表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
124/489

パエラ捕物帳

街に残ったパエラも頑張ります。

 フィルたちが山へ向かった翌朝、パエラは建ち並ぶ家々の屋根を移動していた。


 街の大通りには、すでに闘技場へと向かう人の列ができている。

 昨夜、ユーリアスの指示で、皇帝の近習と近衛軍団、そしてアルテルメの代官と主要な役人が集められ、住民を闘技場に避難させる方法について会議が開かれ、夜明けから実行されたからだ。


 メリシャが予知した噴火の発生時刻までは、ほぼ一昼夜しかない。

 保養地であるアルテルメには上級貴族も多く滞在していたが、時間を無駄にしてはならぬという皇帝の厳命により、貴族たちも一般の市民と同様に避難させられることになった。


 しかし、闘技場へと向かう人々の歩みは、彼らの気持ちを代弁しているように遅々としていた。…正直言って街の人間たちは、避難に乗り気でない。皇帝の指示だから従ってはいるものの、強制的な避難に不満を持つ者がほとんどだったのである。

 

「バカみたい。…自分達の命がかかってるのに」

 屋根の上で足を止めたパエラは、眼下の人々を冷めた目で見つめ、ぼそりとつぶやいた。


 確かに、前の噴火は300年も前。それ以来、噴火なんて起こっていなかったんだから、本当に噴火するのか疑うのも仕方ないところはある。しかし同時に、人間たちはどうしてこんなにも危機に対して鈍感なんだろうと不思議に思う。

 噴火はともかく、地揺れは何度か起こっていると聞いた。普段と違う出来事が何度も起こっているのに、自分の身が危険だとは思わないのだろうか。


「そんなこと考えても仕方ないか……フィルさまたちも、今頑張ってるんだもんね」

 パエラは軽く首を振りながらつぶやいた。人間たちがどうあろうと、ヴィスヴェアス山に向かったフィルたちはもちろん、パエラと同じく街に残ったエリンやユーリアスも頑張っているのだから、パエラも怠けるわけにはいかない。


 エリンとパエラにユーリアスが頼んだのは、避難命令が出された地区の巡回だった。

 逃げ遅れた者や、避難命令に従わない者がいないか…こうして屋根の上から見回るのだが、むしろ懸念されたのは、避難の混乱に乗じて略奪を働く者がいるであろうことだ…。

 エリンも今頃、愛馬ゼラを駆って別の地区に向かっているはずだった。


 パエラは、建物の屋根から屋根へと跳んでいく。8本のしなやかな脚が生み出す跳躍は、軽く10メートル以上を一気に跳び、街の様子を見回っていく。

 足元の街に人の気配はない。離宮から一番近いアルテルメの北地区。裕福な者の邸宅や貴族の別荘が多い高級住宅街だが、ヴィスヴェアス山から距離的に近いことから、街の中でも最も早く避難命令が出された一帯だ。

  

「…ユーリアス様の心配したとおりだね」

 苦々し気に言ったパエラの視線の先には、家人が避難して無人となった屋敷に押し入る男たちの姿だった。

 

 軽やかに跳躍したパエラは、男たちが押し入った屋敷の上に降り立った。

 中央に広い中庭を持つ構造の屋敷の中では、何かを引っ繰り返すような音が断続的に響いている。先程の連中は略奪犯で間違いなさそうだ。


「さて、いっちょやりますか」

 パエラは、自分の両腕に銀色に光る糸をまとわせた。犯罪者とは言え、できれば殺さない方がいいが、見せしめに手足の一本くらいはかまわないとユーリアスから言われている。


 ヒュン!

 パエラが軽く指を動かすと、銀色の糸が鞭のように空中を舞った。屋根の上に伸びていた庭木の太い枝が、きれいな断面を見せて屋根の上に転がる。この銀色の糸は、いつも使う粘着糸ではない。帝都でリネアとメリシャが被っていたベールの材料となった細く強靭な糸だった。

 鉄より軽く、鉄より強靭、かつ細さは人間の髪の毛ほど。布にすれば向こうが透けるほどの薄衣が剣を受止め、糸のままで使えば、研ぎ澄まされた刃となる。

 

 糸の感触を確かめて、パエラは自信ありげに頷くと、屋根の上から音もなく中庭へと飛び降りた。


「盗賊のみなさーん、大人しくしてくださーい。略奪行為は皇帝陛下の命令で禁止でーす」

 わざとらしい明るい声でパエラは言った。

「大人しく捕まれば痛くしませんよー」


 声に気付いて、バラバラと屋敷の中から男たちが出てくる。その数5人。全員が人間だった。だが、薄汚れた衣服をまとっている割に体格は良い。元々から盗賊だったのか、剣闘士か兵士だったのが失職したか…そのあたりだろう。

「ほぅ、アラクネ族がこんなところにいるとは珍しい」

 一番体格が良く、腰に剣を下げた男が言った。この男がリーダーらしい。アラクネ族を知っているということは、先の戦争に参加した兵士である可能性が高いか…


「へぇ、あたし達のこと知ってるんだ」

 リーダーに目を向け、パエラは口角を上げる。

「だったら、大人しく捕まった方がいいってこともわかるよね?…他にも見回りしなきゃいけないんだから、手間かけさせないでよ」

 5人の男たちを前にしてもパエラは勝てる自信がある。…否、すでに戦いにすらならない状況をパエラは作り上げていた。


「おい、相手は一人だ。魔族でも恐れる必要はないぞ」

 ありきたりなセリフを吐いて腰の剣を抜こうとしたリーダーの手が、不自然に止まった。剣の柄を握った手首にヒヤリとした違和感を感じたからだ。

 少し離れたパエラは、自分の方を見て笑いながら、人差し指を軽く立てている。


「はい、まずは一本」

 クイッとパエラが指を曲げた。瞬間、男の手首に冷たい感覚が走り、続いて激痛が男を襲った。


「…っ!…ぎゃぁぁぁ!」

 絶叫を上げて身をよじる男の視界に、剣の柄を握ったままの自分の手が見えた。…そして、その手はすでに自分の腕には繋がっていなかった。

 パエラの糸が、一瞬にしてリーダーの手首を切り飛ばしたのである。しかも、腕の切断面の少し上を強く縛り、止血まで行っている。一応、殺すなと言われているから仕方ない。


「これでもう剣は使えないね」

 笑みを絶やさずに言うパエラに、残りの男たちは戦慄する。


 パエラがまた軽く指を動かすと、残りの男たちの腕や足に軽い痛みが走った。よく見れば、銀色の光を放つ細い細い糸が、男たちの腕や足に絡みついている。その糸が触れている所から、ぷくりと血の玉が浮いていた。

 リーダーの腕をいとも簡単に切断したのがこの糸だと気付いて、男たちの顔が固まった。


「さ、どうするの?大人しく捕まるか、抵抗するか、今すぐ決めてくれない?」

 一人の男が、手にしていた棍棒を降ろし、そのまま地面へと投げ捨てる。他の男たちも即座に武器を捨て、命乞いをするようにパエラの前に膝を折った。


 粘着糸で縛り上げた男たちを屋敷の門前に転がして、パエラはそのまま見回りに戻った。捕縛した男たちは、避難民の誘導が一段落したらアルテルメの警備隊が回収してくれる手はずだ。


 屋根から屋根へと飛び移りながら、パエラは人影がないか、物音がしないか、路地や家々の様子に気を配っていく。


 と、今度はパエラの耳に子供らしい泣き声が聞こえてきた。

「…親とはぐれた子かな…」

 パエラは、声のする方向へと向きを変えた。少し走る速さ落とし、声の主の姿を探す。

 このあたりかと屋根の上から、裏路地に飛び降りたパエラは、ゆっくりと当たりを見回した。


「見つけた…大丈夫?」

 石造りの門柱の影に座り込んでいる少女に向かって、パエラは手を伸ばした。

「誰…?」

 涙で濡れた目でパエラを見上げた少女は、お腹に白いボールを抱えている。


「確か…えーと…」

 その顔と白いボールには確かに見覚えがあった。なにしろ、そのボールは、パエラが少女にあげたものだからだ。


「蜘蛛のお姉ちゃん…?」

「クラウ、だっけ?」

「うん」

 フィルたちと街に出た時に、温泉の泉がある広場で出会った小さな兄妹、その妹の方だ。母親と兄はどうしたのだろうか?


「どうしてこんなところにいるの?」

 ここはあの広場から少し離れているうえに、避難先の闘技場の方向とも違う。

 一旦止まっていたクラウの涙が、また盛り上がってきた。パエラの手を力いっぱい握って、涙を拭うこともせず訴える。


「クラウ、攫われたの!悪い奴から逃げてるの!」

「攫われた?」

 パエラは驚いて繰り返す。クラウはこくりと頷く。


「クラウ、攫われたって、どういうこと?」

「クラウね、母さんや兄さんと一緒に闘技場に向かうところだったの。偉い人の命令なんだって…だけど、人が一杯で、途中ではぐれちゃって…」

 家族とはぐれたクラウは、人込みから逃れるように路地に入った。そこで、たむろしていた魔族の男たちに出会ったのである。

 一緒に探してくれるという男たちについていったクラウは、住民が逃げた後の家のひとつに閉じ込められたところで、初めておかしいと気が付いた。

 彼らは、夜を待って街を出て南の港町に向かい、そこでクラウを奴隷として売る、サエイレムへの船賃にする、などと言っていたらしい。


「こんな小さな子を奴隷になんて…っ!」

 パエラは小さく舌打ちした。クラウを攫った連中は、おそらくこの街の貴族か商人に買われていた魔族の奴隷だろう。

 避難のどさくさに逃げ出し、南の港町ロンボイからサエイレムへ向かう船に乗る金を得るために、たまたま見つけたクラウを売ろうとした、そんなところか。


 彼ら自身、戦争のどさくさに故郷から連れ出され、奴隷として売られた身のはず。それには同情する。でも、この非常時に、しかも何の関係もない人間の子供を自分たちと同じように奴隷に売ろうなど…そんな連中がサエイレムに来たとしたら、フィルはどう思うだろうか。


「お姉ちゃん…?」

「クラウ。怖かったね…でも、よく一人で逃げてこれたね」

「あのね、夜まで寝るって言って、みんなお酒飲んで寝ちゃったから、窓から逃げたの」


 呆れた。そりゃ夜になったら逃げるために昼のうちに隠れて仮眠をとろうというのはわかる。だが、人質を縛りもせずに寝てしまうなんて、あまりにも杜撰。クラウを攫ったこと自体、思いつきだったのかも。だからと言って、許されるわけではないが。


「クラウはすごいね」

「えへへ」

 ようやくクラウが笑顔を浮かべた。

次回予定「不信の兆し」

噴火や避難への不安と不満が蔓延するアルテルメ。魔族たちも全ては善人というわけでもなく…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ