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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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闘技大会 第三試合

1話が短めなので2話同時投稿です。1話目。

 ケンタウロス族の娘ロノメは、対戦相手であるラミア族のシャウラと対峙しながら、その姿を観察していた。


 ケンタウロス族の戦士である彼女は、ケンタウロス族の身体能力と、幼少より受けていた訓練や日々の狩りの経験を積んでおり、戦うための基礎は十分に出来上がっている。だが、帝国との戦争が終結した後に成人したロノメが、他の種族と戦うのはこの闘技大会が初めてだった。今回、ラロスが彼女を参加させたのは、他の人間や魔族との戦いを学ばせるためでもあった。


 正直、エリンと当たった兄が羨ましいとロノメは思った。エリンになら勝てたとは言わないが、帝国の歩兵や騎兵との戦い方は訓練で教わっていた。予選で戦った人間や狼人との闘いも訓練どおりで危なげなく勝てた。

 しかし、ラミア族との戦い方はどうすればいいか知らない。彼女だけではない、ケンタウロス族自体、ラミア族と戦ったという経験が無いのだ。人の部分はケンタウロス族と同じような体格だが、長く伸びた下半身の蛇体は4m近くもある。彼女たちがどんな戦い方をするのか、全くの未知だった。

「…まずは軽く仕掛けて出方を見るしかないわね」

 手にした短槍を構えながら、ロノメは何度か脚で地面を掻いた。


「馬だと思えばいいか…」

 ぼそりとシャウラはつぶやく、彼女はテミスの配下の一人。普段はテミスの館の近くにある卵料理の店で店員をしている。そう、リネアを締め上げてフィルの逆鱗に触れかけたのは彼女である。  

 テミスから出場しないかと誘われた時には、どうしてかわからなかったが、どうやらテミスは一族の中で腕の立つ者を総督に紹介したいらしい。この闘技大会は、実力を見せる格好の機会というわけだ。であれば、ラミア族の誇りにかけて負けるわけにはいかない。

 もちろん、シャウラもケンタウロス族と戦うのは初めてだが、四つ足の獣と思えば、戦い方はある。しかも、相手はどうやらあまり戦い慣れしていない様子だ。

 シャウラは、腰の後ろに取り付けた鞘から二本の短剣を引き抜いた。

 ラロスの短刀より更に短い、幅広の短剣。兵士の予備武器として帝国軍で広く使われているものだが、この短剣がその威力を最も発揮したのは戦場ではない。密かに携帯するのに適したこの短剣は、暗殺の道具として最適だったのだ。この刃で命を奪われた帝国要人は数多い。

 薬物や毒物に精通したラミア族が得意とする戦い方は、まさに暗殺である。シャウラを含め、ラミア族の戦士は暗殺術を仕込まれており、一族に害を成そうとする者を密かに排除してきた。もし戦場に出ることになれば、密林や市街地に潜んで敵を待ち伏せ、その指揮官を狙う。

 暗殺の場合は刃に毒液を塗るが、今日は殺害禁止の試合なので即効性の痺れ薬が塗ってある。もちろん解毒薬は用意してあるし、武器や道具の持ち込みは自由なのでルールには抵触しない。


 試合開始のドラムが鳴った瞬間、ロノメは槍を構えて突進した。しかしシャウラはその場を動かない。

「ふんっ!」

 強く息を吐く音と共に、短槍が鋭く突き出される。シャウラは、涼しい顔でそれを避ける。関節のある動物とは比較にならない、柔軟な蛇体の動きだ。同時に短剣が振るわれ、ロノメの上腕あたりをかすめかけるが、ロノメも辛うじて避けた。

 ロノメは勢いを落とすことなくシャウラとすれ違い、少し距離をとる。シャウラはその場から動かなかったが、その視線はロノメを追っていた。


「あたいの戦い方はこういう場所には不向きなんだが、そこまで本気にならなくても勝てそうだね」

 シャウラの挑発に、ロノメはギリッと奥歯を噛む。経験を積んだ戦士であればこの程度は軽く無視するところだが、若いロノメはその余裕がない。

「次で仕留める」

 ロノメはシャウラに向けて突進する。短槍を腰の高さに構え、体当たりするように突っ込む。得意とする速度の乗った一撃。だがシャウラはまたも身をくねらせて攻撃を躱すと、素早く短剣を振るう。

 瞬間、ロノメは短槍を振り上げて短剣の一撃を弾いていた。カンッ!と軽い音がして、シャウラが右手に持っていた短剣が手から離れて飛ばされる。

「これで武器はあと1本、次も叩き落とす」

 シャウラの動きを読んだ反撃に成功したことで、ロノメは自信を深める。しかし、それは危険な思い込みだった。シャウラにとって最大の武器は短剣ではないからだ。


 次の突進、確実にシャウラの短剣を叩き落すため、すれ違う瞬間に一瞬、速度を緩めたのがロノメの失敗だった。機会を伺っていたシャウラは、蛇の下半身を素早くロノメの馬体に巻き付け、締め上げた。慌てて振りほどこうとするロノメだったが、シャウラは体重をかけてロノメを引き倒し、尻尾を伸ばして両腕まで拘束してしまう。


 ラミア族最強の武器はその蛇の身体。ほとんどが筋肉で構成され、つるりとした頑丈な鱗に覆われた身体は、しなやかさと怪力を併せ持つ。こうして相手に巻き付けての締め上げや、しならせた状態からの強烈な殴打、といった直接攻撃のほか、柱や木に巻き付いて頭上から相手を狙うこともできる。

 巻き付かれ、拘束された状態のロノメがシャウラの締め付けを振りほどくことはほぼ不可能だった。集団での戦いであれば他者の援護が期待できたかもしれないが、今回は一対一。もはやなす術はない。

「早く負けを認めないと、骨が何本か砕けるかもしれないよ」

 ギリギリと締め上げながら耳元で囁くシャウラの声に、ロノメは全身の痛みと苦しさに顔を歪める。蛇の身体に締め上げられ、身体のあちこちが軋んでいる。

「こ、こんな卑怯な…」

 戦場を縦横に駆け回りながら速度を生かした攻撃を得意とするケンタウロス族にとっては、甚だ不本意な戦い方だ。だが、自分が油断して隙を作ってしまったこともわかっている。

 ロノメは、首だけをシャウラに向けて悔しそうに睨み付けた。

「卑怯も何も、これがラミアの戦い方だよ。相手が自分の戦い方に合わせてくれるとは限らないよ」

 なかなか負けを宣言しないロノメに、シャウラは小さくため息をつくと短剣をロノメの腕に当て、すっと引いた。肌に小さな切り傷が刻まれ、刃に塗られた痺れ薬があっと言う間にロノメの感覚を奪っていく。

「…く、は…」

「本当の闘いなら、これで死んでいるところだよ」

 ついにロノメの身体から力が抜けたのを感じ、シャウラはずるりと拘束を解く。

 監視役の兵士が地面に倒れたロノメが動けないことを確認し、試合終了のドラムが鳴る。


「ラミア族に当たるとは運が悪かったが…ロノメには良い経験になっただろう。殺される心配なく他種族と戦える機会は貴重だからな」

 闘技場の隅でロノメの戦いを見ていたラロスは独り言をつぶやくと、ロノメに駆け寄った。


次話「闘技大会 第四試合」も投稿済みです。

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