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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
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フィルの反乱

パエラを捕らえると言う元老院議長ボルキウスたち。フィルはどうする?

「エルフォリア卿、自分に都合の悪い者の口を封じようとは、いささか強引ではありませんかな。帝都で堂々とご自身の潔白を主張された時とは、大違いだ」

「ボルキウス…!」

 仕方なく剣を引くエリンと、ギリっと歯噛みするフィルを見て、ボルキウスは笑いを堪えつつ軽く咳払いする。


「…陛下、そこにいるアラクネ族の娘を引き渡すよう、エルフォリア卿にお命じ下さい。さすれば、近衛の方々の手を煩わせずとも、我が配下の兵が直ちに捕縛いたします」

 ビルスの声に、後ろにいた護衛兵が剣に手を掛ける。


「エルフォリア卿、ここは素直に引き渡しに応じてほしい。嫌疑の申し立てがある以上、帝国の法で裁かねばならん。無罪だと主張するのなら、法廷で主張すれば良いのではないか?」

 仕方なさそうにユーリアスは言い、フィルを見つめる。


「お断りいたします」

 ユーリアスの提案を拒否したフィルに、ビルスが目を剥いた。


「エルフォリア卿、陛下のお言葉ですぞ。いくら陛下と親しい間柄とは言え、見過ごせん。あまりに不敬であろう!」

 自分を怒鳴りつけるビルスにもフィルは全く動じず、不満げな表情で睨み返している。


 自ら墓穴を掘るが如きフィルの言動。ボルキウスは少し違和感を覚えていた。

 まだ年若いとは言え、この娘は決して無能ではない。いかに皇帝に気に入られているとしても、公衆の面前で皇帝の言葉を拒否などするだろうか。

 それでは、いたずらに自分の立場を危うくするだけだ。

 


 皇帝がフィルと一緒に魔族を庇ってくれれば一緒に評判を落とせたのだが、フィルが皇帝の不興を買うだけでも、ボルキウスたちにとっては悪くない展開だ。

 罪人を庇うだけでなく皇帝の命令にも従わないとなれば、うってつけの攻撃材料になる。一度は失敗した弾劾裁判の法廷に、フィルを再び引きずり出すこともできるかもしれない。


 …だが、引っかかる。エルフォリア卿…何を考えている…まさか、アラクネの娘と一緒に破滅するつもりではあるまい。


「エルフォリア卿、余の命に従えぬと言うのか?」

 ユーリアスの声が低くなる。

「余とてパエラを裁きたくはない。だが、嫌疑がかけられ、証人までいる以上、皇帝が帝国の法を曲げることはできぬ。…もう一度言う、パエラを引き渡せ。これは皇帝の命令である」

 

「陛下、わたしはお断りすると申し上げましたが」

 フィルは、そう言ってユーリアスの許しも得ずに立ち上がる。


「帝国の法では、人間が魔族を殺した際にはごく軽い罪にしかならぬのに、魔族が人間を殺した場合には極刑に処されることとなります。それは余りに不公平ではございませんか。そのような法廷に、わたしの大切に友を立たせることはできません」

 ユーリアスの前に立って強い口調で言い放つと、フィルは後ろに控えるリネアたちに顔を向けた。


「みんな、ごめんなさい。わたしはこれ以上、帝国の横暴を許せない」

 リネア、メリシャ、パエラは黙ってフィルの前に頭を垂れた。エリンもカツンと踵を合わせて、右手を胸に当てる。


「エルフォリア卿、…何を…」

 何を言いだしたのかと、ボルキウスとビルスは思わず顔を見合わせた。


 フィルは、ボルキウスとビルスを一瞥して、声を大きくした。

「どうしてもと言うのなら、力づくでやってみるといい。わたしは、エルフォリア軍とサエイレム属州軍の全軍をもって、帝国に戦いを挑みます」

 帝国に対する反乱。まさか魔族の娘一人のために、フィルがそこまでするとは思わなかったボルキウスとビルスは、呆然とした。


「…それは、帝国に対する反逆と見なしても良いのだな?」

「はい。陛下と争うのは不本意ですが、どうしてもパエラを捕らえると仰せなら、わたしは帝国を敵とする覚悟」

 ユーリアスと睨み合いながらフィルは言った。


 その声を聴いた会場の市民たちにも動揺が広がり始める。なにしろアルテルメはサエイレム属州の一部であるリンドニアに隣接している。帝国とサエイレム属州との戦争になれば、戦場になるのはここだ。


「ビルス卿!」

「…はっ!」

 弾かれたようにビルスがユーリアスに向き直る。


「サエイレム属州が反乱を起こした。直ちにサキアに戻って兵を整え、これを迎え撃て」

「は…はぁっ?!」

 ビルスの背に冷や汗が流れる。


「ボルキウス議長、周辺の元老院属州の総督たちにも兵の準備を急がせよ。整い次第、ビルス卿と合流させるのだ」

「い、いや…それは、陛下、お待ちを!」

 ボルキウスは慌てた。ビルスの領地であるサキア属州をはじめ、本国領の周囲に位置する元老院属州は、外敵の侵攻の心配がない土地ばかり。当然、金のかかる軍備はまともに整えられていない。せいぜい、総督の警護と治安維持のための警備兵が数百程度。


 しかも、間の悪い事に、もうすぐ春の種まきの季節だ。足りない兵力の補填の為に農民を動員すれば、今期の農作物の収穫に大打撃が生じ、税収の大幅な落ち込みは避けられない。


「我がエルフォリア軍1万、ベナトリア属州軍1万5千、それにサエイレムと協定を結んでいるケンタウロスの騎兵1千5百、アラクネ族の戦士5百、アルゴス王国軍3千、その全軍をもって戦う所存」

 フィルは宣言するように言った。もちろん魔族側の兵力は、相手に了解も得ていないハッタリだが…


「ま、魔族と協定だと?!」

 ビルスが叫ぶように言った。

「はい。ベナトリアとの戦争の後、魔族に対する外交権はわたしが頂いております。その権限をもって、領地を接する各種族と交渉し、外敵に対して共に戦う協定を結んでいます。帝国との再戦となれば、彼らも奮起するでしょう」


 サエイレム側の総兵力、約3万。ひとつの属州としては有り得ない兵力だ。


 魔族との戦争には帝国軍として6万近い戦力が動員されていたが、その時は味方だったエルフォリア軍やベナトリアの軍勢が敵に回るとなれば、残りの帝国軍に数の優位はない。兵の練度や装備も全く相手にならないだろう。

 皇帝属州の軍を動かせばまだ何とかなるかもしれないが、皇帝属州は国境を守り、異民族と対峙している場所も多い。そこから戦力を引き抜き、異民族の侵攻を許したりすれば、帝国はサエイレムと戦っている背後を異民族に襲われることになる。


「ま、待て。エルフォリア卿、短慮を起こさず話し合おうではないか。たかが魔族の娘一人で、帝国に内戦を起こすつもりか!」

 内戦はまずい。外との戦争であれば、新たな利権を得ることもできるが、内戦は何の利益にもならないばかりか、元老院の既得権益すら脅かされる。まして万一負けでもしたら、元老院の存在すら危うい。

 描いていた想定を超えて、自らの足元が揺らぎかねない事態に、ボルキウスは慌てて声を上げた。


「たかが?…たかがと仰せか?パエラはわたしの大切な友です。わたしはパエラのためなら戦争も厭わない…ボルギウス議長、ビルス卿、お覚悟を。我らは帝国など怖くもなんともないのです」

 フィルは、にやりと狂気じみた笑みを演出する。

「この場でわたしを討ちますか?…それも無駄です。近衛の方々が如何に精強でも、わたしを討つことはできません。あっははは…!」

 悪役もかくやという高笑いを上げたフィルは、後ろに控えているリネアを振り返った。


「守護竜よ、その片鱗を見せよ!」

「はい、フィル様」

 フィルの後ろでリネアが立ち上がる。その姿が、たちまち竜人へと変わった。

「アルテルメを噴火から守ったサエイレムの守護竜とは、このリネアです。わたしを敵にするということは、山一つ吹き飛ばしたサエイレムの守護竜も敵とするということ。もちろん、この場を一瞬で焼き尽くすこともできるのですよ」

 3万の軍勢に守護竜…それに未確認ながらサエイレムには神獣と呼ばれる金色の獣までいるという。


「待て。エルフォリア卿、今の帝国に内戦などしている余裕はない」

 冷静な声でユーリアスが言う。

「では陛下、こちらの望みを聞き入れて頂けるのでしょうか?」

「…止むを得まい。ボルギウス、ビルス、お前たちはどうか」


 藪をつついて、とんでもない魔物を出してしまったか…ボルキウスは歯噛みした。

 皇帝の権威とフィルの評判を落とす程度のつもりで仕掛けた策略が、帝国の内戦に発展する、しかも勝てる見込みはほぼ無い。特に迎撃を命じられたビルスなど、間違いなく戦死だ。


「はっ…!陛下の御意に」

 ボルギウスとビルスが揃って蒼白になっているのを見て、ユーリアスは口元を手で隠してほくそ笑んだ。元老院の重鎮どもがこうまで慌てるとは…フィルの提案にのっておいて正解だった…。


「わかった。…エルフォリア卿、パエラという娘に対する嫌疑は晴れた。皇帝の名により宣言する…これで良いか?」

「ありがとうございます、陛下。しかしながら、それだけではいささか不満にございます」

「不満?この上、まだ何か望むのか?…まぁよい、申してみよ」


「はい。先ほども申し上げたとおり、帝国の法では魔族の地位は人間よりも低く、同じ犯罪を犯しても魔族の方が罰が重く、あまつさえ人間では罪にならぬ程度のことで捕らえられることもございます。これでは公平とは申せません。陛下はパエラの嫌疑を取り消して下さいましたが、これから先も、わたしの領地に住む魔族が不当な扱いをされぬようにしたいと考えます」


 属州は帝国の一部である以上、帝国の法はそのまま適用される。

 帝国の法が変わらぬ以上、これからも魔族は人間よりも不利な立場に置かれ続ける。

 だが、悪法も法であり、納得できないからという理由で破るわけにはいかない。


 一番の解決策は法の改正だが、それも簡単ではない。帝国法の改正には元老院の賛成が必要であり、いかに皇帝と言えど一存で決められなかった。

 魔族に対しても差別意識の薄いユーリアスが皇帝でありながら、魔族を不当に扱う法がそのままなのは、そのせいでもある。……ならば、サエイレムに帝国の法が及ばないようにすればいい。


 フィルは、ユーリアスを見つめ、にこりと笑みを浮かべる。

「陛下、サエイレム属州の自治を認めて頂きたく存じます。帝国とは異なる法制を敷き、独自の統治を行うことをお認め下さい」

 ボルキウスとビルス、そして聞き耳を立てていた市民たちも思わず息を呑んだ。


 帝国とは異なる法を定め、独自の統治を行う…フィルが言ったその望みは、帝国から独立すると言っているのに等しかった。

次回予定「建国計画」

帝国からの独立を願い出たフィル。ユーリアスの返答はいかに?

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