序章-ふたたび始まるまつりごと 3
シェシたちが神セトを召喚しようとした理由とは…
フィル、リネア、メリシャは人外の存在だ。
フィルは、かつて人間であった。
人間同士の争いで襲撃を受け、瀕死になったところを大妖狐九尾に食われ、その意識となって力を受け継いだ。
そして、人間と、人間が魔族と呼ぶ種族たちが、共に暮らせる場所を造り上げるため奔走した。
信頼できる家臣や仲間たちと共に、民を守り、豊かにし、自らが治めるサエイレムを発展させた。
そして遂にフィルの理想は、サエイレム王国という形で結実し、彼女が初代女王となった。
それは傾国と呼ばれた九尾による建国の奇跡。
彼女が興した王国は繁栄し、平和で豊かな時代をもたらした。
リネアは、かつて魔族と呼ばれた種族のひとつ、狐人族であった。
人間と魔族との戦争に巻き込まれて両親を失い、独りぼっちで森に暮らしていたところをフィルに出会い、それからずっとフィルとともに生きてきた。
自分に手を差し伸べてくれたフィルの側にいたい、その気持ちは誰よりも強く、自らの理想のために奔走するフィルの隣に立って、彼女を支え続けた。
そして、とある事件の折、神々の長すら倒したという巨竜ティフォンに自らその身を差し出し、フィルと同じように巨竜の力を受け継いだ。それは決して強大な力を欲したのではない。人間や狐人の寿命では及びもつかない永劫の時を生きるフィルと、ずっと共に在るために。
後に、フィルの伴侶となった彼女は女王妃と呼ばれ、女王と共に国民から慕われる存在となった。
メリシャは、百の目で未来を見通す能力を持ち、かつて神の一座を占めたというアルゴス族である。
長い年月のうちにその能力を失った一族の中で、メリシャは先祖の能力を持って生まれた。だが、その能力故に争いに巻き込まれ、まだ幼い身で母に連れられ祖国から逃げることになった。
そして、逃避の旅の途中で母を失い、独りぼっちになったメリシャは、フィルとリネアに出合い、ふたりの娘として育てられた。
やがて成長したメリシャはフィルの後を継いで王国の二代女王となり、国を更なる発展に導いた。
それから数百年、サエイレム王国の繁栄とその終焉を見届けた彼女たちは、世界を渡る旅に出た。傾国と呼ばれた狐が、再び国を興す地を探して。
フィルたちはこの世界の神ではないが、どうやらシェシを生贄にした召喚儀式によって、呼ばれてしまったらしい。
シェシたちが信仰する神セトはジャッカルの頭を持つとされる。ジャッカルと似た獣の耳をもつ狐人姿のフィルとリネアは、神セトに近しい存在だと思われてしまったようだ。
「お怒りを鎮めてくださり、ありがとうございます」
一人の男性が、祭壇に上がり、フィルたちの前に跪いた。他の者たちより少し立派な衣装を着ている。おそらく高位の身分なのだろう。だが、気になったのはその頭の上の猫のような耳、そして衣装の裾から覗くしなやかな細長い尻尾。見れば、シェシも、そして周りで平伏する他の神官や民たちも、同じように猫の特徴を持っている。
フィルたちがかつて暮らしたサエイレムにおいて、魔族と呼ばれた種族の中には、狐人や狼人のように獣の特徴を宿した種族がいた。目の前の彼らも、そうした種族なのだろうか。
「あなたたちは、魔族なの?」
フィルの問いに、男性は顔を伏せたまま答えた。
「いえ、魔族という種族は聞き覚えがございません。我らはヒクソス。それが我が種族の名であり、我が国の名でもあります」
ヒクソス…聞いたことがない。だが、サエイレムとは違う世界なのだから、知らないのも当然かとフィルは納得する。
「わかった。…あなたの名は?」
「はっ!私はサリティス。ヒクソスの神官長を務めております」
「サリティス、顔を上げなさい。まずは、わたし達をここに呼んだ理由を聞かせてもらえる?」
フィルの言葉に、さっと顔を上げたサリティスは、まっすぐにフィルを見上げて言った。
「御身は神セトに所縁の方々とお見受けいたします。ぜひとも我らの上に王として君臨し、お導きください。我らヒクソスの民は、メネス王国の搾取により疲弊し、もはや滅びを待つのみ。どうかそのお力を以て、我らをお救い下さい」
「わたしたちにヒクソスの王になってほしい、そういうこと?」
「御意にございます」
自分たちはセトという神とは関係ないし、事情もよくわからないが…フィルはふと口元を緩めた。
「ねぇ、メリシャ、ここで王様やってみない?」
「フィル…なに言いだすの?!」
「だって、今度はメリシャを王様にして国を建ててみようって、相談したじゃない。相手の方から王になってほしいって言うなら、願ったり叶ったりじゃない。ね?」
言ってる事の重大さとは裏腹に、ちょっとお使いでも頼むような軽い口調でフィルは言う。
「どうやら彼らは虐げられているようですから、手助けしても良いと思います。メリシャ、やってみてはどうですか?」
フィルとリネアに言われたのでは、メリシャに拒否権はない。
「わかった…ボクが王様になるよ。でも、フィルとリネアも一緒に手伝ってくれるよね?」
仕方なさそうな表情でメリシャは頷く。
「もちろん。任せておきなさい」
「はい。心配はいりませんよ」
ふふんと胸を張るフィルと、優しく微笑むリネア。いつものふたりの様子に、メリシャも自然と笑顔を浮かべた。
次回予定「ヒクソス 1」
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