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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 神話の正体
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奈落の別れ 2

☆累計20万PV超えました。ご愛読ありがとうございます☆

「やはり、3人を相手にするのは厄介ですわね」

 忌々し気にアセトが言うと、ボフッと香炉から激しく煙が噴き出し、その姿を覆い隠し始めた。


「リネア、メリシャ、手を!」

 視界を埋めていく白い煙に、フィルはやや慌てた声で叫び、両手を伸ばした。


 白い煙はただ視界を奪うだけでなく、互いの気配も感じにくくさせていた。神獣の感覚を狂わせるということは、アセトの香炉が発しているはただの煙幕ではなく、何らかの魔術的な効果がある。


 しかし、どうやらフィルの声は少し遅かったらしく、フィルの手をリネアとメリシャが掴むことはできず、フィルもふたりの気配を見失っていた。

 実はすぐ近くにいるのかもしれないが、視界は白く塗りつぶされ、音も聞こえない。


 …ちっ、しまった……フィルは、注意深く辺りを見回しつつ、舌打ちする。


 この状態では、手あたり次第に攻撃するわけにはいかない。同士討ちの可能性がある。

 対するアセトは、たぶんこの煙の中でも相手の気配を感知する術を持っている。まさか自分も迷子になるような稚拙な術ではあるまい。


 いつ、どこから、誰を攻撃するかの主導権は、完全にアセトに握られてしまったということだ。

 どうやってもこちらは後手に回らざるを得ない。


 フィルにできるのは、感覚を研ぎ澄ませつつ、奇襲に対応できるように備えることだけだった。


 同じように煙に視界と感覚を塞がれたメリシャは、自分を中心とした放射状に糸を放っていた。警戒や盗聴の際に使う極細の糸だ。


 視覚や聴覚を惑わし、幻覚を見せたり気配を絶ったりされるのは厄介だが、張り巡らせた糸を直に感覚器として使うアラクネの警戒網は、誰かが糸に触れさえすれば、その位置は手に取るようにわかる。


 すぐに、そのひとつに反応があった。これはアセトではない…すぐにメリシャの側に人影が現れた。相手もメリシャの糸に気付き、糸を逆にたどってやってきたのだ。


「メリシャ、無事ですか?」

「リネア、良かった…!」

 メリシャは、駆け寄ってきたリネアと離れないよう、手を握り合う。だが、リネアの肩にしがみついていたテトの分霊がいなくなっている。


「テトは?」

「わかりません。この煙に巻かれて、気がついたらいなくなっていました。…この煙は、ただの目眩ましではありませんね」


「そうだね。ボクも周りの気配が全く掴めなくなった。音も聞こえないし…リネアはどう?」

「私もダメです…メリシャの糸は使えるのですか?」

「たぶん、大丈夫」


「フィル様は…?」

「ごめん、まだフィルを見つけられないの。たぶん近くにはいるはずなんだけど…」


 試しに大声で呼びかけてみたが、返事はない。この煙が音や気配を遮断しているのは間違いない。リネアに竜の翼で羽ばたいてもらい、煙を吹き払えないかもやってみたが、全く効果はなかった。 


 フィルは、下手に動くのは悪手と考え、その場でじっと様子を伺っていたが、その行動が今回は裏目に出た。糸による警戒網も、相手が触れなければ反応しない。張り巡らせた糸にフィルが触れてさえくれれば、メリシャに伝わるのに…。


 反応を見せないのはフィルだけではなく、アセトも姿をくらませたままだった。煙は濃く立ち込めたまま晴れる気配はない。ならば、術者であるアセトはまだここから逃げてはいない。


「メリシャ、フィル様を探しましょう」

「うん…でも、どうするの?適当に歩き回るだけで見つかるの?」

「わかりません…しかし、このままでは…」


 リネアの表情には、不安と焦りがにじんでいた。普段は冷静で思慮深いリネアだが、フィルが絡んだ場合だけは例外だ。そのままにしていたら、リネアは一人でも動き出すだろうと察し、メリシャは仕方なく頷いた。


「…こちらから動くしかないか…」

 その頃、フィルもぼそりとつぶやいていた。


 しばらく様子を伺ってみたものの、アセトが仕掛けてくる様子はないし、リネアやメリシャのことも心配だ。リネアもきっと自分のことを心配しているだろうと思うと、胸が苦しくなった。


 じゃり…わずかに動かした足の下で、砂が擦れる。ゆっくりと警戒を緩めることなく、すり足で少しづつ前へと進む。自分から見て前というだけで、正確にどちらに向かっているのかはわからない。


 周囲が見えない状況でも、いつもなら感覚的に方向はわかるのだが、それも阻害されている。今のところ不気味に沈黙しているが、神獣の感覚を邪魔するほどなのだから、アセトの力は侮れない。


 やがて、コツンと足先が何かに触れた。目を凝らしてみると、魂の井戸がある檀上に上る階段だった。

次回予定「奈落の別れ 3」

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