表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
19/489

闘技大会 第一試合

本日は2話投稿です。1話目。

「あの…本当にやらなきゃダメですか?」

「はい。よろしくお願いします。総督閣下」

 闘技場の貴賓席。例によってフィルから渡された総督の衣装をまとったリネアに、グラムが恭しく頭を下げる。

「グラム様まで、ひどいです…」

 リネアは、こくりと喉を鳴らす。すっぽりと被ったベールで狐耳と顔の上半分を隠しているが、その体はぷるぷると震えている。

「リネアさん、観客席から見える場所まで進んで、さっと右手を挙げれば結構です。何もしゃべる必要はありません」

 隣に控えるテミスが、リネアに囁くと、軽く背中に手を添える。

「は、はい、頑張ります!」

 ぐっと拳を握り、何度か深呼吸をすると、リネアは真っ直ぐに前を向いて、貴賓席の前に設けられたバルコニーへ進む。

 闘技場の観客席を埋め尽くすのは、人間と魔族の観衆、約1万人。うっと気圧されそうになるのを我慢して、リネアは背筋を伸ばし顎を引く。

 ゆっくりと観客席を見回すような仕草の後、リネアの右手が真っ直ぐに挙がる。タイミングを合わせて、闘技大会本戦の開始を告げるドラムの音が鳴り響いた。


 闘技大会本戦は、予選を勝ち残った8人によるトーナメント戦だった。

 帝国の一般兵に変装した妲己

 エルフォリア第二軍団長 エリン

 狼人族 ウェルス

 アラクネ族 パエラ

 ラミア族、シャウラ

 ケンタウロス族 ラロスとその妹のロノメ

 キュクロプス族 ゴルガム

 以上8人の対戦カードは、くじ引きで決まった。

 第一試合妲己×パエラ・第二試合エリン×ラロス・第三試合シャウラ×ロノメ・第四試合ウェルス×ゴルガム

 第一・第二試合の勝者、第三・第四試合の勝者がそれぞれ準決勝で戦い、更に決勝戦で優勝が決まる。


 試合の準備が整い、闘技場の真ん中には妲己とパエラが向かい合っていた。

 本戦でも基本的なルールは同じ。勝敗は相手が戦闘不能になるか負けを宣言することで決する、相手は殺さない、勝敗が決まった後の攻撃は禁止、である。

 

「あら、ずいぶんと身体に似合わない武器を使うじゃない」

 大刀を身体の横に突き立て、せっせと柔軟体操をしている妲己に、パエラが声をかけた。

「そういうあなたは武器を持たないのね?」

 答えた妲己の声に、パエラは少し意外そうな表情を浮かべた。

「あなた、女の子なの?」

 確かに体つきは兵士にしては華奢だ。兜の下で小さな顎がこくりと頷く。  

「えぇ、妾は妲己。か弱い人間の娘だから、お手柔らかにお願いするわ」

「あたしはパエラよ。か弱い娘が予選を勝ち抜けるわけないじゃない。見た目通りじゃないってことくらいわかるわよ」

 パエラは、にやっと笑って言った。

「でも、殺さないルールは、あたしに有利だからね」

 パエラの武器は自らの糸で作る網や投げ縄だ。相手を絡め取り、縛り上げてから首筋に足先の鎌のような爪を突き付ければ、勝負は決まる。

 対して、妲己のような『殺せる武器』を持つ者は、どうしても手加減しなければならない。そこに付け入る隙がある。パエラはそう踏んでいた。


 ドーン、とドラムが鳴った。1回目は試合準備、2回目で試合開始である。

「パエラ、悪いけど脚の一本くらいは覚悟してね」

 大刀を低く構え、妲己は笑う。

「縛り上げてそこに転がしてあげるわ」

 パエラも笑って答えた瞬間、2回目のドラムが鳴った。

 まず仕掛けたのは妲己だ。まだパエラは糸で武器を作っていない。まずは速攻で片を付けることを狙う。それで攻めきれるなら良し、攻めきれなければ仕切り直す。

「っと、さすがに速いわね!」

 大刀を振り上げて一直線に踏み込んできた妲己に、パエラは大きく後ろに跳び下がった。8本のしなやかな脚は、バネのような跳躍力を生み出す。予選でハルピュイアのミュリスを捕らえたのも、その跳躍があればこそだ。

 振り抜いた大刀の重さによろけることもなく、妲己は素早く体勢を整える。あの身のこなし、本当に人間なの?!…パエラは、素早くを糸を繰って投網を編みながら思った。

「どうしたの。早く妾を縛り上げてみせて」

 挑発する妲己に、パエラは無言で投網を構える。

 そこに真正面から妲己は突進した。


 一瞬、バカなと思った。投網の正面に突っ込むなど絡め取ってくれと言っているに等しい。…いや、あの武器であたしの糸を切り裂けると思っているのか。パエラは躊躇いなく投網を投げる。

 妲己が振るう大刀の刃が投網を受け止めるが、柔軟な上に強靱なアラクネの糸は、いかに妲己の大刀を以てしても切り裂けなかった。

「ふっ!」

 妲己は、大刀の軌跡を変え、大刀の刃に投網を巻き付けるように絡め取る。そして、魚でも釣り上げるように大刀を振りかぶった。

 パエラはあえて妲己に一本釣りされると、空中で糸を切り離し、妲己の背後に着地した。しかし、糸が切られたのを察した妲己も、すでに身体をパエラの方へと向けている。

「あたしの投網はいくらでも作り直せる。何度絡め取っても意味ないよ」

「これでいいのよ」 

 大刀にはパエラの投網が巻き付いているが、妲己は、それを外そうともせず、大刀を下段に構えて踏み込んだ。パエラの胴体を狙った横殴りの斬撃が迫る。

 だが、この大会は、相手を殺してはいけないルール、当てる直前で勢いが落ちると読んだパエラは、接近した妲己を絡めとるべく、新しい糸を吐き出そうとした。

「クハッ!」

 パエラの口から苦しそうな息が押し出されるのと、ボゴッと鈍い音が響いたのは同時だった。妲己の大刀がそのままの勢いでパウラの脇腹を抉り、衝撃に耐えきれなかったパエラが闘技場の地面を転がる。

 あんな斬撃をくらったら、いくら魔族でも、胴体が真っ二つ…に、なってない?

 痛みに顔をしかめながら立ち上がったパエラは、自分の脇腹を確認する。大刀が当たった場所は黒く鬱血しジンジンと痛むが、胴体は繋がっているし、切り裂かれてもいない。

「この状態なら、本気で斬り付けても死にはしないわ。ただ、すごく痛いと思うけど」

 何が起こったか困惑しているパエラに、妲己は言う。

「あ、あたしの投網か!」

 刀身巻き付いているパエラの投網、それが刃を覆い隠し、業物の大刀をただの鈍らに変えていた。しかし、切れなくなっただけで中身は鉄の塊だ。勢いをつけて殴られれば相当な威力がある。

「さあ、これで殺す心配はないわ。それに、女の子の顔は大事だから、首より上は狙わないと約束してあげる」

 ブンと大刀を振り回して、妲己は切っ先をパエラに向けた。


 …こりゃ勝てないわ。パエラはあっさりと見切りを付けると、両手を上げた。

「はーい、あたしの負けです!」

 試合終了のドラムが叩かれるのを聞いて、パエラは痛む脇腹をさすった。

「ずいぶんと素直じゃない」

 大刀を降ろした妲己は、苦笑しながらパエラに近づく。

「痛いのは嫌なのよ。それに勝ち目はなさそうだし」

 顔をしかめて言うパエラ。

「少しじっとしてて」

 妲己がパエラの傷にそっと手をかざすと、嘘のように痛みが治まり、黒く鬱血していた脇腹もきれいに治っていた。

「女の子の肌に傷を残しちゃ可哀想だからね」

 そして、指先に青白い炎を灯して大刀に巻き付いたパエラの投網に近づける。すると、パッと炎は投網に燃え移り、数瞬の間に燃やし尽くした。

「やっぱり、あなたに勝つのは無理だったわ。今ので確信した。…あなた、本当は人間じゃないでしょ?」

 パエラは、じとりとした視線を妲己に送る。

「さあ?元は確かに人間よ。最近、ちょっと自信ないけどね…もし、妾に興味があるなら、今度、総督府に遊びに来なさいな」

「えっ?」

 驚いて声を上げるパエラにひらひらと手を振り、妲己はアリーナの出口へと向かって歩き出していた。

次話「闘技大会 第二試合」も投稿済みです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ