オシリス神殿 1
巫女長ネフェルに会うため、フィルとホルエムはオシリス神殿へと向かう。
すっかり日が暮れ、王城での宴も終わった後、九尾の姿のフィルは大河イテルの上を走っていた。
まだ月は昇っておらず、夜の闇は深い。人目を避けて行動するのは絶好の機会である。
「なんというか、本当にすごいな」
風を踏んで空中を走るフィルの背で、ホルエムが感嘆の声を上げる。
「興奮してないで、ちゃんと道案内してよ?」
「わ、わかっている。大丈夫だ」
川を渡り終えると、河岸神殿から続く石造りの長い参道の先にオシリス神殿が見えた。
神殿の入口にそびえるのは2本のオベリスク。巨大な一枚岩から削り出された高さ20m近い石の柱で、王の富と権力の象徴でもある。ホルエムによれば、これを建てたのはウナスだという。
神オシリスの巨大な石像が鎮座する城壁のような建造物は、『塔門』と呼ばれる神殿の入り口だ。城壁の真ん中が参道の幅分だけすっぱりと切り取られており、そこを通って神殿内へ進むようになっている。
だが、空を走るフィルはわざわざそんなところを通る必要はない。塔門の上を易々と越えてフィルは神殿の奥へと向かった。
大きな建築物が立ち並ぶ神殿の敷地内には、要所要所に篝火が焚かれ、そこかしこに警備兵が立ってるのが見えた。神殿の警備兵は軍の所属ではなく、神官団が独自に組織している僧兵らしい。確かに、王国軍のような革鎧剥き出しではなく、白い頭巾や同じく白いローブ調の衣服を身に着けている。手に槍のような武器を持っているから警備兵だとわかるが、それがなければ普通の神官にも見える。
だが、その厳重な警備であっても、闇夜を飛ぶ九尾の姿には誰も気が付かない。やがて、神殿の中央にそびえる一際大きな建物が見えてきた。
神像を模した列柱に支えられたこの巨大な建物は、祝祭殿と呼ばれるオシリス神殿の主殿であるらしい。上から見ると正方形をしており、一層構造ではあるものの、普通の建物三層分くらいの高さがある。王城レベルの巨大建築だ。
「ホルエム、ネフェルはここにいるの?」
「あぁ、前に儀式で会った時はここにいたぞ」
「…ん?儀式?」
ひたと足を止め、フィルは首を巡らせてホルエムを見る。
「ネフェルの住んでる場所って行ったことないの?」
「住んでる場所?」
「あー、もぅ。そりゃ王族が来るような儀式なら、ここで盛大にやるでしょうけど、今は夜だよ!儀式の場所とは別に、生活するための場所があるはずじゃない!」
「お、おぅ…」
戸惑うホルエムに、ふとフィルも冷静になる。
これはわたしのミスだなぁ…フィルは内心舌打ちする。
普通、巫女が住む場所と言えば男子禁制だろう。いくらホルエムが王太子でネフェルと知り合いだと言っても、異性を巫女の住まいに入れてくれるはずがない。ホルエムに案内を頼んだこと自体、無理筋だったか…ホルエムを責めるのは酷な気がしてきた。
仕方がないので、祝祭殿の影に着地してホルエムを降ろし、フィルも人間の姿をとった。
「フィル、耳と尻尾が…」
「わたし、元々は人間なの。だからこれが本来の姿。ヒクソスでは神セトの眷族ってことになってるから、いつも耳と尻尾を出してるけどね」
驚くホルエムに、腰に手を当てたフィルはフフッと笑う。
「ネフェルを探しましょう。何となく力の流れみたいなものを感じるから、それを辿っていけば大丈夫でしょ。きっと」
すたすたと神殿の奥に向かって歩き出すフィルをホルエムは慌てて追いかけた。
祝祭殿から奥に向かう通路には、やや小ぶりな塔門が設けられていたが、警備兵の姿はなかった。
代わりに目に見えない壁のようなものが通路を塞いでいたが、フィルが触れると軽い抵抗とともに霧散した。
おそらくは魔術的な防壁なのだろう。ただ単純に侵入者を阻むだけのものらしく、破っても警備兵が集まってくるようなことはなかった。
「フィル、こっちでいいのか?」
「たぶんね」
祝祭殿から奥は、ホルエムも来たことがない。彼は物珍しそうに周りを見回しながらフィルの後をついてくる。これではどちらが案内しているのかわからない。
壁に掲げられたオイルランプでうっすらと照られされた石造りの廊下は、両側に巨大な石の柱が等間隔で並んでいる。さながら列柱廊下といったところだ。
やがて、頬に風を感じるようになり、廊下が終わった。壁もなくなり、上には空が見える。どうやら外に出たようだ。
神殿の最奥に広がっていたのは、小石を敷き詰めた200m四方はありそうな正方形の広場。
そこに王城や祝祭殿に匹敵する大きさの、白い四角錐が鎮座していた。
次回予定「オシリス神殿 2」
石を積み上げた四角錐と言えば…?