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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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妲己乱舞

「フィル様、そんな武器をお使いになるのですか?」

 エリンが訝しげにフィルが手にしている武器を見つめる。それは、兵が持つごく普通の剣を模した模擬剣に、長さ2mほどの槍の柄を取り付けたものだ。

「えぇ、私も初めて使うんだけど…エリン、これから戦うのは、わたしだと思わないでね。神獣の能力を使うと、別人に変わってしまうから」

「はい…」

 半信半疑の表情で、エリンが頷く。


 フィルは、第二軍団の訓練場でエリンと向かい合っていた。生成りの麻のチュニックに七分丈のズボン、足には革製の編み上げサンダル、帝国軍の一般兵と同じ服装だ。

 手には先ほどの奇妙な武器を持っている。妲己が希望した武器は、長い柄の先にやや反り返った片刃の剣を取り付けた『大刀』と呼ばれるものだが、帝国にはそのような武器がないため、急ごしらえで『大刀もどき』を作ったのだ。

 …妲己、交代するよ…フィルは目を閉じて意識する。自らの意識を奥に追いやり、妲己を迎え入れる。開いたフィルの瞳は、金色に変わっていた。


「両者、準備はよろしいですか」

 審判役の兵士が言う。妲己とエリンは同時に頷き、手にした武器を構えた。 

 エリンは細身の長剣を片手に構える。妲己は両手で大刀もどきの柄を握り、左足を後ろに下げて腰を落とす。

「始め!」

 審判役の声に、弾かれるように動いたのは妲己だった。低い姿勢のまま、一気に間合いを詰め、そのままの勢いで大刀もどきを振り上げる。

「くっ!」

 フィルの姿からは想像できない速さに驚いた。一瞬の遅れのせいで攻撃を受け止める体勢がとれず、エリンは後ろに跳んだ。ブンッ!と音を立てて大刀もどきがエリンの鼻先を通過する。

「いい動きね。無理に受けずに、後ろに避ける判断、正解よ」

 妲己は、大刀もどきを地面に突いて仁王立ちし、にやりと笑う。金色の瞳が楽しそうに輝いた。

 エリンは長剣を正面に構えた。あれはフィルの動きではない。一瞬で間合いを詰めてきたあの速さは、獣に匹敵する。

 戦う前、『わたしだと思うな』とフィルが言ったのは、こういうことか。エリンは、息を整え、動揺を抑える。

「行くよ!」

 妲己が再び突進する。今度は大刀もどきを片手に持って大きく踏み込むと、リーチを生かして水平に薙ぎ払った。

 ガギィンと音がし、エリンの長剣が大刀もどきを受け止める。槍のような長い柄から繰り出される攻撃は重い。刀身を傾けて刃を滑らせなければ、そのまま長剣を叩き落とされていた。 


「どうしたの。第二軍団長ともあろう者が、その程度?」

 エリンの第二軍団の主力は重騎兵と軽騎兵だ。エリン自身も軽騎兵であり、馬上からのスピードの乗った一撃を得意とする。

 本来なら、重い攻撃をかわしてカウンターで一撃加えるのが彼女のスタイルだが、妲己は速さで彼女を上回る上に、攻撃の重さも尋常ではない。だが、押されっぱなしではエリンの面目が立たない。

 エリンは、大刀もどきを振り上げた妲己の懐に飛び込んだ。

「せいっ!」

 脇腹を狙って長剣を横薙ぎに打ち込む。まともに入れば、模擬剣であってもフィルを殺しかねない一撃だった。だが、ここまでの動きを見れば、それが素直に入るはずがないとエリンもわかっている。

 案の定、長剣の一撃は大刀もどきの柄で受け止められた。エリンはそのまま腰を落とし、足払いをかける。しかし妲己は、地面に立てた大刀もどきを竿代わりにしてエリンの背後へ跳ぶ。背後をとられないよう、エリンは素早く地面を転がり、妲己から距離をとった。


 すたっと身軽に着地した妲己は、大刀もどきを素振りして、切っ先をエリンに向ける。

「フィル様…じゃないのよね。速さも重さも全く違う…」

 エリンは、呼吸を整えながら長剣を握り直した。

「あなたは強い、これが通用するか試させてもらいます」

 エリンは、近くに置かれていた試合用の武器の箱から、もう一本、長剣を引き抜いた。

 戦闘の際、騎兵のエリンは片手に手綱を掴んでいるため武器は片手でしか扱えない。だが、左右どちらの相手とも戦えるように訓練した結果、どちらの手でも長剣を扱える。手綱を掴む必要がなければ、両手に長剣を持てるのだ。

「へぇ、二刀流が使えるの?おもしろい」

 両手に長剣を握ったエリンが、妲己に突進する。最後の間合いを一気に跳躍し、左右斜め上から同時に打ち込んだ。

 妲己は、身をかがめて大刀もどきを頭上に掲げ、2本の長剣を受け止める。エリンは、受け止められた剣を瞬時に引き、今度は低い位置から妲己の胸めがけて突き込む。妲己は無理に受け止めようとせずダンッと地面を蹴って上空へ跳んだ。そして落下の勢いのままに大刀もどきをエリンの真上へと振り下ろす。ガツン、と大きな音がして、十字に重ねた長剣が大刀もどきを受け止めた。

「やるわね。エリン」

「あなたこそ」

 にやりと笑い合い、二人は間合いを取りなおす。

 エリンが再び仕掛ける。両手の長剣を交互に打ち込み、反撃の暇を与えない。

 しかし妲己は軽くステップを踏みながら確実にそれを防ぎ、避けていく。そして、大刀もどきで受けた長剣の刃を、強引に押し返した。エリンの姿勢が崩れた一瞬の隙に、妲己は姿勢を低く落とし、エリンの足元を狙って横薙ぎに大刀もどきを振りぬく。

 間一髪、後ろに飛び退いたエリンに、妲己が追いすがった。エリンは、妲己の斬撃を左手の長剣で受け止める。重い刃が遠心力を伴って打ち付けられる衝撃に腕がしびれるが、大刀もどきの刀身を押さえ込み、その隙に右手の長剣が妲己の喉元を狙って突き出された。

「…くっ!」

 初めて妲己が余裕の笑みを消し、身体を引いて避ける。同時に大刀もどきを引き戻し、突き出された長剣の刃先を弾いた。

 エリンはそのまま妲己に体当たりを仕掛けるが、妲己は大きく後ろに飛び退き、大刀もどきを低く構え直した。

「はぁっ!」

 数舜のにらみ合いの後、エリンが地面を蹴った。間合いを詰めて右手の長剣を叩きつける。だが動きが単純だ。妲己は難なく大刀もどきでエリンの長剣を下から跳ね上げた。呆気なく手から離れた長剣が宙を舞う。しかし、それと同時に、左手の長剣が妲己の腹部へと打ち込まれた。

「!」

 次の瞬間、もう一本の長剣も宙を舞っていた。

 最初の一撃は囮のつもりだった。初撃を跳ね上げ、刀身を振り上げた状態からでは次の攻撃を防げない、はずだった。しかし、右手の長剣を跳ね上げた大刀もどきを、妲己はそのままの勢いで後方へと倒して柄の先端を振り上げ、左手の長剣も弾き飛ばした。

 武器を失って呆然とするエリンの首筋に、すいっと大刀もどきが突き付けられる。

「そこまで!」

 審判役が宣言した。


 ふぅっと息をついて、妲己は大刀もどきを降ろす。そして、深く一礼した。

 エリンも姿勢を正して礼を返す。

 張り詰めた何かが切れたように、息を呑んで試合を見守っていた第二軍団の兵たちから、大きな歓声が上がった。

 亡くなった将軍の跡をまだ14歳の娘が継ぐと知り、兵士たちには不安が募っていた。しかし、その娘は、城門を一瞬で破壊する不可思議な力を持つだけでなく、純粋な武技においても軍団長を圧倒する強さを見せ、その不安を払拭したのだ。

 妲己は大刀もどきを頭上に掲げ、兵達の歓声に応えている。


「負けたわ。結局、一撃も入れられなかった」

「エリン、あれは二刀流じゃないわ。ただ両手で剣を使っているだけ。エリンもわかっているんでしょう?」

 腰に手を当てて言う妲己に、エリンは小さく首を振った。

「私は騎兵よ。馬に乗っていると片手でしか武器を振るえないから、正直言うと二刀流はあまり意味がないの。どうしても勝てる気がしなかったから奇策に走ってしまったけど、いずれ剣一本であなたに立ち向かえるようになりたいわ」

「…そうねぇ…それなら、妾と同じく、大刀を使ってみない?細身の剣を使ってきたエリンには少しばかり重いかもしれないけど、慣れれば片手でも扱えるわよ」

「あなたと同じ武器を?」

「えぇ、これは急ごしらえでそれっぽくしただけだから不格好だけど、本物はもっと美しいわよ。フィルに頼んでちゃんとしたのを作ってもらおうかしら」

 妲己は苦笑を浮かべて手にした大刀もどきを見やる。

「妾も馬上でこれを使っていたの。エリンが望むなら、使い方も教えてあげる。うまく使えば、甲冑を着た兵士でも一撃よ」

 エリンはぽかんと妲己を見つめていたが、見る見るその表情が真剣になる。打撃力の不足は、エリンの悩みだったからだ。


 騎兵の戦術は高速で移動しながらの一撃離脱。しかし、片手で扱える剣は軽くて威力に欠け、盾や鎧で防御する兵を一撃で倒すのは難しい。その欠点を克服するため槍を使用することも多かったが、相手に深く刺さると引き抜くことが難しく、武器を失ってしまうのが難点だった。

 妲己が使ってみせた大刀なら、剣のようにすれ違いざまに斬撃を浴びせることもできるし、威力も間合いも、長剣よりはるかに大きい。

「ぜひ、教えてほしい。このとおり、お願いします」

 エリンは跪いて頭を下げた。この人の強さは本物だ。あの大刀という武器の威力を馬上で扱えるようになれば、もっと強くなれる。フィルの役に立てる。エリンの期待は膨らんでいた。


「フィルが許してくれれば、いつでも相手になるし、教えてあげる。また、手合わせしましょうね。頑張ってる強い娘は大好きよ」

 すすっとエリンのそばに近寄った妲己は、耳元で囁くと、その頬に軽く口づけした。

「ななっ…!」

 瞳の色が一瞬で金から紅に戻り、慌てたような声が漏れた。

「ちょ、妲己、エリンに何してるの?!」

 思わず声が出て、フィルはハッと口を押さえた。

「フィル様、ですか?」

「え…あの、わたしは、ずっとわたしだけど…」

 しどろもどろのフィルに、エリンは可笑しそうに笑いながら言う。

「ぜひ、妲己というご友人を紹介して頂きたいです。フィル様の中にいるんでしょう?」

「はぁ…。妲己もエリンが気に入ったみたいだし…」

 仕方なさそうな笑みを浮かべ、フィルは妲己を紹介するとエリンに約束したのだった。

次回予定「リネアの故郷」

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