メリシャの考え 2
突然のメリシャへの襲撃、それを防いだのは…
「これは、どういうことでしょうか?」
落ち着いた声がした。声の主はリネアである。
彼女はメリシャの前に立ち、頭上に掲げた細い腕で振り下ろされた剣を受止めている。その腕は赤褐色の鱗で覆われていた。
「メリシャを傷つけることは許しません!離れなさい!」
リネアがぐいっと腕を振るうと、リネアより体格の大きな戦士たちが弾き飛ばされるように宙を飛び、床に転がった。
「メリシャ、大丈夫ですか?」
「うん、平気。ありがとう」
メリシャが笑うと、リネアはホッとした表情を浮べてメリシャの傍らに戻った。
「素手で、剣を…」
「リネアを怒らせたら、この街など一夜で消し炭になるわよ。気をつけなさい」
ウゼルのつぶやきに、妲己はに笑いながら言った。
リネアは巨竜ティフォンの力を持っている。ヴィスヴェアス山すら崩壊させたその力は、その気になれば街ひとつ焼き払うことくらい造作もない。
「その愚か者どもを捕らえよ!」
シェプトが叫び、我に返った他の戦士たちが、床に転がった襲撃者を慌てて取り押さえた。
「リネア、さすがね」
「妲己様も、お見事でした」
「ま、軽いものよ…じゃ、あとはフィルに任せるわ」
すぅっと瞳の色が紅色に変わる。戻った途端、フィルは、そっとリネアに顔を寄せた。
「リネア…怪我してないよね?」
「はい。もちろんです」
リネアは、少し袖を上げてきれいな腕をフィルに見せる。
「あんな剣でリネアを傷つけることなんてできないって、わかってはいるんだけど……」
安堵したようにフィルは微笑む。
「……もしリネアやメリシャにかすり傷一つでも付いてたら、わたしがヒクソスを滅ぼすところだったわ」
わざと周囲に聞こえるように、少し低い声でフィルは言った。
シェプトとウゼルが並んでメリシャの前に跪いた。
「シェプト、ウゼル、決闘はフィルの勝ちのはず。それなのにボクに刃を向けるとはどういうこと?決闘で事を決めるのは、ヒクソスにとって神聖なものではなかったのかな?」
メリシャの問いに、シェプトが苦い口調で答えた
「血気にはやった者たちが勝手なことを致しました。どうかご容赦下さい。お言葉の通り、決闘はヒクソスにとって神聖なもの。決闘により決まったメリシャ様の王位に、我ら一同異存ございません」
「襲い掛かったのは、一部の者たちの勝手な振舞いだと?」
「左様にございます」
さてどうするか、メリシャは考える。
許してしまうのが一番円満な解決方法だろう。寛大な態度で許せば部族長たちへの貸しにもなる。
だが、今後は部族長たちを服従させ、王の権威を高めなくてはならない。厳しく処断し、反逆には厳しい対応をとるという見せしめにするのも一つの方法だ。
「メリシャ…ここは任せてもらえませんか?玉藻様に考えがあるようです」
リネアがすっと前に出た。
「いいよ、任せる」
メリシャが頷くのを見て、リネアはシェプトとウゼルの前に立った。
「シェプト殿、ヒクソスでは王に対する反逆は、どのように裁くのですか?」
「…はっ…」
リネアの問いに、シェプトは一瞬躊躇したが神妙に答えた。
「正当に戦いを挑んでのことでなければ、理由に如何に関わらず、死罪です」
「メリシャはヒクソスの王となるのだから、罪人の処罰もヒクソスの流儀に従うのが妥当でしょう」
あくまで冷静に、リネアはシェプトに言う。
「ヒクソスとしてメリシャへの叛意はないと仰いましたね。ならば罪に問うのはメリシャに刃を向けた二人のみ。彼らを王に反逆した罪人として死罪に処したいと思いますが、よろしいですか?」
「お待ちください!」
声を上げたのはウゼルだった。
「この処罰、儂に任せて頂けぬでしょうか。メリシャ様を討とうとしたのは、我が部族の者たち。部族の長としてお願いいたします」
リネアは、じっとウゼルを見つめ、小さく息をついた。
(玉藻様、死刑は許してあげられませんか?)
リネアがシェプトに言った台詞は、全て玉藻を代弁したものだ。
ただ…リネアとしては、このまま二人を処刑してしまうことには躊躇いがあった。
次回予定「メリシャの考え 3」
襲撃犯の処罰と王としてのメリシャの考えは…