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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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闘技大会 第二試合

本日2話投稿 2話目です。

「エリン殿は騎兵であろう。ぜひ馬上での対決を所望したいが、如何に」

 闘技場に響いたのはケンタウロス族のラロスの声だった。相手は、エルフェリア第二軍団長エリン・メリディアス。先の戦争で、ラロスは仲間と共に第二軍団と戦ったこともある。巧みな戦術で、文字通り人馬一体のケンタウロス族ですら、翻弄されたこともあった。

 その指揮官であるエリンと、馬上で戦ってみたいというのは何の陰謀でもなく、純粋に武人としての思いだった。

「承知した。お言葉に甘えさせて頂こう」

 エリンも承諾する。正直、ケンタウロス族を相手に戦うのに、自分の身一つでは苦しいものがある。相手の申し出は、正直、有り難かった。

 エリンの愛馬ゼラは、彼女が闘技場まで乗ってきていたため、すぐに用意され、馬丁に引かれて闘技場に入ってきた。2年前、エリンが第二軍団長に就いた時にアルヴィンから贈られた、今年で6歳になる黒褐色の牝馬である。

「ゼラ、頼むぞ」

 馬丁から手綱を受け取ったエリンは、ポンポンとゼラの首を叩き、ひらりと鞍にまたがる。

 その手には、先ほど妲己が使っていたのと同じ大刀が握られていた。

 刀身と柄の繋ぎ目に施された飾り金具と宝珠の意匠が、妲己のものは金に紅玉、エリンのものは銀に碧玉になっているが、それ以外は全く同じ、鍛冶師デルム渾身の業物である。

 馬上で大刀を一振りし、バランスを確かめる。妲己から色々教わりはしたが、稽古を始めて10日ほどだ。ケンタウロス相手にどこまでやれるかわからないが、殺し合いでないこの試合は力試しにちょうどいい。

「お待たせした。さあ始めようか」

 エリンは、ラロスの真正面にゼラを進める。人間同士で相対するのとは異なり、20mほどの間隔を空けて向かい合う。

「承知」

 短く答え、ラロスも自らの武器を握る。ラロスの武器は、弓や槍を主武器とするケンタウロス族では珍しい、両手に持った二振りの片刃の短刀だった。


 ドゥーン、と1回目のドラムが鳴った。二人ともすでに臨戦態勢だ。ピクリとも動かない。

 そして、2回目が鳴った。

 響き渡ったのは、ドドッドドッ、という蹄の音の重なり。

 エリンは左手で手綱を持ち、伸ばした右手で大刀の重心、刀身と柄の繋ぎ目から拳二つ分下を握っていた。刀身を斜め下に向け、柄はエリンの背で斜め上へと伸びている。

 ラロスは短刀を握った両手を左右に広げ、短刀の刃を外に向けて構えている。

 二人の間隔は一気に縮まり、やがて交錯した。その瞬間、エリンはわずかに軌道を変え、ラロスとの間合いを広げた。

「せぃっ!」

 気合いと共にエリンは大刀を振る。振った瞬間、柄を短く持っていた握りを少し緩め、遠心力のままに刀身をラロスに向けて伸ばす。そして柄の中程を握り直すと、一気に振り抜いた。

 ガィン!と金属音が響き、ラロスの短刀が大刀の刃を弾く。お互いスピードが乗った状況での激突だ、まして相手の武器の長物、まともに受け止めては自分の体勢も崩される。タイミングを合わせて弾くことで、衝撃を避ける。

 エリンは、振り抜いた大刀をそのまま左手に持ち替えて、くるりと反転させ、背中に回す。そして、闘技場の壁際でゼラを大きくUターンさせ、再びラロスに向き直った。


 そして、ゼラを走らせる。

 今度は、柄の先端近くを持って大きく振り回し、すれ違いざまに真正面からラロスに叩きつける。馬の速度、刀身の遠心力、大刀の重さ、全ての乗った一撃に、さすがのラロスも片手で受け止めるのは無理と判断し、両方の短刀を身体の前に掲げ、同時に進行方向をエリンから離れる方向にずらした。

 大刀の先端が短刀の上を滑りラロスの左腕をかする。それだけで革の小手がざくりと切り裂かれ、わずかに血が飛び散る。

「浅いか」

 ちっと舌打ちしてエリンは手綱を引き、ゼラの勢いを落とす。ラロスもしばらく進んだ後に立ち止まり、エリンに向き直った。

「我の方が先に一太刀浴びるとは、その武器の威力は侮れぬようだ。先の戦争でも見たことの無い武器だが、貴女が考案したものか」

 感心したようにラロスは言う。

「いいえ、私もある人から勧められたの。自在に使うのは簡単じゃないけど、ケンタウロス族から認められるとは、光栄だわ」


 この大刀という武器、さすが妲己が勧めるだけはある。エリンは改めて手に握る大刀の感触を確かめた。妲己に教わり連日の稽古をしたが、まだ完全に自分のものにしたとは言い難い。それでも、ケンタウロス相手に戦えるのは、武器の優秀さの現れだ。

 長い柄は、その握る位置を変えることで自在に前後の重量バランスを調整できる。それは馬上で体勢を整えるための錘として機能し、攻撃を弾かれたり、空振りした時に素早く体勢を立て直すことができる。そして、武器の長さは攻撃範囲の広さ、重さは攻撃の威力に繋がる。

「だが、みすみす帝国の騎兵に負けるわけにはいかんのでな。覚悟してもらおう」

 ラロスは、短刀を構えて再び走り出した。エリンも呼応してゼラを走らせる。

 エリンは大刀の中程を持ち、ラロスに向かって振るった。中段から水平に薙ぎ払う。

「っ…?!」

 しかし、予想した衝撃が腕に伝わることはなく、フッと目の前からラロスが消える。次の瞬間、鋭い衝撃がエリンの脇腹に走った。

「ぐぅっ…!」

 辛うじて落馬は免れたが、エリンは痛みに腹を押さえて奥歯を噛みしめる。


 ラロスはエリンの斬撃を受けも弾きもしなかった。人馬一体のケンタウロス族らしく、器用に上半身をかがめて大刀の一撃の下をくぐり抜け、空いたエリンの胴に一撃を放ったのだ。短刀には少し間合いが遠く、脇腹を薙ぐにとどまったが、殺さぬよう峰打ちとは言え十分な手応えだった。

 少し先で立ち止まったラロスは、無言のままエリンの動きを目で追っている。

 エリンは、痛みに顔をしかめながらも背筋を伸ばし、大きく息を吸った。

「私の負けだ」

 試合終了のドラムが鳴り、エリンはゆっくりとゼラを進ませてラロスに近づく。

「まだ戦えるだろうに」

 あっさり負けを認めたエリンに、ラロスは少し意外そうな表情を浮かべていた。

「確かにまだ戦えるが、もし実戦なら致命傷の一撃だった。だから私の負けだ。まだまだ、修練が足りなかったということだ。さすがにケンタウロス族は強い」

 仕方なさそうにエリンは言う。そして、小声で続ける。

「だが、次に戦う相手は、私のようにはいかないぞ。何しろ私の師匠だからな」 

「なんだと?」

 次に戦うのは、第一試合でアラクネを破った小柄な帝国兵、それも一般兵だ。言われてみれば確かに同じ武器を使っていたが…

 ラロスが聞き返そうとした時には、すでにエリンはゼラの首を回らせていた。

次回予定「闘技大会 第三試合」「闘技大会 第四試合」

1話が短めなので、2話同時投稿の予定です。


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