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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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玉藻のお説教 前編

章が少し長くなりましたので、前後編にしています。

「フィル様、お待ちしておりました」

 鍛冶工房で大刀の注文をしたフィルとエリンは、フラメアが待つ衛兵詰所を訪れていた。

「フラメア、待たせた?」

「いえ、大丈夫です。早速ですが、こちらにお着替えを」

 街を歩くのに目立たないよう兵士の格好をしていたフィルは、詰所の一室を借りてフラメアが持ってきた総督の衣装に着替える。

「エリン、いい買い物はできた?」

「もちろん。使ってみるのが楽しみだわ。フィル様、妲己との稽古、お願いしますね」

 フラメアの問いに、明らかにテンション高い様子のエリン。フィルは仕方なさそうに頷いた。

「わかったわ。…闘技大会に向けて、妲己にもわたしの身体になじんでもらわないといけないしね」

 …自分で言い出したこととは言え、少しはのんびりもしたいと思う今日この頃である。


「さて、フラメア、どんな作戦でいきましょうか。相手の言い分はどう?」

「はい、やはり税率引き上げに関するものですが、魔族、エルフォリアの旧領から移転してきた新市民、サエイレムの旧市民、それぞれの扱いについてです」

 ふむ、とフィルは手を顎に添える。

「わたしがエルフォリアの旧領から移住した市民を優遇するかもしれない、前領主と同様に面倒な魔族を放置するかもしれない、そういうこと?」

「はい、そうなれば一番割を食うのがサエイレムに元からいた市民です。特にこの街は、大河ホルムスを利用した南方諸地域と帝国本国との間の物資の中継地。これまで税率が安かったこともあり、大きな利益を得ている商人も多いですから、余計に自分たちが狙われるのではないかと心配なのでしょう」

 フラメアは手元の書字板を確認しながら答える。


「お金があるなら、ケチケチしないで欲しいものだけど…だからって、彼らだけに負担の押し付けはできないわね」

 帝国の法では、税は商会の本拠がある属州で課税される。今はサエイレムを拠点にしている商会も、サエイレム属州以外に本拠を移せば、これまでどおりサエイレムを中継地として利用しながらでも、税はそちらに払うことになる。

 実際、そうした租税回避は他の属州でも行われており、目立った収入源のない属州では、税率を他領よりも安くして、商会の本拠を受け入れることで税収を確保している例もある。


「彼らもサエイレム属州から他領へ本拠地を移せば余分な経費がかかりますから、望ましい事ではないでしょうが、税率次第ではそうする商会も出てくると思われます」

「かと言って、エルフォリアの旧領から移住してきた住民や魔族たちは彼らほど豊かなわけじゃないわ。先の戦争の被害も魔族街の方が大きいし。どうしても商人たちから相応の負担を引き出さないと、サエイレムの財政は厳しいわね」

 フィルの配下、エルフォリア軍約1万の兵力を維持する経費負担は大きい。だが、属州総督に強大な権限を与える代わりに、平時において帝国本国から属州への金銭的支援はなく、財政面の悩みの種であった。


(フィルよ、そのあたりの交渉は、麿に任せてくれまいか?)

 フィルの頭の中に、玉藻の声が響いた。

「何か良い方法があるの?」

(うむ。麿も税収の確保には苦労したものよ。)

 少し苦い口調で玉藻は言う。


 彼女の時代、平安後期の日本において、土地は、国が支配する『公領』と有力な貴族や寺社など特権階級の私有地である『荘園』に分かれていた。公領の土地は個人での所有が認められていたが、代わりに所有する土地に応じて税が徴収され、国の収入となる。しかし、政治を担う有力貴族たちは、自分達に有利になるよう荘園からは直接税を取ることができない制度を創設してしまう。そのため、税負担が重くなると、公領に属する土地持ちの者たちは税を逃れるため、有力貴族や大寺院の荘園に土地を寄付した。

 そうして、荘園が拡大した有力貴族の収入は増え、公領が減った国の税収は減るということが起こっていたのである。


(麿の国とは制度が違うが、任せておけ。要は、商人どもが不公平に思わず、納得するような形で負担を引き出せば良いのじゃろう?)

「それはそうだけど…」

「あの、フィル様、先ほどから何をブツブツと…?」

 フラメアが不審げにフィルの顔を見ている。

「フィル様、妲己が何か言っているのですか?」

「あ、いや妲己じゃなくてね、もう一人いるの。…いいわ。代わるから、話してみて」

 フィルは、そう言って意識を手放し、代わりに玉藻を受け入れた。すうっとフィルの瞳の色が黒く変わる。

「エリンとフラメアじゃったな。麿は玉藻。フィルの中におる九尾…いや、神獣の意識の一人じゃ、よろしく頼む」

 瞳の色以外の姿はそのままに、口調と雰囲気が大きく変わったフィルがそこにいた。


「エリン・メリディアスだ。お初にお目にかかる。玉藻、どうぞよろしく」

 フィルの中の妲己の存在を知っているエリンは、さほど驚かない。

「エリン、これはどういうこと?!フィル様じゃないの?!」

 急に口調が変わり、玉藻と名乗ったフィルに、フラメアは混乱している。

「フラメア、落ち着け。フィル様の中には、フィル様と同じように過去に神獣と同化した者の意識が残っている。私は妲己は知っているが、この玉藻とは初対面だな」

 エリンは、いつも冷静なフラメアが珍しく慌てる様子に少し優越感を感じ、得意げに説明する。

「麿は妲己のような武人ではないが、かつては帝…この国の皇帝のようなものじゃが、その妃じゃった。帝を補佐して政治にも関わっておった」

「…失礼しました。フラメア・クレスティアです。サエイレムの財務官に任じられております」

 まだ疑わし気な様子ながら、フラメアも玉藻に挨拶する。


「玉藻…フィル様があなたに身体を委ねているということは、今回の件、あなたに相談せよとのことでしょうか?」

「左様じゃ。フィルは歳に似合わぬ賢い娘じゃが、金の駆け引きをするにはいささか経験が足りぬ。今回は麿に任せるよう言っておいた」

 玉藻は、少し目を細めてフラメアを見つめる。

「交渉は麿が引き受けよう。心配なら、麿の策を聞かせても良いが?」

「ぜひお聞かせください」

 自信ありげな玉藻の様子に、フラメアは少し身を乗り出す。

「うむ…商人どもから負担を引き出すのに、必ずしも全て税で負担させる必要はない。それに、今後のことを考えれば、彼らにも飴を与えておく必要がある」

 玉藻の話に、フラメアは次第に引き込まれていった。


「総督閣下、ご足労頂いて大変申し訳ございません。サエイレムの商業組合の代表をさせて頂いております、バレン・レバノスと申します」

 商業組合の一室に通されたフィル=玉藻の前には、40代くらいと思われるがっちりとした体格の男が跪き、そしてその後ろに並んで同じように跪く4人の男達がいた。

 玉藻の後ろには、エリンとフラメアが立っている。

「顔を上げてください。わたしがこの度、サエイレム総督に任じられたフィル・ユリス・エルフォリアです。若輩の身、不安に思われることがあるでしょうが、どうぞよろしくお願いします」

 にこりと微笑み、玉藻は言う。口調はフィルのものを流暢に真似ていた。

「はっ!勿体なきお言葉。サエイレムの商人一同、閣下に協力し、町の発展に一層尽力することをお約束いたします」

「お言葉、嬉しく思います」

 玉藻は笑みを絶やさず頷くと、少し首をかしげた。

「本日は、わたしに陳情があると伺っているのですが?」

「はい。それでは、どうぞこちらへ」

 バレンは、すっと立ち上がると、室内に置かれたテーブルへと3人を案内した。分厚い一枚板から削り出し、丹念に磨いて木目を浮き立たせた、シンプルながら大変高価な品である。


 細長い長方形のテーブルの周りには、一番奥の短辺に1脚、長辺に沿った両側に片側6脚づつの椅子が置かれている。

 玉藻は一番奥の椅子に着き、玉藻から向かって左側にフラメア、右側にバレン以下5人の商人が並ぶ。護衛役のエリンは椅子には座らず、玉藻の右斜め後ろに立っていた。

 すぐに飲み物が運ばれる。同じポットから全員分を注ぎ、使用人がテーブルに配っていく。

 まずホストであるバレンが口を付けて見せ、続いてフラメアが飲む。フラメアが小さく頷いたのを見て、玉藻も飲み物を口に含んだ。

「閣下、私どもからお話したいのは、今後の税負担に関することでございます」

 バレンは、率直に切り出した。

「この度、サエイレムは帝国の属州となりました。帝国本国への上納、魔王国国境の警備と、これまでよりも経費負担が重くなることは承知しておりますが、なにぶん、我々の商売も先の戦争の影響から立ち直っておりません」

 玉藻は黙ったままバレンに視線を向け、先を促す。


「当面、税率は以前のまま据え置きとして頂くようお願いいたします」

 しばらく、玉藻はじっと黙ったままバレンを見つめている。そして、仕方なさそうにフラメアに視線を向けた。

「フラメア、税率を据え置くことは可能ですか?」

「総督、それでは全く税収が足りません」

 フラメアは、そう答えて厳しい視線でバレンを睨む。

「それは困りますね…レバノス殿、どうにか負担をお願いできないでしょうか?」

「閣下、我々とて心苦しいのですが、難しいと言わざるを得ません」

 バレンは、玉藻の様子に手応えを感じていた。

 部下の財務官はさすがに厳しいが、総督は本国育ちのお嬢様。税率据え置きの可否を我々の目の前で部下に尋ねる時点で、街の財政状況などまるで理解していないと見える。

 ようやく戦争が終わり、商売を拡大するチャンスなのだ。ここで魔族や移住してきた者たちの負担まで押し付けられてはかなわない。総督は、魔族にも人間と同様の権利を認める方針だと噂されているが、むしろ、街の経済を支えている我々を優遇してもらいたい。バレンはそう思っていた。

次回予定「玉藻のお説教(後編)」

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