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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
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宣戦布告?

見事に噴火を防いだフィルたち。

しかしそれで大団円、とはいかないようで…

「皆、よく集まってくれた。今日は我が忠実なる臣、サエイレム総督、フィル・ユリス・エルフォリアが成人を迎える祝いの席だ。心ゆくまで飲んで食べて、楽しんでほしい」

 壇上に立ったユーリアスが高々と杯を掲げ、隣のフィル、リネア、メリシャ、パエラ、エリンもそれに合わせた。


 前庭に集まったたくさんの人々の間から歓声が上がり、楽団が明るい音楽を奏で始める。


 ヴィスヴェアス山の噴火から10日後、予定よりも遅れてようやく開催された、ユーリアス主催のフィルの誕生日を祝うパーティである。場所は離宮の前庭だ。離宮の門が解放され、招待客だけでなく市民も参加して良いことになっていた。

 

 元々はユーリアスと、一部の皇帝派貴族たちだけを招いての小規模な会が予定されていたのだが、噴火に備えて避難を余儀なくされた市民たちへの労いも兼ねて、こういう形での開催に変更された。

 

 皇帝をはじめとする有力者が、自分達の祝い事や、戦勝記念、建国祭や収穫祭など季節の節目といった機会に、市民を招いて盛大な宴席を催すのは帝国では比較的一般的なことである。市民の支持を取り付けるための露骨な人気取りという側面はあるものの、市民たちにとっては、貴族の奢りで高価な料理や酒を好きなだけ楽しめるのだから、そう悪い事でもない。もちろん、フィルにも異存はなかった。


 本日の主賓であるフィルは、さすがにいつも総督衣装というわけにはいかず、帝国の上級貴族の女性が着るゆったりとした白絹のローブをまとい、緋色のショールに肩にかけていた。

 さらに、両手首には金のブレスレット、指には精緻な彫刻で飾られた指輪、胸元には大粒の真珠が連なるネックレス、額には緑柱石でオリーブの葉を模したティアラ、ショールを留めるのは翡翠に裏側から女神像を彫刻したカメオのブローチなど、たくさんの宝飾品を身に着けている。宝飾品をあまり着けない普段のフィルを見慣れた面々からすると、少々違和感を感じるくらいの飾り様だった。


「フィル様、お綺麗ですよ」

 自分も正装に着替えたリネアが、嬉しそうにフィルに微笑む。

「フィル、お姫様だ…」

 メリシャも目を丸くしてフィルを見上げていた。美しい金髪と澄んだ朱色の瞳を持つフィルは、貴族らしい正装をまとえばまさに姫君だ。


「メリシャだって、お姫様だよ」

「メリシャも大きくなったら、フィルやリネアみたいにきれいになれるかな?」

「もちろん。メリシャはわたしよりずっときれいになるよ。きっと」

 リネアもメリシャも、帝国の貴婦人や令嬢にも勝る美しさだとフィルは確信している。


「フィル様、サエイレムでもたまにはそういう恰好をしてみられては?」

「エリンが一緒に着てくれるなら、そうしてもいいよ?」


「いかにフィル様のご命令でも、それはお断りします」

 フィルとエリンは、くすくすと笑い合う。エリンとて、フィルが自らを飾り立てるのを好まないことは当然よく知っている。

 そして、エリンもまた着飾るよりもフィルの剣として軍人であることを誇りとしている。その正装とは、当然、騎兵用の軽甲冑だ。さすがに大刀は持っていないが、腰には細身の長剣を吊っている。


「パエラも、もっとこっちにおいでよ。せっかくきれいなのに」

 フィルは、やや後ろで身を縮めているパエラの側に近寄り、その手をとった。

「フィルさま、でもあたしは…」

「大丈夫。何も心配しなくていいよ。きっとうまくいくから」

 フィルは、軽く胸元を叩いてパエラに笑いかけた。


 話は少し時間を遡り、噴火を防いでアルテルメに戻って来たフィルたちが、パエラやエリンとの再会を喜んでいたところに戻る。


 フィルたちの側に、10人ほどの警備兵を引き連れた、小太りの男が息を切らせてやってきた。

「その魔族を捕らえろ!我が屋敷の使用人を殺した魔族たちの仲間だ!」

 パエラを指さし偉そうに言う男に、警備兵たちは、やや戸惑いの表情を浮べつつも、フィル達を取り囲むように広がり、腰の剣に手を掛けた。


「パエラ、エリン、何かあったの?」

 不愉快そうに眉を寄せながら、フィルは尋ねる。


「パエラが、街を見回っている最中に、貴族の屋敷で略奪を働いていた魔族の一団を捕らえたのですが…」

 エリンは、ため息混じりに口を開く。

「パエラが屋敷に入った時、その魔族たちは、屋敷に残っていた人間の使用人を数人殺害していました。パエラが彼らを捕らえたところに、通報を受けた警備兵たちが来て、パエラも一味だと勘違いしてしまったのです。私が間に入ってパエラの身元を保証し、警備兵たちも納得していたはずなのですが…」

 エリンの声が聞こえたのか、小太りの男が忌々し気に声を上げる。


「勘違いであるものか!その魔族も一味に決まっている。おまえたちも仲間だろう!…おい、早く捕らえないか!」

「黙れ、無礼者!」

 思わず腰の剣に手を掛けたエリンを軽く制し、フィルが前に出る。


「このパエラはわたしの友だ。言いたいことがあるならわたしが聞く。そもそも貴様は誰だ?」

 低い声でフィルは小太りの男に言う。口調は淡々としているが、内心では沸々と怒りが湧き始めていた。


「私はこのアルテルメの徴税官、ブラーノスだ。小娘、口の利き方に気をつけろ」

 ふんと鼻を鳴らしながらブラーノスは言う。ブラーノスはフィルの身分に気が付いていない。


 徴税官という身分は、代官の下で街の税務管理を行う役職であるが、貴族の公職の中ではさほど高いわけではない。文官として身を立てようとする若い貴族や上級貴族の子弟者が、手始めに就く役職、といったところだ。

 アルテルメは裕福な都市のため、徴税官の権限もそれなりに大きいのだろうが、それでも国持ちの領主であるフィルとは比較にならない。


「わたしは、サエイレム総督、フィル・ユリス・エルフォリアだ。徴税官風情が、属州総督に対してそのような口を利くのか」

 ブラーノスをじろりと睨みつつ、フィルは身分と名を明かした。帝国の貴族の前でしかやらない、ことさらに偉そうな態度を見せる。


 一瞬、ポカンとしたブラーノスの顔が見る見る蒼白になっていった。

「そ、総督かっ…か?!」

 フィルの名はブラーノスも知っていた。凱旋将軍の娘で、今や帝国最大の領地を持つ総督。元老院の重鎮だった大グラウスを自ら討ち取ったとも聞く。


 フィルはエリンを手招きすると、その腰の剣を抜いた。そして、ブラーノスの首元に突きつける。

「貴様、わたしの友を捕らえろと言ったか?」

「…ひっ…」

 数歩後ずさったブラーノスは引きつったような声を上げ、くるりと反転し慌てて逃げ出す。

 警備兵たちは、きまり悪そうにフィル達に一礼し、ブラーノスを追っていった。


 …これで、もう難癖付けてくることはあるまい、そう思っていたのだが。


「フィーが犯罪者を匿っていると抗議が上がっているんだ」

 それから数日後の夕食の席で、ため息混じりにユーリアスが言った。

「そういえば、この街の徴税官と名乗る男が、パエラを捕らえろなんて言ってましたね」

 パンをちぎりながら、フィルはどうでも良さそうに返事をした。


「…ユーリアスさま、あたしのせいで面倒なことになってるの?」

 やや沈んだ声で言うパエラに、ユーリアスは軽く首を振る。

「パエラのせいじゃない。どちらかと言えば、僕やフィルのせいだね」


「わたしのせい、ですか?」

 いかにも不本意そうな顔をするフィルに、ユーリアスは苦笑する。

「あぁ、アルテルメを噴火から守ったことで、市民の間での僕の権威は上がり、サエイレム総督は強大な守護竜を従えていると評判になっている。そして、ベナトリアをめぐる一件から、サエイレム総督が皇帝と親しいことは帝国貴族の間で有名だ」


 フィルは、一口サイズにちぎったパンを口に入れ、飲み込んでから肩をすくめる。

「つまり、兄様の権威が増すのが気にくわない連中がいる、と。…だいたい想像はつきますけど」

「そういうことだ。どうやら、例の徴税官は元老院に多額の賄賂を送って繋がりを持っていたらしい…本来ならば取るに足らない話だが、泣きつかれた元老院も、こちらを叩くいい機会だと思ったんだろう」


「徴税官ごときが兄様に抗議できるとは思いませんが、誰が出てきたのですか?」

「マルクス・ボルキウスだ。アルテルメに隣接するサキア属州の総督、ダルガ・ビルスも引き込んでいる。ダルガの息子は元老院議員のフリウス・ビルスだ。グラウス家と同じ代々の元老院議員だな」

「…わたしを弾劾しようとした連中ですね」

 面倒くさそうにフィルはつぶやき、果実水を一口飲む。


「罪状は、貴族の邸宅に押し入り、使用人を殺害、金品を強奪したということらしい。捕らえた魔族たちと、生き残った使用人の女がそう証言しているのだそうだ。法の裁きにかけるため、直ちに犯人を引き渡すように言ってきている」

「有り得ません」

 フィルは即答した。


「兄様、パエラは犯罪者を捕らえてくれたのです。連中の言い分に耳を貸す必要はありません」

「それはわかっているよ。…だが、連中の目的は、僕やフィーの悪評を立てることだ。元老院と対立すればするほど、連中の思う壺というわけだ…」

 

「フィルさま、あたしが一度、捕まろうか?あとで逃げ出すことなんて、いくらでもできるよ?」

 遠慮がちにパエラが口を挟むが、フィルはむすりとした様子で首を横に振る。

「だめだよ。あんな連中にパエラを渡すなんて、わたしが耐えられないもの」


 最近はあまり表に出なくなっていたが、フィルは帝国の貴族階級の人間が基本的に嫌いなのだ。心を許しているのは、ユーリアスとティベリオのみと言ってもいい。

 特に自分をいびり抜き、命まで狙った元老院への嫌悪は深い。例え方便であっても、パエラを連中に委ねることなど絶対に認めたくない。 


「でも、騒ぎを大きくするのが連中の狙いなんだよね。だったら、一度素直に捕まって終わりにしちゃった方が…」

「やだ。絶対にパエラは渡さない」

「もー」

 捕まる本人がフィルを説得しようとする、おかしな状況になってきた。


「フィー、パエラもこう言ってくれている。一歩、譲ってはくれまいか」

「兄様まで、何を仰るのですか?!」

 キッとユーリアスを睨むフィルから目を逸らし、ユーリアスは、困惑した表情で成り行きを見つめているリネアとパエラに頭を下げた。


「パエラやリネアたちには申し訳ないが、帝国の法では、人間が人間を殺したり、人間が魔族を殺すよりも、魔族が人間を殺す方が罪が重い。…今回、相手は一応、証人まで立てている。このままパエラを庇い続ければ、やはり後ろめたいことがあるのだと、声高に喧伝するだろう。言い掛かりとは言え、他の貴族や市民たちにとっては、法廷で裁くべきというボルキウスたちの要求の方が筋が通っているんだ…」

 小さくため息をつくユーリアス。パエラが魔族だということ自体が、帝国においてはマイナスに作用する。法制度においても、人間が抱く印象においても。


 正直、皇帝と元老院の力関係は微妙だ。ベナトリアの一件で大きく巻き返すことには成功したが、元々が劣勢だったところを押し戻したに過ぎない。


 フィルの存在がその要ではあるが、フィルとて帝国から領地を預かる身。帝都で弾劾裁判にかけられた時のように、何か重大な落ち度があれば罷免に追い込まれることも有り得なくはない。

 傷が浅いうちに、ここは相手の言い分を飲み、改めて法廷で白黒つけるのが良いかとユーリアスも考え始めていた。


「ユーリアス様、私もパエラちゃんを引き渡すのには反対です。裁判までの間に、もしもパエラちゃんの身に何かあったら、取り返しがつきません。どうか、ご再考を」

 リネアがフィルを宥めてくれるのを期待したユーリアスだったが、リネアは真っすぐにユーリアスを見つめてそう言うと、深く頭を下げた。


 しばらく黙って考えていたフィルは、ちらりと横に座るリネアたちに目を向け、何か決意したように表情を引き締めた。

「…兄様、仰せの通り帝国の法は魔族に対して不利です。わたしは、パエラの身に帝国の法が及ばないようにしたいと思います」

「それは、パエラを魔王国領に逃がすということかい?」

 フィルは、軽く笑みを浮かべて首を横に振る。


「どうしてもパエラを引き渡せというのであれば、わたしは、サエイレムの全軍をもって、帝国に宣戦を布告します」

 パエラを守るため、帝国と戦争をする。フィルは確かにそう言った。

次回予定「招かれざる客」

サエイレムと帝国の間に戦争が起こる?

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