表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 ヒクソスの新王
184/489

ネフェル 3

神殿からネフェルを連れ出したフィルは…

「わたしは困らないからいいの。…これはわたしの我が儘。だからネフェルが望んでいなくても、わたしはそうしたい。それだけよ」

「フィル…どうしてそんなこと言うの?ネフェルのことはフィルには関係ない」

 わずかに眉間に皺を寄せ、ネフェルはつぶやく。彼女としては最大限の困惑を示しているらしい。フィルは、首を巡らせてネフェルを見つめる。


「わたしは神獣だからね。自分が気に入らないものはそのままにしておけないのよ」

「でも…」

「まぁ、民が苦しむのを見るのはネフェルも嫌でしょう。それはわたしも望まない。だから、そこは何とかしてあげる。ホルエムの頑張りにもかかってるけど、ネフェルを解放するためと言えば、ホルエムも本気になるでしょう?」

「ホルエムが?どうして?」

「それは、わたしの口からは言えないなぁ…」

 きょとんとするネフェルに、フィルは、くっくっと喉を鳴らして笑う。


「ネフェル、見てごらん」

 煌々と輝く月の下、フィルは眼下に広がる大地を指し示す。足下にはオシリス神殿、そして大河イテルの黒々とした流れが横たわり、河に沿うようにメンフィスの街が広がる。遠くには一面砂の大地が地平線まで続き、星々が輝く夜空と接していた。


「きれい…」

 ネフェルの口から思わず感嘆の声が漏れた。大地を空から見るなんて初めてだった。ネフェルは口を閉じるのも忘れて風景に見入る。

「世界は広いんだよ。神殿の中だけで一生過ごすなんて、勿体ないじゃない」


「フィル…ネフェルは神殿から出てもいいのかな…」

 しばらくして、ネフェルはポツリと言った。


「もちろん。神獣であるわたしが許す。オシリスとかいう神がグタグダ言うなら、わたしが殴りつけて黙らせてあげる」

「オシリス神を殴るのはダメ」

「えー、そうなの?」

 しばらく顔を見合わせて、どちらからともなく笑う。初めて見たネフェルの笑顔は、リネア一筋のフィルが思わず見惚れるほど可愛かった。


 手を繋いで地下の部屋に戻ってきたフィルとネフェルに、ステージ端に座って待っていたホルエムが、拗ねたような顔を向ける。

「フィル、ずいぶんネフェルと仲良くなったようだな。…全く、こんなところに俺一人を置いていくなど、信じられぬ」

「ホルエム、ひとりで怖かったの?」


「違う!…その…俺だって、もっとネフェルと話をしたかったのに…」

 後半に向けて、ホルエムの声はボソボソと小さくなっていく。それを聞き逃さなかったフィルは、にやっと意地悪そうな笑みを浮かべた。


「女の子同士じゃないと話せないこともあるのよ。ホルエムもそれくらい察しなさい。あんまり子供っぽいこと言ってると、ネフェルに嫌われるわよー」

「なっ…!」


「フィル、ホルエムをあんまりからかっちゃダメ」

 くいくいとフィルの手を引っ張り、ネフェルはホルエムを庇う。

「仕方ないわね。ネフェルがそう言うなら勘弁してあげよう」

 その掛け合いに、ホルエムは微妙な表情を浮かべる。ネフェルが少し楽しげなのは嬉しいが、正直、フィルが羨ましい。


「ほら、ネフェルを返してあげる…わたしは、しばらく部屋の外を調べてくるから、ふたりで話をするといいわ」

 フィルは、そう言ってネフェルの身体をぐいとホルエムの方に押し出す。


「…う、すまぬ」

 フィルは少し顔を赤くしたホルエムに背を向け、ひらひらと手を振った。


 フィルがミイラ兵たちがいた広間の壁画を眺めていると、ホルエムは思ったよりも早く戻ってきた。

「早かったじゃない。もういいの?」

「あぁ、ネフェルが眠そうにしていたのでな」

「…ったく、優しいのはいいけど、なんかじれったいわね」


「どういうことだ…?」

「いいえ、なんでもない。…それじゃわたし達も王城に戻りましょうか」

 フィルはそう言うとスタスタと地上に向かって歩き出す。そして地上に出ると九尾の姿となって中庭から直接空へと上がる。


「ねぇ、ホルエム…」

 大河イテルの上をメンフィスに向かって走りながら、フィルは背のホルエムに話しかけた。

「ネフェルを神殿から解放したいと言ったら、協力してくれる?…それで王国から魔術がなくなってしまったとしても」


「もちろんだ。俺は、ネフェルを国の人柱にしたくない。魔術がなくなることで困る者も出るだろうが、それは国全体で解決しなければならんと思う」

 ホルエムは迷うこと無く即答する。王太子としては褒められた決断ではないのかもしれないが、フィルはその答えに満足した。


「上出来。…あとは、そのくらいの意気でネフェルにも接することができたら、言うことないんだけどね」

 フィルは笑って目を細めた。

次回予定「改革事始め 1」

メネスからヒクソスに戻ったメリシャたちは、国内の問題に手を付けます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ