異邦神セト 2
セトが語る過去の真実とは…
「なんということだ…」
セトは嘆きつつ天を仰いだ。ティフォンを討たんがための神々の策略、竜種の滅亡、何より地上の守護者であるはずだったティフォンが、地上に災いをふりまく者と化してしまったこと。どれもが信じられない…信じたくないことだった。
だが、リネアは決して嘘は言っていない。リネアが話してくれた全ては彼女が知る事実。それはセトにもわかっていた。
セトは、ティフォンが竜種の王権であることを知っている。フィルやメリシャ、テトもいた中で、リネアだけがこうしてセトと話ができているところを考えれば、セトの正体が竜であるというのは、まず間違いないだろう。
それも、おそらくは帝国やサエイレムがあった世界、それもリネアたちが生きた時代よりもずっと昔、竜の一族が栄えていた時代の竜…ならば、当然の疑問をリネアは口にした。
「セト…ティフォンや竜のいた世界は、ここではないはずです。…あなたはどうして、この世界の神となったのですか?」
「…我は、遥か昔に、一族を裏切った同族を追ってこの世界に来たのです」
オシリスの神話でもセトは異邦神とされていたし、シノアに聞いたセトの神話でも、確かにセトは北の海の彼方からやって来たとされていた。今のところ、彼の話と一致している。リネアは彼の話に興味を抱いた。
「詳しく聞かせて頂いてよろしいですか?」
「はい、承知しました」
セトは、過去を思い出すように、ゆっくりと語り始めた。
…それは、千年以上前のこと。
地上はティフォンを王に頂く竜種が、人間や魔族を含めた生物の頂点に君臨していた。
ティフォンと神々の争いはまだ起こっておらず、天界の神々とは、表面上は友好的な関係にあった。
竜の一族では、次代のティフォンを継ぐ候補者として、心身共に優秀な若者が選抜される。セトもその1人であった。
だが、候補者のひとりであり、セトの親友だったアポビスという名の竜に異変が起こった。
アポビスは一際高い能力を持ち、次代の最有力候補として期待されていたのだが、その彼が突然、王であるティフォンに反旗を翻し、その命を狙ったのである。
原因はセトにもわからない。アポビス自身の野心だったのか、それとも何者かの差し金だったのか。
後のことを考えれば、竜種を滅ぼしたい神々による策略だったのではないかと思えるが、確たる証拠はない。だが、理由はどうあれアポビスは竜王の力を欲し、その力を我が物にしようとしたのだ。
ティフォンに挑んだアポビスの力は、それまでの彼とは隔絶した強大なものであったが、ティフォンの力は、それでもなおアポビスを上回っていた。
ティフォンに敗れて力を失ったアポビスは、南の海へと逃げ、ティフォンはセトにアポビスを追討するよう命じた。
深い海の底で傷を癒やしたアポビスは、密かに海を渡り、さらに南へと逃げ延びた。そしてたどり着いたのがこの地であった。
追って来るであろうセトに気付かれまいと、大河イテルの水底に潜んだアポビスは、名をアペプと変え、遂には竜の姿すら捨てて巨大な蛇となった。
失った力を取り戻すため、最も偉大な力を持つ太陽を食らって、その力を取り込もうとしたアペプであったが、遂にセトはアペプを探し当てた。
この地の太陽神、ラーの助力を得たセトは、太陽の船でアペプを追った。そして戦いの果て、遂にアペプを冥府の底深くに落とすことに成功した。そして、その功績を称えたラーは、セトを自らの息子とし、この地の神の一柱に迎えたのである。
「セトは、アペプを討った後、竜の故郷には帰ろうと思わなかったのですか?」
「我は、もはや帰れぬのです」
そう言ったセトは、リネアに背中を見せた。背にあるはずの一対の翼、それは根元から千切れ、無残な傷跡となっていた。アペプとの戦いで傷ついたのだろう。壁画にあった翼のない竜の姿、それはセトが翼を失ったことを示していた。
「…!」
悲しげに目を伏せたリネアに、セトは言葉を続けた。
次回予定「異邦神セト 3」




