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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
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建国計画

ボルキウスたちの前で、サエイレムの独立を口にしたフィル。

ユーリアスはどう答える?

「それは帝国にとっての大事だ。…少し、考えさせてくれないか」

 憂鬱な表情で言うユーリアスに、フィルも頷く。


「承知しました。リネア、もう戻っていいよ」

「はい」

 軽く一礼して狐人の姿に戻ったリネアは、そのままフィルの後ろに控える。


「ボルキウス、ビルス、お前たちも今日は下がれ。明日、改めて呼ぶ」

「はっ…!」

 そそくさと逃げ出すように場を辞するボルキウスたち。彼らが正門を抜けて姿が見えなくなるまで、フィルもユーリアスも、じっと黙ってその場を動かなかった。


 そして、一体これからどうなるのか、本当に戦争になってしまうのか。

 固唾を飲んで成り行きを見守っていた市民たちの視線は、必然、フィルとユーリアスに集中していた。


「…っぷ。あははは…」

 沈黙に耐えきれぬように噴き出したのは、ユーリアスだった。 


「兄様、なかなかのお芝居でした」

 ふぅっと息を吐いて肩の力を抜いたフィルも、楽し気に笑みを浮かべている。

「フィーこそ、真に迫った役者ぶりだったじゃないか」


「もー、緊張して、せっかく食べた御馳走吐きそうだったよ」

「笑わないようにするの大変だった…」

「フィル様、お疲れ様でした」

 パエラとメリシャが愚痴をこぼし、リネアがフィルに微笑んだ。エリンは早速、ついさっき剣を交えた近衛兵とワインの杯を酌み交わしている。

 

「…?」

 市民たちは、わけがわからない。

 だが、皇帝とサエイレム総督が本気で争っているわけではないことは察した。


「皆の者、これは余とエルフォリア卿からのささやかな余興である。心配せずとも、余とエルフォリア卿が戦をすることはない!」

「そのとおりです。わたしの守護竜が守ったこの街を、自分の手で戦場にするような愚かなことはしません。どうか安心してください…!」

 並んで檀上に立つユーリアスとフィルに、市民たちの顔に安堵の色が浮かぶ。

 どうやら皇帝とサエイレム総督は、元老院に対して一芝居打ったらしい。


「驚かせた詫びに、離宮の酒蔵からとっておきのワインを出そう。引き続き楽しんでくれ!」

 おぉぉぉ、と男たちが喜びの声を上げ、楽団が再び明るい旋律の曲を演奏し始める。

 市民たちは、劇場で催される演劇よりも遥かに迫力のある先ほどのやりとりを思い出して、口々に噂し合い、にぎやかな宴はその夜遅くまで続いた。


 ……ユーリアスも巻き込んだ、この筋書きを描いたのは、もちろんフィルである。 


 数日前、帝国に対して戦争を起こすと言ったフィルに、さすがのユーリアスも驚きを隠せなかった。

「フィー、冗談でもそういうことを言うものではないよ」

 やや眉を寄せてたしなめるユーリアスに、フィルは首を振る。

「冗談ではありません。…兄様、これを機会に、サエイレム属州の独立を認めてください」


「…え?」

 言い出したフィルときょとんとするメリシャを除き、その場にいた全員の声が見事に揃った。


「だから、サエイレム属州を帝国とは別の国にしたいです」

「いや、意味はわかっている。むしろ、フィーこそ、何を言っているか、わかっているよね?」

「もちろんです。冗談でこんなことが言えるとお思いですか?」

 呆れたように言うフィルに、ユーリアスは困惑する。


「いくらフィーの頼みでも、それはさすがに…」

 ユーリアスは、助けを求めるようにリネアを見やった。


「ユーリアス様、私はフィル様のお考えに賛成です」

 にっこり笑って拒否された。

「しかし、フィル様は、ユーリアス様を困らせるおつもりではないと思いますよ」


「わかった…フィー、考えを詳しく聞かせてくれないか?」

 ちらりとフィルの方を見て言うリネアに、ユーリアスも苦笑を浮かべた。


 フィルの考えは、完全な独立とは少し違う。半独立、とでも言うのか、建国後も兄弟国として帝国…いや皇帝には臣下の礼をとる、というものだ。

 帝国の対立は避けつつ、元老院の影響力を削ぐための方策。大グラウスの失策を逆手に、ベナトリアを奪い取ろうと思った時から考えていたことだった。


(のぅ…フィルよ、そなた王になる気はないか?)

 玉藻にそう言われた時の気持ちは、忘れられない。あまりと言えばあまりの話に、その時は結論を出せなかったフィルだが、意識の底ではずっと燻っていた。


 本気で帝国から独立することを考え始めたのはいつか、それはフィルにもはっきりとはわからない。


 ユーリアスが皇帝のうちはいい。しかし、いつか皇帝の代が変わり、帝国の情勢に変化があった時に、サエイレムはそのままでいられるだろうか。

 エルフォリア家が、それまでの領地であるリンドニアからサエイレムに国替えされたように、元老院がそうした無理難題を突き付けてこないとは限らない。今のフィルの身分は、あくまで帝国から任じられたものだからだ。

 

 そうなった時に、サエイレムを守ることができるのだろうか。

 もちろん、サエイレムの軍勢に加えて神獣の力を使えば、帝国軍と言えど怖くはないが…戦争によって無理矢理に独立を勝ち取れば、それから先も帝国と争い続けなくてはならない。

 だがそれは、サエイレムの富の源泉である交易に致命的な打撃を与えてしまう。感情的にはともかく、高価な商品をたくさん買ってくれる帝国はサエイレムの上得意様である。

 ならば、ユーリアスと相談して穏便に独立を認めてもらった方がいい。サエイレムの豊かな財力は、フィルが人間と魔族の共存を進めるために必要な要素…どんな政策も、実現するには金が掛かるのだ。


 …ここまではフィルの動機。当然、ユーリアスにも利がなければこの話は実現しない。


 神獣のフィルと守護竜リネアの存在を別としても、実戦に長けたエルフォリア軍を擁し、動員兵力は属州としては帝国随一。そして、大穀倉地帯のベナトリアは帝国の食糧供給を支え、サエイレムからもたらされる南方からの貴重な品々は、帝国の富裕層を虜にしている。

 それだけの力を持つ国が、あえて帝国そのものではなく、皇帝に対して臣従するとしたらどうか。


 皇帝派と元老院派に分かれている帝国の支配層。もちろん地位としては皇帝の方が高いが、皇帝が支配する帝政となる前の共和国時代から存在する元老院の影響力は無視できず、一定の妥協を強いられる事が多い。

 だが、労せずして既得権益を独占する彼らに対して反感を持つ者は多く、特に実力で平民や中・下級貴族から身を立ててきた軍人や官僚、それら出身の皇帝属州の総督たちが、皇帝派としてユーリアスの支持基盤になっている。

 

 現在の力関係としては、皇帝派の方が優勢ではある。しかし皇帝派の弱点はその大半が新興の勢力であるということだ。

 元老院に属する世襲の名門貴族たちと比べ、皇帝派の者たちは立場が盤石ではない。ちょっとした失態を大げさに喧伝されたり、場合によっては、フィルもやられたように身に覚えのない罪状をでっちあげられたりする。うまく切り抜けられればいいが、対処を誤れば、失脚も有り得る。

 

 それでは、ユーリアスが思い通りの治世を築くことはできない。元老院を正面から抑えることができる勢力が必要だ。

 独立したサエイレムには元老院の権力は及ばない。フィルが帝国の外からユーリアスを支えてくれるなら、それは皇帝にとって大きな支持基盤となる。


「…本気なんだね?」

「はい」

 フィルの話を聞いたユーリアスは、軽く目を閉じて黙り込んだ。フィルも、じっとその様子を見つめている。


「フィーの考えはよくわかった」

 ユーリアスが再び口を開くまでの時間は、フィルが予想していよりもずっと短かった。


「だが、その前にパエラの嫌疑について、どうするか考えないとな」

「もちろん、断るに決まってるじゃないですか」

 眉を寄せて言うフィル。


「さっきも言ったが、帝国の法では…いや、そういうことか…」

「はい」

 気付いたらしいユーリアスに、フィルがにこりと笑う。


「元老院の連中の前で、先程と同じように帝国に対して戦争を起こすと言ったら、さぞ慌てるでしょうね」

「本国領の周りはほとんどが元老院属州だ。そこに隣接するサエイレムが反乱を起こすとなれば、地理的に元老院側の総督どもが相手をしなくてはならない、そういうことだね?」


「その通りです。魔王国を相手に戦い続けた我がエルフォリア軍と戦いたい者が、彼らの中にいるでしょうか?」

「いないだろうな」

 軽く首を横に振り、ユーリアスは即答する。


「兄様は、反乱を起こしたわたしを直ちに討伐するようお命じください」

「連中の方から、討伐を思いとどまるよう、言わせるわけか。そうすれば、連中とてフィルの要求を断れとは言えなくなる」

「ご明察です。細かいところは、その場の流れで。…兄様の役者ぶりに期待しています」

「フィーこそ、本気で反乱を起こそうとしているように見える迫真の演技を頼むよ」


 こうして、フィルの誕生日の宴席を舞台にした茶番劇が計画された。

 …そして、このシナリオはさらに後半へと続いていく。

次回予定「サエイレム専制公」

サエイレム独立に向け、フィルの描いたシナリオは続く。

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