謁見 1
メリシャは、メネス王ウナスと対面する。
王城は巨大な列柱が立ち並ぶ壮麗な造りだった。大きさ自体もヒクソス王城の数倍以上ありそうだ。
城壁は淡い赤色の石材が多く使用されていたが、内部の建物には白い石材が多く使われていた。
壁や列柱は精緻な壁画やレリーフで飾られ、床に敷き詰められた石のタイルには爪の先ほどの隙間もなく、まるで一枚の板のように滑らかに磨き上げられている。
メネス王国に反感を持つセベクとセケムも、さすがにこの光景には度肝を抜かれていた。
国力の差と言ってしまえばそれまでだが、やはり建築技術や文化的な面も含めメネス王国はヒクソスよりも数段上だと認めざるを得ない。
船着き場がある王城の前庭から奥へと進むと、正面に3層構造の建物がそびえていた。
各層には列柱で支えられた回廊がめぐらされ、緩やかな階段が前庭から2層目に向けて伸びている。
玉座が置かれた広間は、その階段の先、広い廊下を進んだ奥にあった。
広間の中は部屋を構成する白い石材と、巧みに外光を取り入れる窓の配置のおかげで意外なほど明るい。
入口から王の座す玉座の前まで厚い朱色の敷物が敷かれ、王国の要人らしい数人の男たちが左側に並んでいる。そして、広間の入口と数段高い玉座の足下両側に、近衛兵と思われるきらびやかな装備の兵士が立っていた。
一行が広間に入った時、玉座はまだ空っぽだった。
案内を終えたアイヘブも左側の要人の列に加わり、ホルエムとメリシャたちは玉座の正面の敷物の上に立つ。
しばらくすると、広間の左奥に垂らされていた薄いカーテンがサッと開き、入ってきた壮年の男性が玉座に腰を下ろした。彼がメネス王国のファラオ、ウナスであった。
ウナスが姿を現した途端、ホルエムと左側の要人たちが跪いて頭を低くする。
フィルたちもそれに倣うが、メリシャだけは立ったままだ。シェシが気付いてフィルに視線を送るが、フィルもリネアも素知らぬ顔で何も言わない。
ウナスに付き添って入ってきた老人が、ファラオを前にしても跪かないメリシャの姿に目を剥く。だが、ウナス自身はやや怪訝な表情を浮かべただけであった。
「初めてお目に掛かります。ボクは、新たにヒクソスの王となったメリシャ。隣国であるメネス王国のファラオに即位の挨拶に参りました」
「余がウナスである。メリシャ王、良く参られた」
立ったまま軽く一礼して言うメリシャに、ウナスは短く応ずる。
「メリシャ殿、と申されましたか。我が名はケレス、メネス王国で宰相に任じられている者です。…ファラオの御前である。まずは控えられよ」
王の隣に立つ老人が苦い口調で言った。だが、それに対してメリシャは軽く首をかしげる。
「これは異な事を…ボクは王国の家臣ではない。宰相殿こそ、陪臣の身でありながら隣国の王に対して控えよとは、少しばかり無礼ではないのかな?」
「…なっ!」
メネス王国に対して対等の立場だと言い放つメリシャにケレスは絶句し、広間の雰囲気が騒然となる。だがメリシャは平然と言葉を続けた。
「ウナス様、これまでのことはどうあれ、今後ヒクソスはメネス王国に対して、対等の隣国として接します。もちろん王国との関係を絶とうというつもりはありません。今後とも良き隣人として、お付き合いしたく思います」
「…う、うむ…」
思いがけない発言に、ウナスは困惑した表情で隣のケレスを見やる。
「メリシャ殿、言葉を慎まれた方がよろしい。ヒクソスはメネス王国の庇護の下にある。その立場を忘れてもらっては困る」
「宰相殿は、ボクの言葉が聞こえなかったのかな?これまではどうあれ、今後は対等に接すると言ったんだよ。ヒクソスのことはヒクソス王であるボクが決める。ボクはそれを通告するために来たんだ。王国の許しを得に来たわけじゃない。」
表情一つ変えず、メリシャはケレスに言い放つ。
「近衛兵!これは王国に対する謀反だ!」
ケレスが叫ぶと、前に控えていた近衛兵が素早く腰の剣を抜いてメリシャに斬りかかった。
やや後ろで跪いていた護衛役のセベクとセケムは、あまりにも咄嗟のことで動けない。
ただ、シャレク王もこうして殺られたのか、と察した。
次回予定「謁見 2」
メリシャに斬りかかる近衛兵。メリシャの身は…