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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 終章-そして、再び。
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そして、まつりごと再び

2021年2月28日に連載を開始してからちょうど1年…

「傾国狐のまつりごと」第一部サエイレム編、今回で完結です。

 後の世に伝わる歴史を少し語っておこう。


 帝国と魔王国の戦争が終わっておよそ1年後、サエイレム総督フィル・ユリス・エルフォリアは、隣領ベナトリアが仕掛けた侵攻を逆手に取り、ベナトリア、リンドニアまで領有する帝国最大の総督となった。


 ほどなくして、サエイレム属州は、時の帝国皇帝ユーリアス・アエリウス・アルスティウスの同意のもとに独立自治を認められ、フィルを君主とするサエイレム専制公領となる。


 サエイレムと協定を結んでいたケンタウロス族、アラクネ族はこれを機会に、互いの交流と交易の拡大を推進。後にアルゴス王国も協定に参加し、サエイレムと3つの種族は緩やかに繋がりを強めていく。

 

 その間、帝国は皇帝ユーリアスの時代から3代に渡って有能な皇帝に恵まれる。

 後に『賢帝の時代』と呼ばれるこの時期、大きな経済力・軍事力を握っていたサエイレム専制公フィルが、一貫して歴代の皇帝を支持したことにより政治基盤は安定し、帝国は平和と繁栄に満ちた黄金期を迎えることとなった。


 だが、その後、帝国本国に次第に衰退の兆しが見えるようになると、本国の貴族たちはサエイレムの豊かさを妬むようになり、歴代の皇帝に遠慮なく意見するフィルのことも煙たがられ始めた。


 そして帝国とサエイレムの関係は次第に悪化。ついにサエイレムは帝国から離反し、サエイレム王国として完全に独立。フィルが初代女王に即位した。

 この時、サエイレムと関係が深かったケンタウロス族、アラクネ族、アルゴスも王国に加わり、ここにフィルが目指した人間と魔族が共に暮らせる場所が、ひとつの国家として成立したのである。


 サエイレム王国の建国から約10年後、政情の安定を見届け、フィルはメリシャに王位を譲った。

 サエイレム総督、専制公の時代を含めて百年に達する在位であった。だが、その姿は変わらず、10代半ばの若々しい姿であり続けたという。


 王国の繁栄を築いた偉大なる初代女王の退場を人々は惜しみ、不安がる者もいたが、メリシャ女王はフィルの治世を見事に引き継ぎ、その後も王国は繁栄を続けることになる。


 そして、退位からしばらくの後、フィルとリネアはサエイレムから姿を消した。

 亡くなったという記録はないが、これ以後、ふたりの名が王国の歴史に登場することはなかった。


 一説には、時折ふらりとサエイレムに現れては、街の様子を眺め、食事を楽しみ、そしてメリシャ女王の相談に乗ったりしていたと言うが、その真偽は不明である。しかし、初代女王と女王妃によく似たふたりの少女を街で見かけたという話は、後々に至るまでサエイレムの市民たちの間で広く語られ続けていたという。


 それから50年後、サエイレムが離反した後も衰退の道を辿っていた帝国は、遂に幾つかに分裂し、滅亡した。


 だが、サエイレム王国は帝国滅亡の後も繁栄を続ける。

 決して他国を侵略することなく、そして他国からの侵略には断固として対応した。その安定した治世の下で交易活動は活発になり、この時期がサエイレム王国の全盛期であったとも伝えられる。


 その後、メリシャ女王はフィルに倣い、在位が百年に達したのを機会に退位を宣言した。

 長命種であるアルゴス族としてはまだ若いメリシャだったが、慰留する家臣たちに対し、人間も共に生きる国で、一人の女王があまりにも長く君臨し続けるのは良いことではないと諭したと言われている。


 女王位を継いだのは、メリシャが養女に迎えていた人間の娘だった。3代目の女王の名はエリン。初代女王フィルに仕えたエリン・メリディアスの名を継いだ子孫であった。

 そして、退位からしばらく後、メリシャもまたサエイレムから姿を消した。

 大好きなフィルとリネアのところに帰っていったのだとも伝えられるが、その後の消息についての記録はない。


 それから約300年、サエイレム王国は繁栄し平和を保ち続けた。

 だが、王国の斜陽は『神』によってもたらされる。


 人間を中心に、ある唯一神を崇める宗教が広がった。

 その宗教は人々に博愛の精神を説いたが、その反面、自らが崇める唯一神以外を決して認めない不寛容さを持ち、その宗教を信仰しない者や他の神々を信仰する者との間に、深刻な対立をもたらした。


 そして神を巡る対立の末に、遂に国は分裂、サエイレム王国は消滅した。

 せめてもの救いは、その最期が、内戦や反乱によって市民たちが血を流す結末ではなかったことだ。王国の歴史を良く知るアルゴス族が調停役となって領地の分割が行われ、平和裏に幾つかの小国家や都市国家が成立した。


 王国の中心であった王都サエイレムは、元の都市国家に戻り、滅ぶことなくこの地に在り続けた。

 それまでと同様、交易の要衝として。

 ……そして、人間と魔族が共に暮らす都市として。


 サエイレムから少し離れた丘の上、そこからはサエイレムの全体が良く見えた。

 大河ホルムスに面した港、そして街を守る城壁と市街。後の拡張で城壁の外にまで市街が広がっているが、城壁に囲まれた旧市街には、闘技場に運河、そしてかつての総督府、懐かしい場所が見て取れた。


 丘の上からサエイレムを眺めているのは、ふたりの少女とひとりの女性。

 ふたりの少女は、10代半ばに見える狐の耳と尻尾を持つ狐人、そしてもうひとりは20歳前後の人間のような見た目の女性だった。

 …もちろん、フィル、リネア、そしてメリシャである。


 フィルは、豊かな金色の尻尾を揺らしながら、しみじみと言う。

「結局は…全部、元に戻っちゃったんだね…」

 人間と魔族が共に生きられる場所を作りたい。そんな思いで属州を治め、王国を建て、そして後に託した。一度は成し遂げた夢だったが、いつしかそれも変わって、消えていく。

 自分のしたことは何だったのか。こうして元の一都市に戻ったサエイレムを眺めていると、何となく空しく感じてしまう。


「いいえ、そんなことはありません」

 リネアが、少し力を込めた口調で言った。


「私達の国は消えてしまいましたが、私はちゃんと覚えています。サエイレムでのたくさんの思い出も、一緒に歩いた人たちのことも…」

「そっか、…国は消えても、無かったことにはならないんだね。…うん、わたしもちゃんと覚えてる…だけど、やっぱり寂しいな」

「はい。みんな遠くに行ってしまいました…」


「フィルとリネアは、ボクを置いて行かないよね?」

 不安げにいうメリシャに、フィルとリネアは揃って微笑む。

「もちろん。ずっと一緒だよ」


 メリシャもすでに500年近い時を生きている。長命種のアルゴスでも、本来であればもっと早くに老化が始まり、寿命を迎えていてもいい年齢だ。しかし、メリシャは20歳前後の姿から変化していない。フィルが予想したとおり、アルゴス本来の能力を持って生まれたメリシャは、寿命もまた祖先譲りに長いのだろう。


 千年後か、二千年後か、いつかその寿命が尽きる時が来るとしても、心配はしていない。

 フィルもリネアも、その時が来たら、九尾やティフォンの意思をメリシャに譲るつもりでいる。譲った後も、妲己や玉藻のように意識を残し、共に在ることはできるのだから。

 

 九尾とティフォン、神に匹敵する力を得た偉大な存在が、どうして自ら滅びを願うようになったのか。自らも数百年を生きたフィルは、その理由がおぼろげながらわかった気がしていた。

 九尾にも、ティフォンにも、共に歩んでくれる者は誰もいなかった。あまりに強大な力を持つが故に。あまりにも異なる時間を生きているが故に。


 その生涯は孤高であり、孤独。誰を理解するでもなく、誰に理解されるでもなく…一緒に笑い合い、共に涙を流す者など誰もいない。関わった者たちは瞬く間に時の中へと消えていく。

 その生にあるのは、ただ己のみ。滅びたいと願う、その思いの奥底にあったのは、誰とも共に歩めぬ寂しさではなかったのか。


 フィルは思う。自分も、リネアも、メリシャも、出会った時は独りぼっちだった。でも、今はこうしてみんな側にいる。だから、この先もきっと大丈夫。 


「さて、これからどうしようか…」

「傾国と呼ばれた妾や九尾が、国を建て、繁栄に導くことができた。フィルとリネアには感謝しているわ。…そこで、だけど…また別の世界で新しく国を興してみるというのはどうかしら?」

 フィルのつぶやきに、するりと姿を現した妲己が答えた。


「そうじゃな。ようやく傾国の汚名は返上じゃ。…しかし、国を建てるというのは存外面白かった。麿もまたやってみたいの」

 いつの間にか、玉藻もリネアの横に立っている。


「私も賛成です。どうでしょう、今度はメリシャが国を作るのを私達が支えるというのは?」

「そうね、それも面白いかも」

 リネアの提案に、フィルもポンと手を打つ。


「えーっ?ボク、そんなの自信ないよ」

 メリシャはやや不満げに口を尖らせる。


「メリシャだって、ちゃんと女王様やってたじゃない?」

「だって、あれはフィルがやってたことを真似していただけだよ…最初からなんて…」

「わたしだって、最初からうまくできたわけじゃないし、自信があったわけでもないよ…大丈夫、先輩のわたし達がちゃんと付いてるから」

「私も、フィル様も、妲己様も、玉藻様も、みんな側にいます。メリシャならできます」

「そうかなぁ…みんな一緒にいてくれるなら頑張ってみても、いいかも…だけど」

 初めて出会った時と変わらない、優しい微笑みを見せるフィルとリネアに、メリシャはこくんと頷く。


「よし、決まり。…それじゃ、適当に世界を巡って、どこか良さそうなところを探そうか」

「はい」

「うん」

 フィルは微笑み、リネアとメリシャは嬉しそうに返事をした。


 その時、一陣の風が吹いて砂塵が舞い上がる。そして、風にかき消されるように、3人の姿は消えていた。


 傾国の魔物と呼ばれた大妖狐九尾。だがこの世界においては、平和な国を興し、繁栄に導いた神獣として歴史に刻まれた。次に紡がれる歴史では、どのような姿で語られるのか。


 今再び、傾国狐のまつりごとが始まる。 

1年に渡って連載させて頂きました「傾国狐のまつりごと」第一部サエイレム編、これにて完結となります。ご愛読ありがとうございました!


引き続きまして…

また別の世界へと渡ったフィルたちを描く、第二部ヒクソス編がはじまります。乞う、ご期待!


ただし、大変申し訳ないのですが、まだ十分なストックがありません。

更新はこれまでどおり月曜・水曜・金曜でやっていきたいと思いますが、これまで1話がだいたい4,000字前後の長さだったものを、短い長さで投稿させて頂きますので、どうかご了承ください。


引き続き「傾国狐のまつりごと」をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結(?)おめでとうございます(?) 今後とも宜しくお願いいたします [気になる点] あれ?メリシャの元の一人称なんだっけ?と思ったら名前呼びでしたね どんな経緯でボクっ子になったんだろう…
[良い点] 第1部完結お疲れ様です…!そしてありがとうございました…! フィルとリネアの物語をここまで書いてくださったことに感謝しかないです…いつも読むのが楽しみで、読んだ日は凄く嬉しくて、次の更新日…
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