表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
23/489

闘技大会 準決勝第一試合

引き続き2話投稿です。本日1話目

「馬に乗れるなら、馬を使っても良いぞ」

 前回同様、大刀を横の地面に突き立て、せっせと柔軟体操をしている妲己に、ラロスが声をかけた。

「馬には乗れるけど、遠慮しておくわ」

 答えた声に、ラロスは意外そうな表情を浮かべた。兜の下から聞こえた声が、娘のものであったからだ。

「聞き間違いでなければ、先ほど戦った第二軍団長が、次に戦うのは自分の師匠だと言っていたと思うのだが」

「間違いじゃないわ。エリンに大刀の扱い方を教えたのは、妾だもの。見た目に油断してると、あっさり終わるわよ」

 妲己の口元がにやっと吊り上がる。

「さて、始めましょうか」

 大刀を地面から抜いて一振りし、妲己はラロスを見上げる。その背丈は、ラロスの腰の位置にようやく届くくらいだ。

 金色の瞳で見据えられたラロスは、そこに微塵の恐れも不安もないのに気が付き、少し不快そうに睨み返した。


 十分な距離を置いて、妲己とラロスが対峙し、それぞれの武器を構える。

 試合開始のドラムが鳴った。

 ラロスは、すかさず妲己に向けて突撃する。ドドッ、ドドッ、と蹄が地面を蹴る音が響き、妲己との距離が一気に縮まる。

 小柄な妲己を捉えるため、ラロスは上半身を少しかがめ、短刀を低い位置に構えている。

 妲己は肩幅に足を広げ、大刀を握る両腕はぶらんと垂らしたまま、迫るラロスの姿をじっと見つめている。

「っ…!」

 静かな気合とともに、妲己を両側から挟み込むように短刀が振るわれた。どちらかを受けても反対側が確実に身体を切り裂く。

 しかし、刃が合わさる瞬間、妲己はふらりと身体を倒して刃の下をくぐる。そして、トンッと軽いステップを踏んで左に跳んだ。くるりと身を翻してラロスをやり過ごすと、大刀を大きく振りかぶる。

「なっ!」

 驚くラロス。しかしスピードに乗った馬体は、そう簡単に止まることも方向を変えることもできない。

「ガハッ!」

 妲己の大刀が目の前を通り過ぎようとする馬体の背に振り下ろされた。背骨が折れたかと思うほどの重い衝撃に、ラロスは脚をもつれさせ、闘技場に倒れ込んだ。派手に砂煙が上がり、横倒しになったラロスがもがく。

「この大刀はね、元々は馬上武器じゃないの。歩兵が騎馬を相手にするために作られた、斬馬刀が起源。峰打ちじゃなければ、今ので身体が前後にお別れしていたわね」

 ラロスに近寄り、わざわざ解説する妲己。ラロスは、痛みと悔しさに顔をしかめながら身を起こす。確かに、今の一撃が刃の側であれば一刀両断されていた。

 ラロスが短刀を腰の鞘におさめる。

「…我の…」

「待って。降参なんて早くないかしら。もう少し遊んであげるから、かかってきなさいな」

 潔く負けたと言おうとするラロスに対し、妲己は大刀をラロスの鼻先に突きつけて黙らせる。

「いつも同じような相手とばかり戦ってたら、それ以上強くなれないわよ」

 なるほど、ラロスは納得した。確かに第二軍団長が師匠というだけはある。見た目通りの娘ではない、中身は全くの別物、いや化け物と言っていい。


「お言葉に甘えよう」

 武人気質のケンタウロス族は、強い者には素直に敬意を払う。まずは出方を探ろうと相手を少し甘く見ていたとは言え、それを逃さず必殺の一撃を繰り出してきたこの娘は、間違いなく強い。

 この身軽さと打撃力は、騎兵のような戦い方をしてきたケンタウロス族にとっては、非常に戦いにくい相手だった。得意の突進では捉えきれず、突進を躱された時には致命的な隙ができてしまう。さっきラロスがやられたとおりだ。

 サエイレムにこのような化け物がいるとなれば、今後、サエイレムとケンタウロス族がどう付き合うかも考えねばならない。そのためにも、少しでもこの娘のことを知らなければ。ラロスは再び短刀を抜いた。

「それでいいわ。さぁ、行くわよ」

 今度は妲己から仕掛ける。大刀を腰だめに構え、地面を蹴った。

「せいっ!」

 前足を狙った横殴りの斬撃をラロスは後足立ちになって避け、そのまま妲己を踏み潰す勢いで前足を振り下ろす。しかし、妲己はラロスの腹の下に滑り込むと後足の間から背後へと抜ける。ラロスは、前足が地面に着いた瞬間、後足で妲己に蹴りを浴びせた。

 前かがみになって蹴りの直撃を避けた妲己は、両手を地面について、身体を宙に躍らせ、そのまま一回転して着地した。

「いいじゃない。突撃だけが戦法じゃないのよ」

 妲己は、小走りにラロスに近寄るとタンっと身軽に跳躍し、微笑みを浮かべたまま斬りかかる。何の殺気も感じさせない動作にラロスの反応が一瞬遅れる。慌てて短刀を頭上に掲げ、妲己の大刀を受け止めた。

「ぐぅっ!」

 攻撃を受け止めた短刀を、更にもう一度押し込むような打撃に、ラロスの口から思わず呻きが漏れる。反射的に押し返したラロスの力を利用して妲己は真上に跳び、落下しながら大刀を槍のように突き出す。

 ラロスは、ダッと駆け出してその場から離れ、一瞬遅れて着地した妲己から距離をとる。

「なるほど、馬を使わなかった理由、よくわかった。馬上での戦いになれば、その身軽さを発揮できないからな」

「その通り。あなたは騎兵と戦う方がやりやすいでしょうけど」

「あぁ、我らの戦い方の弱点がよくわかった」

 そう言ってから、ラロスは怪訝な表情を浮かべる。

「しかし、それを我に示して良いのか?…ケンタウロス族が従来の戦い方に固執していた方が、帝国軍は戦いやすいだろうに」

「大会が終わったら教えてあげる」

 にこりと笑って、妲己は大刀をラロスに向けた。


 後半はもはや試合でなく、妲己の言葉通り、ラロスに稽古をつけられている状態だった。

 もし、また戦争が起こってとして…ケンタウロス族の戦士たちが帝国の重装歩兵に足止めされている間に、この娘のような身軽でかつ攻撃力の高い兵が乱入し、攪乱されたらどうなるだろうか。

 重装歩兵や騎兵といった組織だった相手ばかりと戦ってきたため、先の戦争以後、ケンタウロス族の戦い方が硬直化している。それを教えられている気がした。先の試合でラミアの戦士に妹のロノメが負けたのも、訓練で想定していない相手に対し、柔軟に対応できなかったせいだ。


「一番得意な攻撃を仕掛けてみなさい」

 ラロスの最も得意な攻撃、それはやはり突進の速度を生かした斬撃だった。短刀を握った両手を身体の両脇に広げ、少し前傾姿勢となって走り出す。

 妲己は、真正面でラロスを待ち受けていた。

「参る!」

 ラロスは、砂を蹴って突撃した。すれ違いざまに妲己の胴に向けて短刀を振り抜く。

 ギィンッと甲高い音がして、妲己は大刀で斬撃を受け止めた。刃と刃が当たった瞬間、上へと跳ね上げて衝撃を逃がす。ラロスは勢いを落とさず、一旦妲己から離れると、大きくターンして再び迫る。助走距離を十分に取り、一撃目よりも速度がのっている。

 今度は妲己の真正面。馬体の突進を受ければ、軽い妲己の体は易々と跳ね飛ばされる。ラロスは妲己が左右どちらに避けても対応できるよう、両手の短刀を油断なく構える。

 妲己はその場を動かない。そして、体の前に大刀を斜めに突き出し、地面に置いた石突きを踏む。騎馬の突進に対する帝国軍の常套戦術だった。長槍を斜めに構え、石突きを地面に固定して槍衾を作り、突進した騎馬の自滅を誘うのだ。

 しかし、常套戦術だからこそラロスも対処法を心得ていた。真正面にある武器だけを切り払うか、穂先を逸らしてしまえば、突進の勢いのままに相手を跳ね飛ばすことができる。

 ラロスは左手の短刀を振るい、大刀の刀身を打ち据える。

「なっ?!」

 あまりの手応えのなさにラロスは驚いた。短刀に弾かれた大刀が地面に転がる。妲己はラロスが短刀を振るうのと同時に大刀を手放していた。手ぶらになった妲己はラロスの左腕の下をすり抜け、ひらりとラロスの背にまたがる。

「真正面からの勝負と決めつけると、こうやって裏をかかれるのよ」

 後ろからラロスの首に腕を巻き付け、軽く締め上げながら、妲己が耳元で囁く。ラロスは脚を止めた。

「…我の負けだ。まさか、あそこで武器を捨てるとはな」

 試合終了のドラムが鳴ると、妲己は腕をほどくと、すたっとラロスから飛び降りる。


「軍勢を相手にするばかりじゃなくて、たまにはこういう戦いも面白いでしょう?」

 自分の大刀を拾い上げ、妲己は笑顔でラロスに言った。

「あぁ、良い経験をさせてもらった。感謝する」

 ラロスは神妙に頭を下げる。そして、尋ねた。

「どうして、わざわざ弱点を教えるようなことをしたのか教えてもらいたい」

「そうね…ケンタウロス族と敵対するつもりはないから、かな」

 冗談めいた口調で言う妲己に、ラロスは少し顔をしかめる。

「それは、総督の意思なのか」

「せっかちね。闘技大会が終わるまで、少し待ってなさいな」

「なっ?!…おい、待て!」

 困惑して声を上げるラロスに、ひらひらと手を振って妲己は背を向けた。

次回「闘技大会 準決勝第二試合」も同時投稿しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ