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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 ヒクソスの新王
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ネフェル 1

神殿の奥深くで眠る、巫女長ネフェルと対面します。

 暗い水底から浮かび上がってくるような感覚。それはネフェルがいつも感じる目覚めの予兆であった。


 巫女長となって神殿で暮らすようになってから、ネフェルは夢を見たことがない。彼女にとって眠りとは、何も見えず何も聞こえない深い暗闇の底に沈んでいるようなものだった。


 いつもならば、朝日が昇るまで安らかに、言い換えれば死んだように寝台に横たわっているのだが、今夜は少し違った。

 闇に沈む彼女に、何かが近づいてくる。眠っている間にそんなことを感じたことはなかった。強い力がすぐそばまで来ている。悪意は感じられないが、少し怖い。


 パッと目を開けたネフェルの視界には、自分を覗き込む二人の人影が見えた。

「……ホルエム?」

 よく見知った顔に、ネフェルはつぶやく。


「ネフェル、こんな夜中にすまない」

 ホルエムは、身を起こそうとするネフェルの背を優しく支え、寝台に座らせた。

 目の前には、幼馴染みの王太子ホルエムと、見知らぬ少女が立っていた。


「はじめまして。わたしはフィル。…よろしく」

 フィルはネフェルに微笑んだ。

「…ネフェル…」

 ポツリとつぶやいてネフェルはフィルに軽くお辞儀をした。一応、自己紹介のつもりらしい。

「…フィルは…何?」

 眠っている間に感じた強い力は、フィルと名乗るから感じる。ネフェルはじっとフィルを見つめた。金色の髪に紅い瞳、どちらもメネスの民には無い特徴だ。

「…何、かぁ…」

 『誰』ではなく『何』かと問われ、フィルは苦笑する。


「すまないな、フィル。ネフェルは子供の頃からこういう感じで、あまり感情を出さないんだ。フィルのことを悪く思ってるわけじゃない」

「ううん。眠っているところに押し掛けるなんて、わたしが悪いもの。…ネフェル、わたしはどうしてもあなたと話がしたかったの。眠りを妨げたのは許してね」

「ネフェルと、話?」

 無表情でジッとフィルを見つめながら、こてりと首をかしげる。その仕草がなんとも小動物的で、思わず抱き締めたくなるのを我慢してフィルは言葉を続ける。


「…こほん。ネフェル、わたしが人間じゃないのはわかる?」

「わかる。フィルにはとても強い力を感じる…人が持てる力じゃない」

「わたしの正体は九尾の狐。何千年を経て神獣とも呼ばれるようになった大妖狐。わたしは元々人間だけど、死にかけたところを九尾に食べられて、九尾の意識となった」

 フィルは正直に言った。


「神獣の意識になる…?」

 ネフェルの目が少しだけ見開かれた。人間だった者が神獣の意識となる、それは人間が神に成り代わるという事に等しい。信仰の対象としての神では考えられぬことだ。


「ただし、この世界の神じゃないわ。わたし達は全く別の世界から、ヒクソスの神官達の召喚儀式でこちらに呼び出されたの」

「フィルは異界の神…?」

「まぁ、そんなところかな」

 ネフェルは寝台から立ち上がり、フィルの前に跪いた。信仰する神ではないとは言え、巫女として神には敬意を示さねばならない。


「そんなことしなくていいよ」

 フィルはネフェルの前にしゃがんで手を取り、立ち上がらせる。


「今のわたしは神獣じゃなくて、ヒクソス王メリシャの側近。そういう事にしておいて」

「ホルエム、そうなの?」

「あぁ」

「ん、わかった」

 ネフェルはこくりと頷く。


「フィル、ネフェルに話って何?」

「話というか、知りたいことがあるの…ネフェル、この神殿の神様、オシリス神の言葉を聞いたり、意思を感じたことはある?」

「…ない。でも神の力は確かにある。だから神はいる、と思う。」

「そうね。何らかの力がここから流れ出ているのは、わたしも感じる」


「こっちに来て」

 ネフェルはフィルの手を掴んで、寝台が置いてあるステージの奥へと誘った。

 手を引かれるまま神像の後ろに回ったフィルの目の前に、ぽっかりと空いた丸い穴が現れる。直径は大人の背丈ほど。周りは腰の高さほどの石壁で囲まれており、中には闇が満たされていた。


 …比喩では無く言葉通りの意味だ。穴が深くて底が見えないのではない。穴の中はただ真っ黒だった。 


 まるで、どろりとした真っ黒な液体が溜まっているよう…しかし、その水面と思われる部分は全ての光を呑み込んでしまうかの如く、何も映してはいなかった。

次回予定「ネフェル 2」

ネフェルと話しをするうちに、フィルは…

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