初戦 2
王国軍の襲撃を受けた国境の町ラニルに駆け付けたフィルたちだったが…
空から見たラニルは、村と言ってもいい程度の小さな町だった。
丸い広場を中心に、数十の小さな家が並ぶ。しかし、町に動く者の姿はない。
町はずれに着地したフィルは、メリシャとシェシを降ろし、狐人の姿に戻った。リネアも降下しながら狐人に戻り、隣に降り立つ。
「…遅かった…」
フィルが悔しげにつぶやく。視界に入る家々は黒く焼け焦げ、炎こそおさまっているが燻った薄い煙を上げていた。
「生きている人を探すよ!もしかしたら、まだ王国軍がいるかもしれないから、気をつけて。シェシはわたしたちの側を離れちゃだめだよ」
フィルの言葉に全員が頷く。フィルたちは周りの気配を警戒しながら町の中へと歩を進めた。
時折、燃え尽きた家の屋根や柱が崩れる音がする。しかし、町の中には、人の声も、動く音もしなかった。
「フィル!」
メリシャが駆け出した先には、半ば崩れた家の壁にすがるように、ぐったりと足を投げ出した幼い子供の姿。しかし、抱き上げたその身体は、重く、固く、すでに冷たかった。
子供の様子を見たフィルは、手遅れだと気付いて俯く。失われてしまった命を取り戻すことは、九尾の力をもってしても無理だ。
「メリシャ…この子は助けられない…ごめん…」
メリシャは無言のまま、遺体をそっと地面に横たえる。そして、生きている者がいないか、町の中を走り回った。シェシも声を張り上げて生きている者を呼んだ。だが、それに応える者はいなかった。
町を襲った王国の兵がいない。一体、どこへ行った…町の真ん中で足を止め、フィルは考える。
アヴァリスからここまでの間に王国軍がいれば、空から気が付くはずだ。だとしたら、ラニルを襲った後、一旦後方に下がった…?
「待ち伏せ、でしょうか?」
フィルの考えを悟ったのか、リネアが小声で言った。
フィルは空から見た周辺の地形を思い出す。ラニルからアヴァリスの間は、大河イテルに沿って樹林が広がっている。だが、メネス王国との国境に近いラニルから南は、やや気候が乾燥していることもあって樹林が途切れ、国境付近は疎らに草が生えた見通しの良い平原になっている。
なるほど、そういうことか…敏捷で個人戦に強いヒクソスは、見通しの悪い樹林の中で相手をするには厄介だ。メネス王国が得意とする集団戦の利点を活かすには、見通しの良い広い戦場でなくてはならない。
王国軍は見せしめにラニルを襲い、ヒクソスの出方を見ようとしている。大人しく恭順するなら良し。もし反抗してくるなら平原に誘い出して叩く。それが王国軍の意図だとフィルは考えた。
だとしたら、それはフィルにとって好都合だ。平原に密集して布陣する軍勢なら、狐火で焼き払うのも容易い。
「メリシャ、わたしはこれから…」
「ボクも行く!」
「シェシも行きます!」
言いかけたフィルの声を遮り、メリシャとシェシが強い口調で言った。真っ直ぐに見つめる二人の視線に、思わずフィルは気圧される。
「…だけど…」
フィルは口ごもる。これからやろうとしていることは、できれば見て欲しくない。フィルは説得の言葉を探すが、妙案は浮かばず、仕方なく正直に言った。
「わたしがこれからやるのは、ひどい戦い…いや、虐殺だよ?」
「わかってる。それでもヒクソスの王様になるなら、ボクはちゃんとそれを見なきゃいけないと思うんだ。サエイレムの時から、フィルはそういうのをボクに見せないようにしてたよね?」
「それは…」
フィルは口ごもる。メリシャの言うとおりだった。
国を建て、治めるということはきれい事だけでは済まされない。フィル自身、軍を率いて戦ったことは幾度もあるし、パエラやシャウラに政敵の排除を頼んだことだってある。
建国を成し遂げた者の手は、必ずと言っていいほど血に塗れている。王として国を背負う者もまた、それから目を背けてはならない。だが、やっぱり血で汚れた自分の姿は、愛娘には見せたくなかった。
…それをメリシャに指摘される時が来るなんて…。
助けを求めるようにリネアを見たフィルだったが、リネアも、仕方ありません、というように軽く首を振る。フィルもそれで観念した。
「…わかった。ふたりともついて来なさい。…だけど、辛かったら目を閉じてもいいからね」
「うん」
「わかりました」
メリシャとシェシは、真剣な表情で頷いた。
次回予定「初戦 3」
フィルは、ラニルを襲撃した王国兵たちを追い、そして…。