければ、有益と思う者もほとんどいないのが現状である。
【付与術士】にデバフは不人気なのだ。わざわざ使うこともない。
ガタンとけたたましく椅子から立ち上がった勇者が勢いよく頭を下げた。
「ごめん!! 今までぜんぜん気付かなかった!! それとありがとう!!」
「よせよ。俺はできる事をやってるだけだ。【付与術士】が誰でもできるはずの事をせずにな」
自嘲気味に笑ったエンチャンターを、勇者一行は誰も笑わなかった。むしろ両側のメンバーが彼の腕に触れる。僧侶が彼の左腕に右手を乗せ、右腕には魔術師の左手が乗った。
「リヴァイス、貴方のやっている事は凄い事よ。その……ぜんぜんわからなかったけど、感謝する」
マーリが左手に少し力を加える。彼に感謝が伝わるように。
「そうだぞっ!! ありがとう」
やや斜向かいにいるラキールも大きく頷いた。
「そうですよ!! リヴァイスさんは凄いですっ」
「お前ら……目にゴミが入ったじゃねぇか」
一粒の雫が頬を伝う。
「なぁに誤魔化してるのよ。泣いていいんだよ?」
勇者御一行の優しさに触れた落ちこぼれエンチャンターの心も救われ出しているのかもしれなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あのあの、リヴァイスさん。ちょっと気になる事が」
「なんだよ」
「火傷を"お返し"したって、言ってましたよね? それどういう事ですか?」
【付与術士】のスキルには、受けたデバフを反転させるものがある。ただの反転ではなく、そこに大ダメージを乗せて。
毒にされたら相手に毒を付与してダメージまで乗せてしまう凶悪なお返し返礼スキルだ。
それも、自分のデバフの数が多ければ多いほどダメージを乗算する。ただ、属性付与が付いた者がデバフに罹る可能性が低いため、普通の【付与術士】には使う場面があんまり無いのだ。それにヒーラーがデバフを解除してくれる。故に出番はほとんどない。
だがリヴァイスは別だ。デバフが得意なだけに、いや、バフが使えないが故に登場機会の多いスキルなのだ。彼がソロで多くのモンスターを葬ってきたのもお返しスキルの恩恵が大きい。追撃装備の相乗効果もあって、実の所ソロ性能の高い【付与術士】なのだ。
「反則じゃないですかぁ!?」
「【付与術士】は誰でもできるんだから反則じゃねぇよ。やらないだけで(二回目)」
言わずと知れた落ちこぼれエンチャンターも語彙力は少ないのであった。つまり語り部もゴフッ……。
「医者いらず……ヒーラーの存在意義が……」
「いや、普通にダメージは負ってるんだからヒーラー様様なんだが?」
一行は落ちこぼれエンチャンターへの理解を深めたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
10階層にはエリアボスの部屋がある。そこを通過しない限り、11階層には進めない。つまりボスとの戦闘は避けられないのだ。
当然初心者にはオススメできない部屋である。
備えなく挑む者は命を散らす。
彼らはボス部屋の前にいた。
「いよいよだね」
「初めての長期戦になるかもな」
「マーリ、バイタルドレインとマジカルドレインを先に撃っておけよ? 長期戦の肝だからな?」
「わかってる」
バイタルドレインとは敵のHPを少量自分のものにする継続効果のあるスキルだ。受けた傷が小さなものであれば、戦闘後はほぼ無傷状態に戻すことが可能だ。マジカルドレインはその魔力版で、相手の魔力を少しずつ吸収するスキルである。
このスキルは当然デメリットも存在する。相手が雑魚であればあるほど、使えないのだ。吸収する前にドレインによるダメージで相手が消えると吸収出来ずに戦闘終了になってしまう。また、吸収前に仲間が倒してしまうことも問題だ。相手がいてこその吸収ということである。
「ファランカも開始早々は継続回復頼むぞ」
「お任せ下さい!!」
魔法職メンバーで打ち合わせている訳だが、前衛二人が何か言いたげにソワソワしていた。見かねたエンチャンターが反応する。
「なんだよ?」
「いや、その僕たちにはアドバイスとかは……」
「知らん」
「「えー」」
「むしろお前らから要求はないのか? こうして欲しいとかの」
「ラキールはなんかある?」
「……初撃を任せてくれないか? ヘイト維持するのに苦労するんだ」
「「「(コクリ)」」」
徐々に徐々にパーティーの団結が強まる感覚。そんな手応えと共に戦闘は開始された。
ボスは巨大スライムと眷属の雑魚スライム。いずれも火属性である。
「うおぉぉぉぉ!!」
猛ダッシュで巨大スライムを切りつけながら、ラキールはモンスターの後ろへ回った。巨大スライムが背中を向ける。
「【エリアブレス】」
「【バイタルドレイン】【マジカルドレイン】」
二人の後衛がスキルを放つ。
勇者アキラスと付与術士リヴァイスは眷属スライムを片付けに入った。勇者の一閃スキルが雑魚を消し、余波で巨大スライムにもダメージが飛ぶ。それでもヘイトはラキールが維持したままだ。
勢いに乗る勇者パーティー。
ラキールによるシールドバッシュがスライムを弾く。アキラスが二弾突を、リヴァイスが魔法追撃の横薙ぎを繰り出した。スライムが勇者を睨み、反対のリヴァイスへ振り返ろうとする。ラキールのスキル、【オーバースラッシュ】が炸裂した。戦士の大技、とだけ。
巨大スライムは怒り狂う。女戦士へ向けて毒の霧を放った。
「【ヒール】!!」
すかさずファランカの癒しがラキールに届く。毒は少しずつ女戦士の体力を削っていくが、継続回復が彼女の体力を維持させていた。苦悶の表情をしている女戦士へエンチャンターが駆け寄る。一瞬肩にポンと触れてから、エンチャンターはスライムへの攻撃に転じた。
「……!?」
怪訝な顔をした女戦士は疑問符を頭に貼り付ける。しかし彼女の仕事はヘイト維持。素早く次の挑発スキルを放った。巨大スライムが女戦士を振り返った瞬間、キラキラとエフェクトを残してモンスターが部屋から消える。
ドロップ品はビッグスライムの核とフレイムナイフ。
「「「勝った……」」」
一階層で死にかけていた頃が嘘のように、攻略は進む。
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