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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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闘技大会 予選

 サエイレム市街の南西隅にある円形闘技場では、歓声、怒声、そして金属の武器が打ち合わされる甲高い音が響き渡っていた。観客席は、人間、魔族を問わず開放されており、大きな声援が上がっている。

 帝国式の都市には必ずと言っていいほど設けられる円形闘技場は、こうした闘技大会のほか演劇の上演や演奏会など、様々なイベントに用いられる市民の娯楽の場である。

 長径100m、短径60mほどの楕円形のアリーナには荒い砂が敷き詰められ、それをぐるりと取り囲む6段の観客席の収容人数は約1万。サエイレムの人口の約1/3を収容することができた。

 最終的に150人以上が参加することになった闘技大会の予選は、総当たりでの勝ち抜き戦で行われていた。参加者全員がアリーナに集められ、開始の合図とともに、それぞれが自由に相手を見定めて戦い、最後の8人となるまで戦い続けるのだ。

 勝敗は、相手が戦闘不能になるか、負けを宣言することで決せられる。


 ・相手を殺すこと

 ・戦っている者に対して第三者が加勢したり邪魔をすること

 ・勝敗が決した後に攻撃を続けること


 これら3点は反則行為とされ、例え故意でなくても即失格。反則行為は、周囲に並ぶ衛兵と軍の兵、そして上空のハルピュイアたちにより厳しく見張られていた。

 武器や防具の持ち込みは自由だったが、相手を殺した場合は殺人と同様の罰に処すと宣言されていたため、寸止めをする自信がない者は、刃を潰した訓練用武器に持ち替える。


 そして、予選が始まって1時間。たったそれだけの時間で、ずいぶんと参加者は減っていた。そして、参加者の中で特に目立ち、居並ぶ観客の注目を集める者が何人か現れていた。


「おい、あんな子供みたいな兵隊さんが、狼人相手に押しまくってるぞ」

 観客の一人が声を上げて指を差す。その先では、一般兵の装備を着けた小柄な兵士が、自分の身の丈よりも長い武器を縦横に振るっていた。

 それは、もちろんフィルの身体を借りた妲己だ。手には、つい10日ほど前にできあがったばかりの長さ2mにもなる大刀が握られている。

 勢いよく振るわれる大刀の猛攻に、大きな剣を構えたはるかに体格の良い狼人が一方的に打ち負けている。

 勝負はすぐについた。妲己の身体が低く沈んだかと思うと、大刀の柄で脚を払われた狼人が地面に転がっていた。すいっと、その首筋に大刀の刃が突き付けられる。

「う、…参った!」

 苦しげな表情で狼人が言うと、妲己はすぐさま刃を引いて一礼し、次の標的を求めて走って行った。

「お前さんの負けだな」

 反則の監視に当たる兵の一人が狼人を助け起こしながら、負けた印の白い布を腕に巻き付ける。

「あ、あぁ。しかし、あいつは何なんだ。あんな小さい身体からは想像出来ないほど重い攻撃をしてきやがる。帝国の兵隊にはあんな化け物がいるのか」

「いや、あの娘は特別だ」

「娘だと?!あいつ女なのか!」

 男にしては小柄だと思ったが、兜を被っていたため、わからなかった。

「あぁ、前に第二軍団長のエリン様とあの娘が模擬戦をしてるのを見たことがある。両手に剣を持った軍団長を圧倒してたぞ、あの娘」

「帝国の軍団長を圧倒するなんざ、そりゃ敵うわけがねぇ。子供相手に楽勝だと思ったんだがなぁ」

 ぼやきながら狼人は立ち上がり、出口へと向かう。その視線の先では、妲己が軽やかな身のこなしで戦っていた。


「ふんっ!」

 ウェルスの振るう大剣を、鎧姿の帝国兵が大盾で受け止める。素早く突き出された剣をウェルスは後ろに跳んで避ける。

 両手持ちの剣を握り直し、ウェルスは再び大盾に突進した。ウェルスの持つ剣は刃渡り1mを超える片刃の大剣だ。先端が刃の側に向けて少し湾曲しており、その切れ味は人間の腕くらい一撃で切り飛ばす。しかし鉄で補強された大盾は、ウェルス渾身の一撃を以てしても破れなかった。

 相手が持つ、全身隠れるほどの大盾は、帝国軍の象徴だ。大盾で前方と上方を防御した兵士の軍団が、長い槍を構えて一糸乱れず前進する重装歩兵戦術に、魔王国軍は何度も突き崩されている。しかも、ウェルスの相手はその大盾を武器としても使う。剣の攻撃を弾き、逆に大盾で殴りつけてくる。

「あんた強いな」

「魔族にそう言ってもらえると嬉しいね。俺たちは集団では強いが、一人一人ではやっぱり魔族の方が強いからな」

 少し息を弾ませながらも、にやりと笑って答える帝国兵は、バルケス率いる第一軍団の百人隊長を務める男だった。先の戦争で魔王国軍と戦ってきた歴戦の兵士である。

「戦争じゃ、勝手に一騎打ちなんてできないからな。腕試しに、思い切って参加してみたってわけだ」

「ちっ、もう少し楽な相手を選べば良かったぜ」

 言いながら、ウェルスは狼の俊敏さでフェイントをかけ、跳び上がると頭上から剣を振り下ろす。百人隊長は素早く盾を頭上に掲げるが、ウェルスはその盾を足場にして彼の背後に着地した。

「うっ…!」

 後ろから首筋に剣を突き付けられ、百人隊長が唸る。一瞬の後、彼はゆっくりと大盾を下した。

「前や上は得意だが、やはり後ろは弱点になるな」

 自分に言い聞かせるように、百人隊長は言った。

「まだやるかい?」

「いや、俺の負けだ…今度は集団戦での大会を開催を提案してみるか」

「そりゃ帝国軍に有利すぎだ…」

 顔をしかめたウェルスに、頑張れよと言い残して彼は背を向けた。


 空を飛ぶハルピュイアを、剣や槍で捉えるのは難しく、相手が弓兵でなければ有利なはずだった。しかし、今日ばかりは相手が悪かった。

 ハルピュイアの代表として出場したミュリスは、地上から自分を見上げる相手を攻めあぐねていた。

 相手はアラクネのパエラ。サエイレムでは珍しい種族だが、2年ほど前、戦争の最中にふらりと街に現れてそのまま住み着いた、まだ若い個体だ。

 可愛らしいが気の強そうな少女の上半身に下半身は蜘蛛。ほっそりした8本の脚で身体を支え、手には自分の糸で編んだ投網を持っている。ハルピュイアの攻撃方法は脚の鉤爪による引き裂きしかないのだが、下手に接近すれば、この網に絡め取られる。

「どうしたの、かわいい小鳥ちゃん、降りていらっしゃいよ。網が嫌なら鳥かごを作ってあげるわよ」

 パエラは、薄笑いを浮かべてミュリスを挑発する。普段からテミスの下で街の情報集めに活躍しているミュリスは、挑発にはのらず、上空から冷静にパエラの様子を観察していた。

 そうだ、真上だ。ミュリスは思いつく。真上から急降下し、途中で急制動をかけてタイミングをずらしたらどうだ。真上に投げられた網は、ミュリスを捕らえられず奴の上に落ちてくる。自分の網に絡まった所を一撃すれば…

 ミュリスは、パエラの真上で翼を閉じ、急降下した。パエラは、手にした投網を投擲するタイミングをはかる。

 そして、パエラがまさに投網を投げる瞬間、ミュリスは一気に翼を広げ、空気抵抗を利用して急制動をかける。しかしその瞬間、パエラの姿は地面から消えた。

「?!」

 パエラは、8本の脚をぐぐっと大きく曲げ、ミュリスに向かって跳躍したのだ。驚いて目を見開くミュリスの目の前にパエラが迫り、手にした網を広げていた。


 戦うことにおいて、体格の大きさと筋力の強さは明らかな優位をもたらす。そういう意味では、魔族の中でも強い勢力を持つ種族が『巨人』と呼ばれる幾つかの種族であることは、当然と言えた。

 それら巨人族に属する単眼単角の種族キュクロプスは、巨人の中でこそ比較的小さな体躯ではあったが、3m近い身長と全身を覆う強靱な筋肉で、人間はもちろん他の魔族も圧倒する存在であった。

 キュクロプス族に生まれたゴルガムは、少年兵として帝国と魔王国との戦争に参加し、負傷して帝国軍の捕虜となった。

 回復後、帝国軍の命令で魔王国軍の破壊された街の復旧作業に駆り出されていた彼は、戦争が終って開放されると、そのまま復旧作業の持ち場だったサエイレムの下町に住み着いた。剛力を誇る巨人族は街の修復の大きな戦力であり、下町に住む魔族たちから頼りにされ、彼も居心地の良さを感じていたからだ。

 ゴルガムが対峙するのは、帝国本国で剣闘士だったと言う人間の男だった。体格はもちろんゴルガムが勝っていたが、実戦で鍛えられた剣技は、侮れぬものだった。

 巨大な戦槌を振るうゴルガムに対して、隙を突いては懐に飛び込み、一撃与えて離脱する。一見、元剣闘士の方が有利に戦いを進めているように見えた。

「くそっ!」

 毒づいたのは元剣闘士だ。彼の戦い方は、人間同士であればいずれ彼に勝利をもたらしただろう。だが、相手はサイクロブスのゴルガム。その体力は人間の比ではない。

 動き続けることによって徐々に疲労する元剣闘士に対し、ゴルガムの攻撃は全く変わらない。相手の動きが鈍り始めたのをゴルガムは見逃さなかった。

 無言で振るわれた戦槌の一撃が盾で防御した元剣闘士をそのまま弾き飛ばす。地面に転がった元剣闘士が気絶したのを確認し、ゴルガムは周りを見回した。


 その時には、ほぼ戦いは終わり、闘技場は一時の静けさに包まれていた。

 近くにはラミアの女とアラクネの少女、そして小柄な帝国兵が立っていた。その向こうには、狼人の男とケンタウロスの男女、そして帝国の軍団長を務める女。自分を入れて8人。

 予選終了のドラムが打ち鳴らされるのを聞いて、観客の大きな歓声が上がる。ゴルガムは、自分が予選を勝ち抜いたことを知った。

次回予定「闘技大会 第一試合」「闘技大会 第二試合」

1話が短めなので、2話同時投稿します。


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