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落ちこぼれエンチャンターとダンジョンアタック(5)

 デバフの神様


 落ちこぼれエンチャンターとダンジョンアタック(5)



 迷宮一階層。コボルトという北の迷宮最弱のモンスターが出る階層である。


 勇者達は"力み過ぎ"という状態に陥っていた。とにかく冒険者として後がないという焦りから、なんでも全力で行ってしまうのだ。一階層という初心者冒険者でも頑張れば余裕で踏破できる階層で、半ば程でヘロヘロになってしまう。


 そんな彼らに救いの手を施す落ちこぼれエンチャンターだったらいいなぁ。コホン。そうなる予定である。


 彼らは冒険者ギルドにおいて、常時依頼のある"コボルトナイフ10本"という収拾クエストをこなす予定でいる。運良くいけば10匹のコボルト討伐で達成可能だが、ドロップ品は運が作用する。ドロップ確定の収拾品などないのだ。その多くはだいたい"布片"で、ほぼゴミ。庶民で言うところのウエスになる程度のものだ。雑巾より扱いは低い。


 一方コボルトナイフは鍛冶師が研ぐと、程よい包丁に昇華するため、街では需要がそこそこある。そこでギルドはコボルトナイフを10本セットにして集める事にした。一本単位は処理がめんどくさく、人件費も割に合わないための措置でもある。そして初心者冒険者の生活の糧でもあった。ひたすらコボルトを退治するため、いい訓練にもなる。


 こうして10本目のナイフを手にした時、勇者達は心の底から安堵した。そしてこぼれる笑み。


 長かった。


 どんどんランクを落とし、自信を無くし、失敗を繰り返した。


 躍起になって奔走した、下位ランクの討伐依頼でさえ成功を逃した。


 あまつさえ、余裕の階層で命を落としそうになった。


 人々は彼らを見て"ざまぁ"と言った。


 悔しくて悔しくて仕方がなかった。


 勇者は五日前のギルドマスターとの会話を思い出していた。


 ナイフを一本、カバンから落とした事に気づかずに……。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お前らな……次は無いぞ」


 失敗続きの勇者パーティーにギルドマスターは頭を抱えながらそう告げた。恩情で引き取られた冒険者ギルド。本来勇者ギルドから脱落した者を拾うことは無い。なぜなら、十分な醜聞だからだ。不名誉をわかった上で引き取る物好きなどいない。しかし、【彷徨う剣】は将来有望だと誰もが認めていたパーティーだった。冒険者ギルドのマスターは彼らの更生を願う。


 壁際に三角座りをして落ち込んでいる彼らをギルドマスターはどうしたものかと思っていた。あまりにも失敗続きの彼らをこれ以上冒険者として置いておく訳にもいかなくなったのだ。依頼者が当然いるわけで、失敗による損失だけではなく期待を打ち壊して信頼を無くすのだ。ギルドの信用問題にまで事は及ぶ。


 コンコンと説明され、勇者達は現実を思い知った。盗賊にした身勝手な追放がもたらした惨状をこれでもかと。


 ギルドマスターは言う。


「お前らには一人の訳あり【付与術士(エンチャンター)】と組んでもらう。そいつが許可したらだがな。迷宮の30階層まで行ってこい。そこにある素材を取ってきたら、所属を延長してやろう。当然【付与術士(エンチャンター)】を連れて行くのが条件だが」


 勇者達にとっては最後のチャンスだ。何としても【付与術士(エンチャンター)】を連れて迷宮30層へ行かなければならなくなった。自信はない。もう自分達では何一つ上手くいかない。負の連鎖を断ち切れずにいた。


「名はリヴァイアじゃなかった、リヴァイ……あ、リヴァイスだな」


 召喚獣呼びはぶっちぎりでギルドマスターのせいだった。


 聞けば【付与術士(エンチャンター)】なのに属性付与が出来ないという。そんな者を迷宮30階層まで連れて行けというのだ。それが厳しい試練になる事を彼らは知っている。自分達ではもう何一つ出来ないのに、もう一人のお荷物が増えて、なんになるというのか。しかし、彼らには後がなかった。受けるより他選択肢はない。


 絶望の手前にいた彼らが目にしたのは不遜な黒髪の男だった。自分たちには無い余裕と自信が溢れ出ていた。訳あり【付与術士(エンチャンター)】の態度が気になった。何度もパーティーから追い出されたと聞く。なのに、この自信はどこから来るのだろうか。勇者は興味を引かれた。


 気づけば。


「お願いします、俺達と組んでください」


 と頭を下げていた。


 人に頭を下げるなどいつ以来だろう。


 プライドは邪魔しなかった。自然と下がったのだ。


 心が動いた時、人はプライドなんてものともしないのだ。


 そんな事に気付いた勇者の胸には小さな希望が灯った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 遅々として進まない迷宮一階層。そろそろナレーションにも飽き……コホン。コボルトナイフの10本目をカバンにしまう勇者を、落ちこぼれエンチャンターは見逃さなかった。


 言ったはずである。


 "素材バッグの行きはマーリ、帰りは俺が持つ"と。


 なぜ勇者は自分のカバンにしまうのか。8本はマーリの素材バッグに入っている。打ち合わせ通りだ。おそらく10本目の収拾に浮かれたのだろう。本当に久しぶりの依頼達成の可能性に狂喜乱舞したのかもしれない。勇者達はなんの違和感も覚えていない様だった。ただただ喜びで満たされている。


「その、なんだ……おめでとさん」


 あまりの喜び様に、落ちこぼれエンチャンターは言葉を無くしたが、勇者が落としたナイフにもしっかり目が止まっている。後で泣くんだろうなぁ、と思いながら。


 祝福の言葉を聞いて無邪気に喜ぶ勇者達はおめでたかった。色々な意味で。


「じゃ、今日は常時依頼の達成報告がてら帰るか?」


 黒髪の鶴の一声で迷宮を後にする彼ら。青年はため息混じりに落ちたナイフを"自分のカバン"に入れた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ない!? ない!! ナイフが!!」


 やっぱりである。


 ここは冒険者ギルド買取カウンター。コボルトナイフを納めて、依頼達成を報告するはずだった勇者パーティー。落ちこぼれエンチャンターは一番後ろで呆れていた。


 マーリは素材バッグを黒髪から受け取って、しっかり8本のコボルトナイフを確認し、勇者に渡した。自分が集めた本数である。そして勇者が取り出したナイフは1本だけだった。10本セットで買取してくれるコボルトナイフの常時依頼は未達成という事になる。


「アキラス、もしかして落としたんじゃない?」


 途端に黒髪以外が涙目になった。


 もう自分たちは終わりだ。常時依頼さえ、まともに報告できないのだ。


 絶望が彼らを襲う。


「とりあえずお前らこっち来い」


 落ちこぼれエンチャンターは併設された酒場の方へ指さしてテーブルに向かった。勇者達はとぼとぼメソメソ彼に着いて行く。全員の着席を確認して黒髪は言う。


「第一回【彷徨う剣】と落ちこぼれエンチャンターの迷宮反省会を行います。拍手」


 パラパラとやる気のない拍手がちらほら。


「まずは確認だな。コボルトナイフは全部で何本収拾できた?」


 暗い顔の四人。


 10本あるはずのコボルトナイフはテーブルに9本しかなかった。


「なんで9本しかない? 10本って勘違いしてたのか?」

「そんなはずない!!」

「そうよ!! ちゃんと10本数えてたもの!!」


 全員が10本あると確信していた。


「じゃ、なんで9本しかないの?」


 それには誰も答えることができなかった。視線は勇者に移る。勇者は青ざめた。マーリが集めた8本は疑いようがなく、しっかり確認して渡されたのだ。帰りはリヴァイスが持ったものの、中身の数は変化なしだ。


「僕が落としたのか……」

「どうすんの? 取りに戻んの?」


 わかった上で黒髪は煽る。そして見守った。


 ゴン。


 テーブルに勇者の額が引っ付いた。そしてみるみるうちにテーブルにはシミが広がっていった。


「「アキラス!?」」

「みん、な、ごめん、ごべんださ……」


 嗚咽で言葉にならなかったが、勇者は謝罪を口にした。自分の情けなさ、不甲斐なさに涙を抑えることができなかった。期待の新星が、見るも堪えない姿だ。一行は全員が泣いた。黒髪以外。


 パンパン


 手を叩いた落ちこぼれエンチャンターに怪訝な瞳は約六つ。勇者は俯いたままだ。


「アキラス、とりあえずこっち向け」


 無情にも青年は泣いている男を顧みない。


「反省会っつったろ。次に活かせばいいんだ。何この世の終わりを背負ってんだ。始まったばかりだろうよ、俺たちの迷宮入りは」


 全員がハッとした顔を落ちこぼれエンチャンターに向けた。今度はこの男に捨てられて終わりだと思ってしまったのだ。勇者達全員が。呆れられて契約終了と。彼には条件が良すぎた。途中リタイヤでも報酬が貰えるのだから。


「とりあえずなんか飲もうか」


 甲斐甲斐しく五人分の飲み物をカウンターから持ってきて配る。


 世話焼きオニイチャンターの再臨だ。


「じゃ、反省すべき点は?」

「荷物を落とした」

「まぁそうだが、いつ?」


 真っ先に答えた勇者だったが、次の質問には答えることができなかった。


「じゃ、落とした事はこの際置いておくとして、他に反省点は?」


 これにはなかなか返事はない。


「じゃ、悪いのは誰?」


 この質問には勇者がテーブルに額を打ち付け、全員が俯いた。なかなか勇者想いのパーティーだと思った黒髪である。


「全員顔を上げろ。アキラス、お前リーダーだろ、しっかりしろ。仲間を不安にさせとくな」


 黒髪の授業が始まった。


「この場合、連帯責任だから悪いのは全員だ。いいか? みんなで責任を負うんだ。勇者一人のせいにするな。そもそも勇者のせいってだけでもないんだが、気付いてるか?」


「俺は役割分担決めたな? 素材バッグは誰が持つ手筈だった、ファランカ」

「え? あの……行きはマーリさんで、帰りはリヴァイア……」

「リヴァイスだ、バカヤロウ」

「ヒィ」


「そういうこった。コボルトナイフを8本はちゃんとマーリが確保してた。じゃ、9本目はなんでマーリに渡さなかった?」


 全員がハッとして顔を上げた。状況を思い出しているかのように上を向いたり目を瞑ったり様々だった。考える習慣がこのパーティーにはなかったのだろうと黒髪は悟る。おずおずとラキールが手を上げた。


「あのコボルト三匹の時に9本目を拾ったのは私だ。その後アキラスに渡した」

「そうだな。じゃ、マーリに渡さなかったのは何故だ?」

「……いつもの癖で……私はいつもアキラスに渡してたんだ」

「私もそれ知ってたから疑問に思わなかった」

「僕も自然に受け取った……」


「うん。それじゃ反省点は?」


 リヴァイスは全員の反応をじっくり観察した。


「私が貰うよう促せば良かった」

「それなら私もマーリに渡す事をしっかり意識すべきだった」

「僕もマーリに渡す癖を付けないと」


「いいな。しっかり次に活かそうぜ。なぁに毎回反省点探していきゃいいんだよ。それじゃファランカは何ができたと思う?」

「私ですか!?」

「連帯責任だって言ったろ? この場合直接関わってないのはお前だけど、なんかできることはないか?」

「……そうですね。アキラスさんからドロップ品を受け取ってマーリさんに渡すか、マーリさんに渡すよう促せます! 違います、か?」

「いや、それでいいんじゃないか? そうやって最初はみんなで声を掛け合って行けばいい」


 目からウロコな四人であった。


「んじゃ、これをお前たちにやろう」


 コトリとテーブルの真ん中にコボルトナイフを転がす。


「「「え」」」


「はぁ……10本目のナイフをアキラスがカバンに入れる時にな、入れ替わりで落ちたんだよ。拾っておいた」

「「「リヴァイアサン……」」」


「お前らわざと言ってるだろ!?」


 ※リヴァイアサンに失礼であると記述しておこう。


「ほら、リーダーだろ、依頼達成報告してこい」


 勇者は立ち上がった! このセリフなんだかカッコイイのでもう一度。勇者は立ち上がった!


 状況は極めてかっこ悪いが、勇者はコボルトナイフを10本を大事そうに抱えて買取カウンターへ向かった。


「あの……」

「ん?」

「最初から落としたの知ってて黙ってたんですか?」

「そうだが?」

「どうして……」

「甘えんな!! お前らは仕事を舐めてるんだよ。たかがコボルトナイフ10本だと思ってたわけじゃないんだろう? あんなに嬉しそうにしてたからな。でもな、持ち物の管理を徹底しなかったのは全員の落ち度だ。違うか? それを拾った俺のせいにする気か? 最初から俺が落としたぞって言えば良かったのか? そうしたら今回の反省はできたのか? 素材一つの大切さを実感できたかよ? ああ?」

「「「ごめんなさい!!」」」


 お説教は続くのだった。



最後までお読み下さりありがとうございました!!

良ければ下の

☆を★★★★★にお願いします!

"(ノ*>∀<)ノ

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