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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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玉藻のお説教 後編

「閣下、ご承知のこととは存じますが、前領主の時代、魔族街からは税の徴収を行っておりません。魔族街やエルフォリア旧領から移住してきた方々からも徴収すれば、都市全体での税収は上がります。何より、この都市に住む者は皆、公平な負担とすべきと考えますが」

 ここぞとばかりに、バレンは身を乗り出して主張する。

「それは、その通りですね。レバノス殿の仰るとおりです。負担は公平でなくてはいけません」

 玉藻は大げさに頷いてみせる。


「確かに税収全体は上がりますが、税率が据え置きでは、それでも財源が不足します。本国への上納と国境警備は疎かには出来ません」

 フラメアが玉藻をたしなめる。そして、バレンにも言った。

「魔族たちやエルフォリア旧領からの移住者は、あなた方ほど豊かではないのです。その日の暮らしに困るような者に多くを負担させれば、困窮から街の治安を悪化させかねません。治安の悪化は、あなた方商人にとっても良いことではないと思いますが」

「それは、衛兵隊に取り締まりをさせれば良いのではありませんか。我々は課せられた税をきちんと納める。僭越ですが、街の治安を守り、安心して暮らせるようにして頂くのは総督府の役割と存じます」

「街の治安が悪くなっては、皆困りますものね…」

 頬に手を当てて首をかしげる玉藻の声からは、あまり緊張感は感じられない。


 …やはり箱入りのお嬢様だな、自分が考えなくても部下がなんとかすると思っているのか。こちらにとっては扱いやすくて助かるが、この財務官もこんな上司では苦労するな。…バレンは内心ほくそ笑んだ。

「負担は、魔族も、エルフォリア旧領から来た者も、サエイレムに元から住んでいる者も公平でなくてはいけません。そうでなければ、平等な権利は認められません。そうですね。レバノス殿」

 玉藻の言葉にレバノスは大きく頷く。

「まさに、閣下の仰るとおりです」

「商業組合の皆さんも、そのようにお考えですか?」

 居並ぶその他の商人たちも、一斉に賛同の声を上げる。玉藻は、満足そうに頷いた。


「フラメア、税率を据え置いても、魔族も含めた全員から負担してもらえば、本国への上納だけはなんとか可能ではないですか?」

「上納分のみであれば、可能かと存じますが…」

 顔をしかめて言うフラメアに、バレンは勝ちを確信した。

「では閣下、我々の要望を聞き入れて頂けるのでしょうか?」

「そうですね。しかし、財源不足には変わりありませんから、幾つかの条件を了承して頂けるなら」

「こちらの要望を聞き入れて頂くのですから、内容によっては協力させていただきますが…」

「そうですか」

 にやりと玉藻が笑った。それは今までの箱入りお嬢様の顔ではなく、罠にかかった獲物を見下ろすような笑みだった。

 まさか、これまでの様子は芝居だったのか、バレンの身体に緊張が走る。

 いや、まだ対抗策はある。税負担が重くなるようなら、他領へと本拠を移すと脅しをかければ良いのだから。


「フラメア、こちらからの条件をお知らせしなさい。商業組合は了承しても良いとのことですから」

「はい。総督府からの条件はこちらの三つです」

 フラメアは、用意していた羊皮紙を取り出してテーブルに広げた。

 バレンは内心舌打ちする。ここまでうまく丸め込んだと思っていたが、全て想定の範囲だったようだ。


「一つ目、サエイレム港及び関連する施設を使用する商会に使用料を課します。船の入港、停泊、荷役、荷の保管、船の整備や新造の際のドックの使用、それぞれ期間や量、船の大きさに応じて支払って頂きます」

 ざわりと衝撃が走った。大河ホルムスに面したサエイレム港にかかる経費は、これまで税収で賄われており、建前上、誰でも自由に使用が可能であった。しかし、現実には舟運を生業とする商人達が無償で独占的に利用していた。

「二つ目、サエイレム港の使用は、サエイレムに本拠を持つ商会から申請があった場合のみ、使用を認めます。他領に本拠を置く商会は、必ずサエイレムの商会を通して港の使用を申請してもらうことになります」

 税ではない以上、本拠地を他領に移しても港の使用料はサエイレムに支払わなくてはならない。しかも、他領の商会はサエイレムの商会を通して港を使用することになるため、使用料に加えて申請を仲介する商会への手数料がかかることになる。

「三つ目、サエイレム港を使用する商会には、エルフォリア軍の輸送を無償で行って頂きます。その代わり、商会に属する船乗りの兵役を免除します」

 軍需物資や兵員の輸送を港の使用者に請け負わせることで、軍費の支出を抑える。ただし、商会にとって優秀な船乗りは貴重である。船乗りを徴兵されると、同等の船乗りを確保するのは難しく、船乗りの質によって輸送の安全度も変わる。船乗りの兵役免除は商人側にもメリットになる。


 フラメアの示した羊皮紙には、もう少し細かい取り決めも記載されていたが、おおよその主旨はフラメアが今言った内容となっていた。

 玉藻はにこやかな笑みを浮かべてバレンを見つめている。

「閣下、港は公共の施設です。公共の施設は税収で整備し、無償で市民に開放され、広く使用されるべきものです」

 慌ててバレンは言った。この総督、とんだ曲者だ。素知らぬ顔で、バレンたちの生命線とも言える港を人質にとってきた。


「そうでしょうか?多くの市民は港を利用していません。市民の多くが使用しないものは、公共の施設であっても、市民全体で負担しなければならない理由はありません。ですから、港を使用して益を受ける者に使用料を課すのです。レパノス殿も負担は公平であるべきと仰ったではありませんか?」

 玉藻は涼しい顔で言った。居並ぶ商人たちは、皆、顔を強張らせている。

「サエイレムの経済を支えているのは、サエイレム港と我々だ。それを蔑ろにするおつもりか?!」

 バレンは、思わずテーブルを叩いて声を上げた。剣に手をかけたエリンを制し、玉藻はじろりとバレンを見やる。


「騒ぐな」

 先ほどまでと同一人物とは思えない、冷たく低い声。バレンは反射的に口を閉じた。

「相手を威圧したければ、このくらいしてみせろ」

 玉藻が言った瞬間、バレンたちは動けなくなった。玉藻は何もしていない。ただ、じっとこちらを見ているだけだ。それなのに、まるで喉元を締め上げられているような息苦しさを覚える。


「小娘と侮り、欲をかくのも大概にしておけよ。この提案の意味を理解できない無能の首なら、ここで刎ねても良いのだぞ」

 そして玉藻は軽く口元をつり上げる。そこでようやくバレンたちは息を吐き出し、荒い呼吸を繰り返した。

「良いか、そなたらがサエイレムの経済を支えていることは承知しておる。そのことに自負を持つのも良かろう。しかしな、そなたらが利を上げられるのは、このサエイレムがあってこそではないのか?」

 玉藻は、テーブルの上に頬杖をついて話し始める。


「目先の利益で喜ぶ商人など小物じゃ。足場となる街と共に栄えずして、商いを成長させられるものか。そなたらが一時の利益を上げても、この街が衰退すればいずれ一蓮托生に滅ぶのみ。それがわからぬか」

 射すくめるような鋭い視線を向けられ、バレンたちは何も言い返せず、ただ黙って玉藻の話を聞くしかなくなっていた。

「この街の経済を支えていると言うのなら、自ら街の繁栄の礎となる気概を持て。この街で力を持つ者が、自らにできることをしないで、どうして街を栄えさせられる。税さえ払えば、あとは総督府が何とかしてくれるとでも思っているのか。総督府は全能の神ではないぞ」

 玉藻は、椅子から立ち上がり、バレンの背後に立つ。冷たい刃を首に押しつけられているような、ぞくりと冷たい汗が背中を伝う。

「今回の陳情、少しばかり失望した…」

 玉藻はわざとらしくため息をついてみせた。

「そなたら、今後、サエイレムで商売を続けるのに、最も心配すべきは何だ?税率など些細なことではないのか?」

 席に並ぶ5人の背後をゆっくりと歩きながら、玉藻は話を続ける。

「これまでサエイレムは帝国と魔王国の狭間にあり、不安定な情勢の下にあった。特にこの10年は戦争の最前線でもあった。それでもサエイレムを舟運の要衝と見込み、危険を冒してこの地で商売を続けてきたそなたらは、商人として無能でないと信じたい。だが、戦争は終わり、サエイレムは正式に帝国領となった」


 バレンたちにも、おぼろげながら玉藻の言いたいことがわかってきた。

「今後、サエイレムの安全は、我々エルフォリアの精鋭が責任を持つ。さすれば、この地での商いに尻込みしていた他の商人たちもここに目を付ける。帝国本国の豪商どもすら船団を送り込んでくるやもしれぬ。そうではないか?」

 確かにそのとおりだ。サエイレムは南方地域と帝国本国を結ぶ舟運の要衝だ。その価値は交易商人なら誰にでもわかる。これまでサエイレムは戦場で、商人と言えどいつ巻き込まれるかわからない状況だったから、本国の商人たちの多くは参入に二の足を踏んでいたのだ。

 しかし戦争が終わり、地域の情勢が安定したとなれば、この地に目を付ける商人は間違いなく多い。これから新規参入が相次ぐことになれば、苦労してサエイレムに足掛かりを築いてきたバレンたちとて安穏とはしていられない。莫大な資金力を持つ本国の豪商たちが乗り込んできたら、とても勝負にならない。


 玉藻は自分の席に戻ると、テーブルの上に広げられていた羊皮紙を丸め、まるで剣を振るうように、バレンの首筋に突きつけた。

「今日の話はここまでとしよう。この羊皮紙は置いていく。後日、返答を聞かせてもらいたい」

 にやりと笑って羊皮紙をテーブルの上へ放る。

「この提案は、そなたたちにも利があるものだ。理解してもらえると思っているが、…あまり物分かりが悪いようなら、また説教してやらねばなるまいな」

 玉藻はくるりと身を翻すと、素に戻っていた口調を改める。

「フラメア、エリン、用件は終わりました。帰りましょうか」

「はっ!」

 玉藻はさっさと部屋から出ていき、フラメアとエリンも続く。

 彼女らの足音が聞こえなくなるまで、バレンたちはテーブルに着いたまま動くことができなかった。

次回予定「フィルのお願い」

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