神殿の神様 3
巫女たちとともに、バステト神殿へと向かうメリシャたち。
※サエイレム編から通算で200話目になりました。
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船着き場で門番をしていた神官は、すんなりとフルリたちを通した。
いつものように横柄な態度ではあったが、特に何か問われることもなかった。
リネアに叩きのめされて先に戻っているはずの神官たちは、彼らに何も伝えていないようだ。たった一人の少女に手も足も出なかったことを、他の神官には知られたくないということだろう。
巫女たちは門番の前を通り抜けると、船着き場の隅の方へと向かった。
底に結ばれていたのは、太い丸太を葦のロープで束ねた大きな筏だ。長さは約5メートル、幅も3メートルほどはあるだろう。
荷車が乗り降りできるように、船着き場の床の高さと筏の高さがほぼ合うように作られている。
参拝者や神官が乗る船は、船首と船尾に船頭が付き、長い木の竿を使って船を進めているが、巫女たちが荷車と共に乗り込んだ筏は、巫女たちが自ら竿を握って桟橋を離れた。
緩やかな流れの中を筏は進み、狭い木箱の中で身体を丸めるメリシャの腰が痛くなる前に、神殿側の船着き場に着いた。
筏から降ろされた荷車は、参拝者が通る神殿の参道には入らず、脇の方へと向かっていく。参拝者の列からこっそり外れたシェプトとシェシも合流した。
しばらく進んで、巫女たちは荷車を止めた。
周りに神官がいないのを確認して、フルリがコンコンと木箱の蓋を叩くと、バンと勢いよく蓋が開いてメリシャが身を起こした。
「あー、狭かった!」
メリシャは声を上げて、大きく身体を伸ばす。
そこは、建ち並ぶ壮麗な神殿の脇、一段低い場所に設けられた巫女たちの作業場だった。
神殿の食料や物品などを保管しておく倉庫が立ち並ぶ中に、厨房や洗濯場などもあり、巫女たちの住居もここにあった。だが、住居と言っても専用の宿舎や部屋が与えられているわけではなく、倉庫の片隅に寝床が並べられているようなものだ。
そびえる神殿と比べて、明らかに粗末な作業場の様子は、巫女たちの境遇をそのまま示しているように見えた。
「メリシャ、あまり騒ぐと見つかりますよ」
音もなく地面に降り立ったリネアが、そびえる神殿の方へと目を向ける。フルリたちは、そこに本当に神がいると言っていたが…
「確かに、何かいるようですね」
「そうだね」
リネアのつぶやきに、メリシャも頷いた。
「リネア、メリシャ、麿がまず神とやらの様子を見て来よう。そなたらは、しばらく身を隠しておれ」
リネアから抜け出した玉藻が、ふわふわと宙に浮きながら手近な建物を指す。
「はい。玉藻様、お願いします。もしかすると、すでに気付かれているかもしれません…」
リネアが危惧するのは、神獣である自分を存在をバステト神が察知し、何かしてくるのではないかということだ。
「…ま、すぐに神官どもが駆け付けて来ないところを見ると、さほど危険はなかろうて」
手にした扇をもてあそびながら、玉藻は神殿を見上げる。その口元は楽し気に吊り上がっていた。
「でも、神様がいる神殿の聖所には、簡単には入れないでやす」
心配そうに言うフルリの背後に玉藻が降り立つ。
「そんな心配は無用じゃな。麿はこんなこともできる」
「へ?」
フルリが間抜けな声を上げる。後ろから身体をすり抜け、玉藻がフルリの胸から顔を出していた。
「うひゃぁぁぁ!」
「静かにせよ。神官どもを呼び集めるつもりか?」
「…っ!」
ハッとして口を押えるフルリに、玉藻はくっくっと笑う。
「玉藻、どんな神様がいるのか、全然わからないんだから、危ないと思ったらすぐに逃げるんだよ」
「わかっておる。メリシャ、案ずるな」
「フルリよ…少々悪戯が過ぎたの、許してたもれ」
玉藻は、軽くフルリの頭を撫でるような仕草をして神殿の方へと向かう。その背に、フルリは少し声を落として呼びかけた。
「へ、へい…あの、玉藻さま、どうかお気を付けて下せぇ」
玉藻は振り返りはしなかったが、ひらひらと扇を振って応じる。そして、その姿は神殿の壁の向こうへと消えた。
次回予定「バステト神 1」
神を探して神殿に入り込んだ玉藻が見たものは…