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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 メネス戦役
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密使リネア 4

戦争が終わらないのは、メネス国内での権力争いのせい…?

「…そんなことをしても、勝てるとは思えません。力押しなどして多くの戦死者が出れば、民の不満が大きくなります。それに、農民を土地に帰さねば、次の収穫に大きな影響が出ます。その程度のことがわからぬはずが…」


「将になる程の男じゃ。わかってはおるじゃろうな。だが、考えてもみよ。ここで兵を退けば、この敗北は誰の責任じゃ?ファラオに侵攻を唆したのがケレスだとしても、…いや、だからこそケレスは、侵攻失敗の責任を全てアイヘブに押しつけるのではないか?……アイヘブの身になれば、無理な力押しをしてでもアヴァリスを制圧するか、せめてヒクソス軍を壊滅させるくらいの戦果を得なければ、己の立場が危うい。下手をすれば処刑じゃ。違うか?」


 ハトラは反論できなかった。

 ケレスとアイヘブは、共にホルエムやハトラと対立する関係ではあるが、だからと言って2人が協力関係にあるわけではない。

 むしろ行政府と軍部とで利害の衝突があるのは当然であり、どちらもが隙あらば権勢を拡大しようと鎬を削る間柄である。その利害に直接関係しないホルエムとアイヘブの関係の方が、まだしも穏健なほどだ。


 …ただ、そういう駆け引きでは、軍人であるアイヘブはケレスの狡猾さに及ばない。

 だからこそアイヘブの部下であるはずの軍の中にさえケレスの息のかかった者たちがいて、ケレスはアイヘブに対して優位に立っていた。


「この世界でも、やはり人間は変わらないのですね…」

 リネアはため息混じりにつぶやいた。


 昔、フィルとともに関わった帝国の人間たち…中にはユーリアス帝やティベリオ翁のように尊敬できる者もいたが、大グラウスをはじめ、自分の地位や権力を拡大するためには、平気で他人を陥れ、蹴落とそうとする者も大勢見てきた。ここでも同じようなことが起こっているのかと思うと、腹立たしさを覚えた。


 …そんな連中を、フィル様やメリシャが苦労してまで助けなければいけないのでしょうか。いっそ、私がメネスの王城を焼き払ってしまえば、シェシたちも安心して暮らせるのではないでしょうか……と、リネアは思う。


(リネア…気持ちはわかるが、まずはフィルから任された役目を果たすとしようぞ)

 じっと自分を見つめる黒い瞳に、リネアは気持ちを落ち着ける。


(もちろんです。…玉藻様、ありがとうございます)

(よい。では、話を戻すぞ)


 そして玉藻は、黙ってテーブルに視線を落としているハトラに声をかけた。  

「ハトラ殿、麿に策がある。協力してくれぬか?王太子殿にも手伝ってほしい」


「わかりました。何をすれば良いのでしょう?」

 顔を上げたハトラに、玉藻はにやりと笑う。


「何、大したことではない。まずは、ファラオの寝所はどこか、教えてくれぬか?」

「……は?」

 ハトラの口がぽかんと開いた。 

 

 未明、メネス王城で大きな事件が起こった。


 ヒクソスの者と思われる獣人の娘がファラオの寝室に押し入り、眠っていたファラオ、ウナスの首にナイフを突き立てようとしたのである。

 慌てて起き上がったウナスが寝台から転げ落ちたおかげで、ナイフは枕を切り裂いただけに留まったが、最も厳重に警備されるべきファラオの寝室に賊の侵入を許した時点で、メネス王国としては大問題だ。


 更に、警備の近衛兵は、賊の娘一人に全く太刀打ちできず、あっという間に10人以上が殴り倒されるという体たらく。直後、騒ぎに気付いた王太子ホルエムが駆け付けて賊と戦い、ウナスを守った。

 結果として賊には逃げられたものの、ウナスはホルエムの活躍を大いに称えて謹慎を解いたのであった。


 夜明けが近づき白み始めた空を、リネアは竜人の姿で飛んでいた。


(リネア、三文芝居をさせて、悪かったの)

(お気になさらず。私も少し楽しかったです)

 口元を笑みを浮かべたリネアの眼下に、メネスの軍勢に占拠されたヒクソス軍の砦が見えていた。

次回予定「緑の狩場 1」

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