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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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闘技大会の前日譚

 テミスが総督府で働くようになって一月ほどたった。

 テミスは総督府には住まいを移さず、魔族街にあるアマトの館から通っている。テミスが決して総督の人質ではないということを周囲に示すため、そして、魔族街の情報が入りやすいからだった。

 彼女が情報集めに使っているのは、ハルピュイアやラミア族の者たち。さすがにあまり大っぴらに総督府に出入りさせるわけにもいかず、館を拠点にした方が都合が良い。


 そのテミスのもとに、少し気になる情報がもたらされたのは、総督府に出仕するための身支度を整えている時であった。

「…ケンタウロスが?」

「はい、最近、少数ですがケンタウロス族の者が下町に住み着いています。今のところ、特に何かする様子はありませんが、狼どもとは接触しているようです」

「わかりました。引き続き、見張っておいてください」

「はい、テミス様」


 ケンタウロス族は、魔王国側で直接サエイレム属州と隣接する地域を勢力圏としている。先の戦争では、騎兵中心の第二軍団と熾烈な戦闘を繰り広げた勇猛な一族だ。また、高潔な種族でもあり、サエイレム侵攻にあたっても略奪などの行為には決して加わらなかった。

 もっとも、人間に対して良い感情を抱いていないのは他の魔族と同じで、戦争が終了した後は、帝国との関わりを避けるように全く姿を現さなくなっていた。

 テミスは、総督府に向かう道すがら考える。偶然、はぐれ者たちが流れてきて住み着いたか、それとも何か理由があるのか。


「よう、テミスのお嬢、久しぶりだな」

 南北の大通りに出たところで、テミスは声をかけられた。

「あら、ウェルス、見回りですか?」

 声をかけてきたのは、狼人族の長の息子ウェルス。前領主時代に魔族街をラミアとともに治めていた種族だ。一応は衛兵、実態は街の顔役のような立場で睨みを利かせていた。褒められぬ行動も無いとは言えなかったが、治安維持に一役買っていたのは間違いない。

「あぁ。最近は港の方で割のいい働き口が見つかったもんで、ウチの連中もそっちに稼ぎに行く奴が多い。おかげで、俺自ら見回りよ」

「魔族の働き口が増えるのは良いことではないですか」

 玉藻が提唱したサエイレム港の整備は、すでに動き出している。これまでの荷役労働者は各商会が独自に雇用していたが、それを一本化して新しく設立した港湾組合の雇用とし、併せて魔族の労働者の受け入れを開始していた。荷役が少ないうちは、港湾拡張の工事現場でも働いてもらっている。

「そりゃそうなんだが…で、どうなんだ新しい総督ってのは?」

 なるほど、わざわざ声をかけてきたのは、フィル様のことを知りたいのか…テミスは素知らぬ顔で軽く首をかしげる。

「どう、とは?」

「とぼけるなよ。お嬢が総督府でけっこうな役職に迎えられたって話はもう知れ渡ってる。総督とも会ったことあるんだろう?」

「確かに毎日お会いしていますが…そうですね、フィル様は、何と言ったらいいか…よくわからない方です」

「なんだそりゃ」

 会ったことのない者にフィルを説明するのは難しい。それはテミスの偽らざる本音なのだが、ウェルスは、ボリボリと頭をかいて胡散臭そうな表情を浮かべる。

「魔族をいきなり奴隷扱いしないところは、帝国のクソどもの中では割とまともなんだろう。だが、本人はまだ成人前の娘で、城門を一撃で破壊するような不思議な力を持ってる、なんて噂が信じられるか」

「それは、本当ですよ」

「なっ…」

 当たり前のように言ったテミスに、ウェルスは絶句する。

「そんなに興味があるなら、ウェルスも闘技大会に出てみればどうですか?優勝すれば、総督が直々に望みを聞いてくれるそうですよ」

 新総督の就任を記念した闘技大会の布告は、すでにグラムの手によって市街全域に広められている。文字が読めない者たちのために、人間の間には商業組合に属する商店主たちが、魔族の間にはテミスの配下が、それぞれ口コミで広めていた。

「そうだな。…それもチャンスかもしれないな」

 ふと真面目な表情でウェルスはつぶやいた。

「ウチの連中から、腕っぷしの良い者を何人か出してみるか。もちろん、俺も出るが」

「そうですか。出場する者が決まったら名前を私の館の者に伝えてください。こちらで手続きしておきましょう。…それでは」

 立ち去ろうとするテミスを、ウェルスが呼び止める。

「なぁ、お嬢はこの街が帝国領になって良かったと思うか?」

「そうですね。帝国領になったことより、フィル様がこの街の総督であることは良かったと思いますよ」

 顔だけ振り返ってテミスは答えた。それを聞いたウェルスは、戸惑ったような表情を浮かべていた。


「ケンタウロス族ね…魔王国に住む種族がこちらに来るのはよくあることなの?」

 テミスは、執務室に集まったフィルと重臣たちに今朝の情報を伝えていた。

「はい、魔王国に住む種族の中でも、何かの事情で種族の中にいられなくなった者や、流れ者がやってきたことはあります」

 テミスは、顎に手を当てて少し考える。

「しかし、今回は少し違和感を感じます。サエイレムは帝国領になりました。人間の国になったサエイレムで魔族がどんな扱いを受けるか、普通は警戒すると思うのです」

「とすると、何か意図があっての潜入と思った方がいいな」

「そうだな。少なくともただの流れ者じゃないだろう。魔王国からの主な街道には、我々第一軍団が関所を置いている。当然、ケンタウロス族をそのまま通すことはない。それなのに街の中にいるということは、どこか見つかりにくい間道を通ってきたということだ。街へ入るのにも、誰か手引きした者がいるのだろう」

 エリンの意見にバルケスも賛同する。

「残念ながら、今のところ相手の意図を推測できるだけの情報はありません。引き続き、配下に見張らせていますので、何かあればすぐに報告いたします」

「そうね。テミスに任せます。しばらく様子を見ることにしましょう」

 フィルの決定に一同が頷き、そして、議題は次へと移った。発言したのはグラムである。


「衛兵隊からの報告です。昨日、帝国側から街に入った隊商の一団がいるのですが、商業組合に確認したところ、未だ商業組合に接触していません」

「外の商人が街で商売するには、現地の商業組合に届け出て許可を得る必要があるはず。帝国共通のルールじゃなかったかしら?」

 フィルの指摘にグラムは頷く。

「はい、その通りです。となると、その者たちは商売が目的ではない、或いはそもそも商人ではなかった、ということも考えられますが、その隊商は、帝国本国の商業組合が発行した通行証を持っていたらしいのです。衛兵隊の確認では本物に間違いないということで通したようなのですが」

 グラムは手元の報告書に視線を落とす。

「馬車5台に総勢25人、かなりの規模です。馬車の荷は穀物の袋と家畜の餌用の麦わらと報告されています」

「そいつらが街に入ってからの足取りはわかっているのですか?」

 厳しい表情になってエリンが尋ねる。しかし、グラムは首を横に振った。

「まだ判明していない。それなりの規模の集団だ、それが見つからないということは、意図的な潜伏とみていいだろう」

「…そうなると、その荷馬車の積み荷も申告通りのものじゃなさそうね」

 フィルは、頭の後ろに手を組んで椅子の背もたれに身体を預ける。


「商業組合と衛兵隊には、情報を集めるように指示を出していますが、隊商の姿自体が変装だったとすると、早々に探し出すのは難しいかもしれません」

 グラムは淡々とした口調で言うが、その表情は険しい。本物の通行証と確認して通した衛兵を責めることはできないものの、それでも不審な一団を街に入れてしまったのは由々しきことである。

「わざわざこの街に潜入したということは、何か行動を起こすはず。エリン、悪いけど第二軍団からも兵を出して、街の巡回に当たらせてくれる?」

「承知しました。直ちに」

 

 さて、とフィルは全員を見回す。

「続いて、闘技大会の件だけど、参加者は集まりはどう?」

「はい、参加者は順調に集まりつつあります。まずは予選でふるいにかけて、上位8名まで絞ったところで総督臨席での本戦を行いたいと思います」

 グラムが説明する。開催は2週間後、現在の出場申請はすでに100人近くになっている。

「魔族からの出場はどう?」

「はい、むしろ魔族側からの出場の方が多いです」

「フィル様、私も出ます。例の武器も出来上がりましたから、稽古、よろしくお願いします!」

 手を挙げてエリンが言う。

「うん、なるべく時間をとるね…」

 言いかけてフィルは、ポンと手を打つ。

「そうだ、せっかく稽古するんだから、わたしも出よう」

『は?』

 幾つか重なった疑問符の中で、フィルは一人、腕組みしてうんうんと頷いている。

「優勝者に喧嘩売るより、ちゃんと下から勝ち上がった方が、強さのアピールができると思うんだよね。もちろん最初は一般兵あたりに変装して、優勝したら正体を明かすってことで」

「それはそうかもしれませんが、フィル様は主催者です。本戦では貴賓席にいて頂かないと困ります」

 呆れた表情でグラムが首を横に振る。

「そっちも変装した代理を立てればいいんじゃないかな?…ここに、わたしと背格好がよく似た影武者がいることだし」

 フィルは、にやっと笑って振り返る。

「え、えっ?!私ですかっ?!」

「うん、この前もちゃんと代理してくれたじゃない。わたしの衣装を着て貴賓席に座っててくれればいいから」

「そ、そんなの無理ですよぅ、フィル様ぁ~!」

 突然話を振られたリネアが、涙目になって叫んだ。


「ラロス。ケンタウロス族は本気なのか?」

「本気、とは?」

「エルフォリアの軍隊相手に、一戦やるつもりなのかってことだ」

 魔族街の下町、狼人族がねぐらにしている家のひとつ、ウェルスは5人のケンタウロスと向かい合っていた。

「戦争などするつもりはない。勝ったところで、我々にはさしたる得はないからな」

 ラロスと呼ばれたケンタウロスの若者が答える。鍛えられた精悍な体つきに、ぴったりとした革鎧を身に着けている。彼がここにいるケンタウロスたちのリーダーだった。

「なら、どうしてサエイレムを探っている。どうして、俺たちに話を持ち掛けた?」

 そのすました態度に、ウェルスは少し苛立ちを覚える。ケンタウロス族がウェルスたち狼人族に連絡をとってきたのは、新総督がやってきた直後だった。

 最初は、単純にサエイレムの様子を尋ねるだけだったが、何度か街の様子を連絡した後、1週間ほど前、わざわざ獣道のような間道を使って、ラロスたちがやってきた。

 てっきり、魔王国が先の戦争で帝国に取られたサエイレムを取り返すつもりなのかと思ったのだが。

「サエイレムの新総督が何を考えているのか、真意を知りたい」

「真意、だと?」

「あぁ、ラミア族を高位の官職に就け、着々と港の拡張を行っている。しかもその工事や港湾の労働者として多くの魔族を使っている。奴隷扱いなのかと思いきや、人間と同様の賃金が支払われているというではないか」

「そうだな。ウチの連中も働いていて、ちゃんと約束通りの給料が出たと喜んでいた」

 ウェルスもたまにこっそり働いて、小遣い稼ぎをしているのだが、それは内緒だ。

「総督は何のためにそんなことをしているのだ?…程度の差こそあれ、魔王国に攻め込んだ帝国軍の連中は、魔族を『人』とは認めなかったのだぞ」

 ラロスは、悔しそうに拳を握る。プライドの高いケンタウロス族にとっては、戦争の勝敗よりも、その戦いの中で帝国軍が一族の尊厳を尊重しなかったことが何より悔しい。


「そうだな。そういう連中は多かったが、少なくともここにいたエルフォリアの将軍さんは、魔族を虐げるようなことはしなかった。戦争中のことだ、さすがに手厚く何かしてくれたわけじゃないが…今の総督は、その娘だって話だぜ?」

「エルフォリア将軍は帝国軍の中で、ほぼ唯一、我々も認める将だった。だからこそ、その娘がどんな人物なのか、何を考えているのか確かめたい。かの将軍の娘だからこそ、国境を挟んで接する我らを警戒し、備えを進めているとも考えられる。状況によっては再侵攻も有り得ない話ではない。港の拡張は帝国本国からの補給を万全にするための備え、街の魔族に対して手厚い扱いをしているのも、戦争中に背後の心配をしなくて済むように手懐けている、ということかもしれないだろう?」

 ウェルスは、ふんと鼻を鳴らす。正直、ラロスたちが何をあれこれと考えているのか興味はない。

 しかし、総督がどんな人物なのか知りたいのはウェルスも同じだ。総督に対する街の噂は突拍子もないものばかりで、本当なのか嘘なのかもわからない。

 今朝、テミスにも聞いてみたのだが『何と言ったらいいか、よくわからない方です』などと煙に巻かれてしまった。


「とにかく、これからどうするつもりなんだ。あんたたちが見たがっていた街の様子は、もう十分見ただろう」

「街の噂に聞いたのだが、近く、闘技大会が開かれるそうだな」

「あぁ、確か2週間後だ。俺も出るぜ。優勝者には総督が直接望みを聞いてくれるって話だ」

「我らもそれに参加しようと思う。取り計らってくれないか…そうだな、参加するのは我と妹のロノメの二人で良い」

 ラロスの後ろに控える年若い女性のケンタウロスが黙って頷く。

「そりゃいいが、あんたらの素性はどうするんだ?」

「流れ者の魔族がこの街に来ることはこれまでもあったのだろう?それでいいではないか」

 ウェルスは、小さく舌打ちし、仕方なさそうに頷いた。

次回予定「闘技大会予選」

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