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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 ヒクソスの新王
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改革事始め 4

メネス軍とフィル軍の演習、遂に決着。

 メネス軍の攻勢を凌ぎつつ、フィル軍の前衛は後退を続け、左右両翼に分かれた後衛は逆に少しづつ前進を開始した。しばらくするとフィル軍の陣形はV字型に変化し、メネス軍はフィル軍の両翼に側面から攻撃を受け始める。


 包囲の危険を察知したメネス軍の指揮官は、全軍に対し直ちに後退を指示した。

 攻勢からの急な転換によりメネス軍には多少の混乱が生じたものの、それでもさすがはメネス正規兵。後方の第三陣が左右に割れて側面のフィル軍を受け止め、真ん中から第二陣を後退させるよう行動を開始する。


 だが、その後退判断は少しばかり遅かった。歩兵同士の押し合いの間にメネス軍騎兵を撃破したフィル軍騎兵が、戦場に戻ってきたのだ。すかさずフィルは、後退しようとするメネス軍の鼻先に騎兵部隊を投入し、フィル軍による完全包囲が完了する。


 そこで勝敗は決した。ヒクソスの小娘と侮っていた王国の軍人たちは、自分たちよりも的確だと認めざるを得ないフィルの指揮ぶりに、顔を強ばらせた。


「見事な指揮だった。まさか我が軍に完勝してしまうとはな」

「…ま、まぁね。ありがと…」

 賞賛を送るホルエムから、フィルは少し恥ずかしそうに目を逸らした。


 王国の正規軍を相手に勝ち、これまでヒクソスにいなかった集団戦を指揮できる将であることをアピールしたフィル。セケムたちやホルエムからの信頼は高まり、王国の軍人たちにはダメ押しの警告となったが……実のところ、今回の演習の本当の目的は、別のところにあった。


 フィルの隣に立ったリネアが、そっと囁くように尋ねた。

「手応えはいかがでしたか?」

「うん。だいたい予想通りかな」

 フィルは軽く笑みを浮かべて答えた。


 フィルは、帝国流の戦術が王国軍に対してどの程度通用するのか、演習を口実にして実際に試したのだ。

 軍の編成、陣形の組み方や配置、運用の仕方、状況への対処など。演習程度でメネス王国の実力を全て計ることはできないが、基本的な能力や戦術思想を知ることはできる。


 結果、王国軍の戦術は帝国よりも遅れており、自分の知識と経験で十分に戦えるとフィルは判断した。あとは自分の指揮について来られるようにヒクソスの兵を鍛えるだけだ。


「王国の兵は、一人一人では我らよりも弱い。けれど集団で戦うことで我らに勝ち続けています。フィル様が指揮された王国の近衛兵も、1対1で戦えばおそらくは我々よりも弱かったと思います。しかしフィル様はそれでも王国軍に勝ってみせた。ヒクソスの戦士が弱いのではなく、戦い方がダメなのだと思い知りました。ヒクソスの兵がフィル様の指揮の通りに戦えば、きっと王国軍を打ち破れると思います」


 今までは、それぞれの戦士が多くの手柄、つまり敵兵を1人でも多く討ち取れば、それが勝利に繋がるのだと思っていた。でも、実際には勝てない。作戦もなく連携もとれず、ただ勢いに任せて突撃し、結果複数の敵兵に囲まれてしまう。

 これまでのヒクソスの戦い方とフィルの戦い方、どちらが戦として正しいのかは明らかだった。結果、ヒクソスはメネスに破れて、属国にされることになったのだから。


「手柄を競い、己の武を誇っても、国や民を守れずして戦士と言えるのでしょうか」

 セベクとセケムは、部族長達を前に真剣に訴える。


 まだ半信半疑の様子も見えるが、ウゼル直属の戦士だった二人の言葉は、部族長たちに一石を投ずることになったようだ。互いに顔を見合わせ議論する者、腕を組んでじっと考え込む者、そしてウゼルは満足げにセベクたちを見つめていた。


「今後、軍に関する一切をフィルに任せます。全ての部族長はフィルの指示に従うように。もし不満がある場合は、ヒクソスの流儀に従い決闘により決しなさい」

 タイミングを見計らったようにメリシャが言い渡す。

「…ははっ!」

 内心はどうあれ、部族長たちは一斉に頭を下げた。


 その後フィルは、王の直轄軍団を新たに編成するとして、各部族からそれぞれ人口100人につき1人の戦士をアヴァリスに送るよう指示を出した。全部族合計でおおよそ1,000人規模になるはずだ。

 国全体の総人口がおおむね10万人ほどのヒクソスで、疲弊した民の生活再建に支障が出ない範囲としては、今はそれくらいが最大限だろう。


 ただ、部族長たちが首をひねったのは、その指示に、戦士の選抜用件は体力に優れた者を優先し、武技が未熟な者でも構わないと申し添えられていたことだ。


 部族長たちの本音としては、武技に秀でた者はなるべく自分の手元に置いておきたい。安堵した反面、わからないのはそれをフィルの方から言い出したことだ。今さら彼女が部族長達に遠慮するとも思えないのだが…。


 フィルの真意を計りかねながらも、部族長たちはとりあえず指示に従い、武技は未熟ながら体力のある若い戦士を中心に人数を集めて、アヴァリスへと送り出した。

次回予定「信仰の都へ 1」

自ら領内を見回ることにしたメリシャが向かうのは、ヒクソス最古の信仰の都。


次回より物語は新たな展開に入ります。新章「猫神の都」お楽しみに。


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