ハトラ 2
メリシャたちの正体を見抜いているハトラ…
「わたし達の正体、ファラオやケレス宰相も知っているの?」
「いいえ。わたくしはまだ誰にも言っていません。…というより、わたくしも広間での皆様の様子を見て初めて気づいたくらいですから…」
ハトラは軽く首を振る。
「それに、このことは誰にも言うつもりはありません。皆様はご自身のお力を隠しておきたいのでしょう?」
「どうしてそう思うのかな?」
メリシャの問いに、ハトラも問いで返した。
「メリシャ様、あの図面は、建築好きのファラオを喜ばせるためだけの贈り物ではありませんよね?ケレス宰相やアイヘブ将軍に、ヒクソスの後ろに別の強大な国がついたと思わせるため。違いますか?」
否定も肯定もせず、黙って聞いているメリシャにハトラは言葉を続けた。
「メリシャ王、フィル様、リネア様は明らかにヒクソスの民ではありません。それに、ヒクソスに攻め込んだ王国軍が、いとも簡単に敗走させられたことをはじめ、メネスとヒクソスのどちらにもない建築様式の図面、さらには重傷を負った近衛兵を癒やして見せた治癒の魔術。どれもこれまでのヒクソスからは考えられないことです。……とすれば、ヒクソスには密かにメネスの知らない異国が手を伸ばしており、メリシャ王はその国から送り込まれた。今回ホルエム様を無条件に返したのも、人質などとらなくてもメネスなど怖くないというアピール。…ケレス宰相あたりはそう考えるでしょう。そして、状況を見極めるため、しばらくの間はヒクソスに対して手出しを控えるはず」
そこまで言って、ハトラはじっとメリシャを見つめる。メリシャもじっと見つめ返す。
……数舜して、メリシャはプッと吹き出した。あははと声を上げて笑うメリシャに、シェシが目を丸くしている。
「…はぁ、くるしー、そこまで読まれてたら、何も誤魔化せないなぁ…」
お腹を押さえ、ひとしきり笑って顔を上げたメリシャは、一転して鋭い視線をハトラに向けた。
「……ねぇ、フィル」
「そうだね、メリシャ」
「…?!」
いつの間にか、フィルがハトラの背後に立っていた。いくらメリシャに気を取られていたとはいえ、全く気が付かなかった。これにはさすがのハトラも背筋に悪寒を覚える。
「ハトラ、あなたのこと、信じて良い?」
フィルが静かに言った。声だけならばむしろ優しげに聞こえる。しかしハトラは首筋に刃を突き付けられているように感じた。
「…フィル様…わたくしは…」
ゆっくりと振り返ってフィルを見上げる。フィルは、右の手のひらに青白い炎を浮かべていた。そしてハトラに、静かに、と囁く。
フィルは狐火を細く絞り込み、部屋の外に広がる中庭へと投げた。
美しく整えられた植込みの影で小さな呻き声が上がり、一本の火柱が立った。そしてすぐに燃え尽きる。
「庭に、間者が…」
「まぁね。権力者ならこれくらい普通にやるでしょ?」
フィルは特に気にした様子もなく、元通りメリシャの隣に腰を降ろす。かつては自分だってやっていたことだ。やられたところで腹は立たないが、ハトラとの話を報告されては困る。
「ハトラ、わたしはあなたのことを信じようと思う。ホルエムにも言ったけど、状況次第では力貸してあげる」
「ありがとうございます」
ハトラは内心安堵した。フィル達の正体、そして彼女たちが王国に仕掛けたハッタリ、推測ではあったが当たっていたようだ。それを口にしたら、最悪の場合、自分も消されるかもしれないと思っていた。
だが、それ以上に彼女たちの興味を惹く方法を思いつかなかった。彼女たちには、是が非でもホルエムの味方になってもらわねばならないのだから。
「わたくしがメリシャ王たちに近づいた理由は、お聞きにならないのですか?」
ハトラは不思議そうに言う。
「聞いてほしいの?」
フィルも同じ表情で首をかしげる。原因は自国の恥だ。改めて聞いて欲しいかと問われるとハトラも言い辛い。
「い、いえ…」
「ヒクソスの方も面倒見なきゃいけないから、しばらくはメネスのゴタゴタにまでは首を突っ込む暇がないのよ。そっちはそっちでうまくやって。王太子とファラオ側近の魔術師が組めば、宰相を抑えるくらいできるでしょう?」
「…だいたいは察していると…」
自嘲気味に笑うハトラに、フィルは肩をすくめた。
次回予定「ハトラ 3」
密かに手を結んだメリシャたちとハトラ。王国との融和の布石になるか…。