オシリス神殿 3
オシリス神殿の中心部にそびえる『ムル』の地下には…
干からびた手が棺の縁を掴み、兵士のミイラが棺の中で上体を起こす。さっきの金属音は、ミイラが身に着けている鎧が立てた音だ。
「な、なんだこれは?!」
ホルエムが慌てて腰の剣を抜いた。
ミイラ兵たちは、棺の中で剣を杖代わりにして立ち上がり広間の床に足をつける。ギッと軋むような音を立てて、暗い眼窩をフィルたちの方に向けると、手にした剣を構えた。
広間にある棺全てから次々にミイラ兵が起き上がり、奥へ続く通路を塞ぐように並ぶ。
「…巫女を守る不死の兵ってわけね」
フィルは、ポッと手のひらに狐火を灯し、口の端に笑みを浮かべた。
「フィル、どうする?」
「倒すしかないんじゃない?…ホルエムは下がってなさい」
「俺も戦うぞ。フィルが強いのは知っているが、女の背に隠れているわけにはいかない」
「今度は女の子扱いしてくれるんだ…でも、すぐ終わるから大丈夫よ」
フィルはそう言って、灯した狐火を手近なミイラ兵に投げつけた。
「いくら不死でも、身体そのものが無くなったら終わりでしょう」
生身の人間はともより金属すら燃やし尽くすフィルの狐火だ。乾燥して燃えやすいミイラ兵の身体は、あっという間に火だるまになる。フィルの周囲に次々と狐火が現れ、飛びかかってくるミイラ兵をいとも簡単に燃やしていった。
フィルの言ったとおり、ホルエムが手を出す暇も無く、20体ほどいたミイラ兵は数瞬の間に全て燃え尽き、消滅していた。
「戦の時も見たが、やっぱりすごいな。フィルの力は」
あまりに一方的な戦いに、ホルエムは微妙な表情で剣を鞘に収める。
「一応、神獣とも呼ばれた大妖狐だからね。それに、炎での攻撃に一番弱そうな相手だったし」
フィルはパンパンと手をはたくと、空になった棺を眺めた。棺の内部には、装飾というにはあまり美しさを感じない、曲線的な文様と文字列が彫り込まれていた。
「これって、魔術的な何かなのかな?…この棺に入れられた遺体は、あんな風に侵入者に反応して動き出す、みたいな」
「さぁ、どうだろう。ハトラなら何かわかるかもしれないが…」
「そっか…今は仕方ないわね」
遮る者のいない広間を奥へ進む。途中で左右に並ぶ列柱が途切れ、再び緩やかな下りスロープになった。通路というより広間の床がそのまま傾斜している。そして、その先は広間を照らす明かりの届かない、闇の中へ続いていた。
フィルは、明かり兼攻撃用として自分の周囲に幾つかの狐火を出現させた。そしてホルエムと頷き合うと、闇の中へと降りていく。
床の傾斜はすぐに終わり、水平になった。
「んー、また壁があるわね…そろそろゴールってことかな」
「壁?」
フィルのつぶやきに、ホルエムは首をかしげた。フィルの目の前には何もない。ただ青白い狐火に照らされた水平の床が続いているだけだ。
「これも何かの魔術なんだろうけど、目には見えない壁みたいなものが通路を塞いでるの。…ここに来るまでにも何枚かあったよ。わたしが触れただけで消えちゃったけど」
何のことかわからない様子のホルエムに、フィルが言葉を補足する。
「そんなものがあるのか?」
「あ、ちょっと!」
興味本位で伸ばしたホルエムの手を、慌ててフィルが押さえる。
「止めなさい。腕が無くなっても知らないわよ」
フィルはそう言って、狐火のひとつを見えない壁にぶつける。バチッという激しい音と閃光がして、狐火が消滅した。
ホルエムは息を呑み、慌てて腕を引っ込める。
「これは、ネフェルが張っているのか?」
「それはわからないけど、巫女長を守るための仕掛けなのは間違いないでしょうね。ここまでにあった壁より一段と強力みたいだから、最後の防壁ってところかな」
フィルは、にやっと笑う。
「…わたしには効かないけどね」
そう言ってフィルは拳を握り、目の前の空間を無造作に殴りつけた。
再びバチッと激しい音と閃光が走ったが、次の瞬間、パキパキと乾いた音を立てて赤い蜘蛛の巣のような光の筋が空間を走り、粉々に霧散して消えた。
そして、ボウッと周りの壁が淡く光り始める。
「これは一体…」
闇が照らされ、部屋の奥に鎮座する神像の姿が浮かび上がった。緑色の顔に白い冠を被った男性の像、神オシリスだ。
その足下には数段高くなった祭壇のようなステージがあり、3人ほどが並んで眠れそうな天蓋付きの寝台の上で、10代半ばくらいに見える一人の少女がすやすやと眠っていた。ステージに上がり、天蓋から垂れる薄衣をそっとめくる。
「この娘がネフェルなの?」
「あぁ…しかし、どうしてこんな場所に…?」
「趣味が良いとは言えないけど、ここがネフェルの寝室みたいね……女の子が眠る姿をずっと見てるなんて、この神、気持ち悪いわ」
少し眉をひそめて目の前のオシリス像を見上げながら、フィルは言った。
次回予定「ネフェル 1」
オシリス神、フィル様から変態認定…。