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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 メネス戦役
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南部州軍 3

アンテフの側近だという女魔術師アセト。彼女の思惑は一体…?

 このまま魔術が使えないとしても、現時点の状況はそう悪くはない。

 どのみち、すぐに王国軍と雌雄を決するわけではない。まずやるべきはギーザ近郊に留めている王国軍の一部をあしらいつつ、ヒクソス軍を撤退させることだ。


「ケレス、王国軍と停戦しているヒクソス軍はどうするのだ?」

「いずれは攻めねばならぬでしょうが、それはまだアンテフ様による王朝を打ち立て、支配を盤石にしてからの話。…まずは速やかに王国軍を撃滅し、"前"王太子のホルエムを討たねばなりません。王国に恨みがあるヒクソスが、王国軍に味方をするとは思えませんが、多少の要求は呑んで、ヒクソスを懐柔しておくのが良いでしょうな」


「そうだな。ヒクソスと敵対し、塩の供給を止められればこちらが立ち行かなくなる。幸い、建築狂いを隠れ蓑にした財も残っていることだし、ヒクソスから気前よく物を買ってやり、心証を良くしておけばよかろう」

「御意」

 ケレスは、形だけは恭しくアンテフに頭を下げた。


「アンテフ様、ヒクソス軍への使者はどうなさるのですか?」

 ケレスが振り返ると、広間に一人の女性が入ってくるところだった。年の頃は20歳前後、肩口でまっすぐに切り揃えた黒髪に赤い紐を編んだ髪飾りを着け、高級そうな光沢のある生地で仕立てた袖なしのワンピースに、金糸で織り上げた帯を巻いている。

「おぉ、アセトか。そなたの意見を聞こうと思っていたのだ」


「左様ですか、…これはケレス様、ご機嫌よう」

 一礼するアセトに、ケレスも軽く頭を下げた。


「アセト殿は、いつもお美しいですな。このような美女を、アンテフ様はどこで見つけられたのか…なんとも羨ましい」

 ケレスは、無難に世辞を言いつつ、アセトの様子を探る。


「ははは…そうであろう。アセトは余が…ん?どこだったか、視察に出かけた先で見つけたのだ。このような美しく、知性に満ちた女はおらぬ。すぐに余のものにしようと決心した。…なんでも王都で魔術師をしていたが仕事を奪われ、仕方なく南部に来たと聞いている。このような人材を手放すとは、王都の連中の目は節穴であろう」


「これは手厳しい…」

 愉快そうに笑うアンテフに口先だけの返答をしつつ、ケレスの視線は涼し気に微笑むアセトに向けられていた。


 アンテフとともにメンフィスにやってきた、このアセトという名の女性は、アンテフの秘書兼側近らしい。メネス王国におけるハトラのような立場だ。


「アセト殿は、魔術師とのことですが、今朝ほどからの異変にはお気付きでしょうか?」

「…異変?」

 アセトは慌てる様子もなくゆるりと首を傾げる。


「はい、この王都で魔術が使えなくなっているのです。オシリス神殿に使いをやり、原因を調べているところです」

「まぁ、それは大変……あぁ、言われてみれば確かにそのようですね。もとより南部では魔術が使えませんでしたから、すっかり感覚が鈍っているようです。お恥ずかしい」


 そう言いつつも全く動じた様子のないアセトに、ケレスはやや眉を寄せた。

(…そう簡単に馬脚は現さぬか…)


 今回の反乱を企てるにあたって、ケレスは配下を使って幾度となくアンテフとやりとりをしていた。だが、アンテフからの返答にも、実際に書簡を届けた配下の誰からの報告にも、このアセトという女性の存在は全く出て来なかった。

 ケレス自身、南部州軍を率いたアンテフがメンフィスに上陸した時に初めて、その側にいる彼女の存在を知った。


 ケレスの配下は、書簡を届ける際にアンテフ周辺の主要な人物についても調査してケレスに報告を上げていたのだが、アンテフの側近という重要人物であるはずのアセトに関してだけ、報告がすっぽりと抜け落ちていたのである。

 それとなく、南部州軍の幹部たちにも探りを入れているが、アセトがいつからアンテフの側近になったのかさえも、よくわからない。


「それよりもアンテフ様、今はヒクソス軍への対応ですわ」

「う、うむ。そうだな。ヒクソス王が申し入れて来た期限は今日だ。何か返答をせねばなるまい。…まずは王国軍とホルエム王太子を潰さねばならんのだ。それまでヒクソスには大人しくしていてもらう必要がある」


「左様でございますね」

 微笑みつつ頷いたアセトは、少し思案するとアンテフに近づき、玉座に座る彼の肩にしだれかかり、耳元に唇を寄せる。


「アンテフ様、僭越ながらわたくしに騎兵100をお預け頂ければ、使者としてヒクソス王と交渉して参りましょう。聞けば当代のヒクソス王は、わたくしと年の近い女王だとか。女同士の方がうまく話が進むこともあるでしょう」

 囁くように言うアセトに、アンテフは一も二もなく頷いた。


「そ、そうだな。アセトに任せる。良きに計らうがいい」

「承知いたしました。…では、きっと良いお返事を報告させて頂きます」

 アセトは嬉しそうに返事をすると、軽い足取りで広間を出て行った。


「では、アンテフ様。私もこれにて」

 アセトを見送ると、すぐにケレスも広間を退出する。そして配下を呼び寄せ、アセトを監視するよう命じたのだった。

次回予定「使者アセト 1」

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