落ちこぼれエンチャンターとざまされ勇者達(2)
デバフの神様
落ちこぼれエンチャンターとざまされ勇者達(2)
「リヴァイスさん……」
「みなまで言うな……想像の通りだよ!」
ガックリと項垂れた哀愁漂うこの男こそ、落ちこぼれエンチャンター。その名をリヴァイスという。いつもの冒険者ギルドのカウンターで、いつもの受付嬢に哀れな感情を向けられたところだ。
黒目黒髪の青年は本来なら引く手数多の【付与術士】のはずだが、彼は仲間を強化する類の術を持たなかった。そのせいで、せっかく組んだパーティーから追放されることが多いのだ。パーティー募集に最初はいい顔をするメンバーも、次第に見下げる顔になる。それがわかっていても尚、彼はパーティーが好きだった。と言うより独りが嫌いだった。
組んでも組んでも追い出されるのなら、いっそソロでと思うのだが。募集を見るとつい期待してしまうのだ。"次こそは"と。
彼は素材の買取カウンターへ向かう。そして今日の収穫を卸すのだが、ソロで狩れるのかという魔物の討伐依頼をこなして来るからタチが悪い。興味を惹かれる者は少なからず一定数存在するから。その恩恵だけ受けて、後は捨てられる。そんな事の繰り返しを何度も何度もしてきたのだ。
受付嬢はそれを知っていつも心を痛めてくれている。その同情も心に痛いのだが、とはおくびにも出さないが。
「リヴァイスさん、あんた、ギルマスに呼ばれてるぞ。何したんだ?」
「は? 初耳だが……」
買取カウンターの男にそう言われてリヴァイスは首を傾げる。思い当たることはない。ないはず。ないんだけどな? ないよな? 頭にたくさんの疑問符を浮かべながらギルドマスターが待つという二階へ向かった。ここへ来てギルドまで追放とか勘弁なんだが、と思いながら。
ノックの後、入室の許可を得て入ればあら不思議、ズタボロの四人が三角座りをして壁際にいるではないか。怪訝な顔をするも、リヴァイスはそれを無視してギルドマスターを睨む。
「呼んだか?」
「リヴァイス、久しいな」
ふん、と鼻を鳴らした彼は勝手にソファーへふんぞり返った。そんな不遜な態度も意に介さずギルドマスターは穏やかに続ける。
「俺からの指名依頼だ。こいつらとパーティーを組んで迷宮探索を頼む。目標は地下30階な」
「勝手に進めんな」
ギルドマスターはズタボロの四人を指差しながら話続ける。黒髪の青年は当然待ったをかけた。
「聞くが……こいつらは?」
誰だ。
ギルドマスターは言う。
「こいつらな……元勇者パーティー【彷徨う剣】だ。今は冒険者パーティー【彷徨う剣】だけどな」
説明しよう。職業に勇者を宿す者は『勇者ギルド』に所属することが出来る。そしてその勇者が結成したパーティーが晴れて「勇者パーティー」を名乗ることが出来るのだ。所謂「冒険者パーティー」の上位互換と言っていい。強力なスキルを所持する勇者とそのパーティーは実績に基づいて『勇者ギルド』が入会を認めることがある。そうして選ばれた者だけが所属できる場所なのだ。勇者を宿していても誰でも『勇者ギルド』に入れる訳では無いのである。
「落ちパかよ」
落ちパ、勇者ギルドからの脱落者パーティーを揶揄う蔑称である。余程のことでもない限り、普通は脱落など起こらない。つまり、壁際の四人は余程のことを起こしたか、やらかしたか、もしくは蹴落とされたか。
「悪いが、断る」
ハッキリクッキリスッパリ断る潔い男、それがリヴァイスだ。
「まぁ、聞けよ。指名依頼だって言ったろ。断ったらペナルティだ」
「おいおい、随分横暴だな!?」
「失敗してもこんだけ、成功したらこんだけ、万が一途中リタイヤでもこんだけ出す……な? いい案件だろ?」
ギルドマスターは悪い笑みで指を幾つも立てて見せた。報酬の貨幣の数だ。
ゴクリと喉を鳴らす欲望に忠実な男がリヴァイスという男である。とりあえず話は聞いておこうかな? という変化もあっさりしたものだ。
「そんだけ期待してんのか? このズタボロ達に」
「まぁな……」
意味深な返事を無視して考え込むリヴァイスはふと顔を上げた。
「こいつら何をやらかしたん?」
「本人に聞けよ」
「お前ら何をやらかしたん?」
聞けば。
転落は一人のメンバーを追放したところから始まった。雑用しか脳のない職業「盗賊」の男がいなくなってから、物事が狂い始めたと言う。料理、荷物持、会計、宿取り、交渉、ギルド関係全般の業務をこなしていた男だという。
「……なんでそんな便利男を追い出すんだ、バカなのか? ああ、バカなのか」
話をぶった切って突っ込む言葉は容赦がない。詰まりながらも訥々と話し続ける勇者であろう少年。その顔には憎悪とも諦めともつかないやるせない顔をしていた。悔しさを滲ませながらも彼は続けた。
「何もかもうまくいかない日が続いて、『勇者ギルド』から追放されて、『冒険者ギルド』でもどんどん降格して……」
勇者はついに涙を流した。並んだ三人もだーっと涙をこぼす、滝のように。
B級だったクラスもD級にまで落ち込み、もう後がない。冒険者には格付けがあり、上からS・A・B・C・D・E・Fと細分化されている。失敗にしても酷い有様だった。
「どうやってB級まであがれたん……ああ、そいつのおかげだったんだな?」
頷く四人。戻ってくるよう言ったが、すげなく断られたと。当たり前である。と、リヴァイスはウンウンと偉そうに腕を組んだ。
「一応聞いておくが……」
落ちこぼれエンチャンターの声に四人は一斉に顔を上げた。
「謝ったんだろうな?」
四人は俯いた。
「……マジか」
ギルドマスターはニヤニヤしているだけである。
「悪いけどな、そんな不誠実な甘ちゃん達と、俺は組みたくはない」
「そんなっ!? もうあなたが組んでくれないと、俺たちはもうクビだって……」
「うぅ……」
「いや、知らんがな……」
そもそもリヴァイスは討伐依頼を終えて、素材を売ったところであった。なんにも関係ない。どこぞの落ちパがどうなろうと知ったことではないのである。
だがそれでも報酬に目が眩んだ落ちこぼれエンチャンターは考える。組んでさっさと追放されとくか? しかし、彼は生粋の寂しがり屋でもあった。パーティー組めるの、チャンスじゃね? なんて性懲りも無く思ってしまうのだ。例え追い出される未来があったとしても。悲しいかな。
後がない勇者パーティーは彼に縋った。
「お願いします、俺達と組んでください」
彼らにしては殊勝なお願いだったと記述しておこう。プライドをかなぐり捨てた懇願だった。ギルドマスターは意外に思って彼らへの評価を少しだけ上方修正することにした。
「でもな……俺にはお前たちが俺を追い出す未来が見える」
何やら偉そうに予言した黒髪である。言っていることの情けなさにはぜんぜん全く気づいていなかった。彼にしてももう崖っぷちではあった。だから遠慮しないことにしたのだ。言いたいことは言っておこう作戦である。
「そんな事……」
「誓えるのか? 正直追い出しの前科があるお前たちの言葉はどれも信用に値しない。証明するための気概はあるのか?」
追い出すつもりなど微塵もない勇者パーティーだったが、続けられたリヴァイスの言葉にショックを受けた。自分たちが行った事の重大さの一部にでも達したのかもしれなかった。
「なんでもする!!」
「安易に"なんでもする"なんて言葉を使うな!! 安っぽいんだよ」
すごーく容赦のない言葉が出るのは、彼のこれまでの悲惨な冒険者時代に起因する。十度も追い出された経験は伊達では無いのだ。滅多打ちにされた彼らは絶望的な顔をした。
「どうすればいいんだよ……」
途方に暮れたのである。
リヴァイスは彼らの若さを垣間見た。そうか、経験が足りないのかと。
「だったら教えてやろう。その盗賊に誠心誠意謝ってこい!! 話はそれからだ。許されなくてもいい、とにかく額を地面に付けてでも謝れ。それが出来たらパーティーを組むか組まないかの話に付き合ってやる。"なんでも"するって言ったよな? まずは人としてやるべき事をやってからだろ、それさえ拒むなら、この話は聞かなかった。そう言うことだな。指名依頼だ? 知らん。俺は"人"としかパーティーは組みたくない」
何気に勇者達を人以下に持っていく落ちこぼれエンチャンターだった。彼はギルドマスターを仰ぎ見る。
「ギルマス、盗賊はいつ帰ってくるんだ?」
「あいつのパーティーは確か、今夜にでも帰ってくるんじゃないか?」
だったら今日中にカタをつけろと無茶振りして落ちこぼれエンチャンターはギルドマスター執務室を後にした。勇者パーティーは呆然と座ったままだった。
「お前ら、そろそろ仕事の邪魔だから下へ行け」
シッシと手をヒラヒラさせたギルドマスターを見て、肩を落として去っていく勇者パーティー。その後ろ姿は実に情けなかったが、ギルドマスターは先の未来を想いみてクスリと笑った。
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