行動開始
噴火から街を防ぐため、フィルたちは行動を開始します。
メリシャが『見た』、みんなが助かる未来。
それは、意外にもシンプルというか、力づくの解決法だった。
ティフォンの吐くブレスで、街を飲み込もうとする焼け石や火山灰をヴィスヴェアスの山ごと吹き飛ばす。メリシャが見たのはそんな光景だった。
「私に、そんなことができるのでしょうか」
真っ先に不安げな表情を浮べたのは、当人であるリネアだ。
ティフォンとの戦いは本気の戦いとなる以前にフィルのボロ負け。リネアは自ら身を捧げてティフォンの代替わりをすることで、その力を受け継いだ。しかしその後、ティフォンの力を使うような事態は起こっていない。
つまり、リネアやフィルを含め、誰一人として神の長を倒したと言われるティフォンの本気の攻撃力を見たことがないのだ。
リネアは、ティフォンの記憶を探ることができるが、神々の陰謀によって『無常の実』として、わけもわからずティフォンの意識にされてしまった先代は、ティフォンの力を引き出す術を知らず、先々代ともなればその記憶は遥か彼方。それをすぐに理解するのは難しいだろう。
メリシャの話では、『見えた』ティフォンは、いつもの姿よりも更に数倍の大きさで、炎ではなく強烈な光の槍を吐いていた。そして、その側にフィルが寄り添っていたという。
メリシャが『見た』ということは、リネアはそれができるということだ。だが、メリシャの能力はその様子を『見る』だけで、どうすればそれができるのか、内面のことまではわからない。
「メリシャ、噴火はいつ起こるか、わかる?」
「うん…、たぶん、明後日の朝」
思ったより噴火までの時間は短い。
「それでは、今から市民を街の外へ避難させるのは無理だな」
難しい表情でユーリアスが言った。
アルテルメの人口は2万近い。今からの避難はフィルも無理だと感じていた。そうなれば、メリシャが『見た』とおり、リネアとフィルの力で噴火の被害を防ぎきる他にない。
「フィル様、メリシャの言うようなことが、本当にできるのですか?」
エリンの問いに、フィルはリネアと頷き合う。
「やるよ。メリシャが『見た』のなら、その方法は必ずある。まだ詰んでない」
「はい。私もメリシャを信じます」
力を込めて言うふたりに、エリンは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「…わかりました。フィル様、私も何か手伝わせて下さい。なんなりをご指示を」
エリンもパエラ同様、フィルたちを残して脱出するつもりなど微塵もなかった。
「兄様、わたしとリネアは、噴火の被害を防ぐ手立てを探ります。兄様は…」
「フィー、わかっている。街のことは僕に任せてくれ」
ユーリアスは、そっとフィルを制して言った。
皇帝と言えど自然の猛威には対抗できない。自分がなすべきこと、それは自らの影響力が及ぶ人間たちへの対策だとユーリアスは考えていた。
噴火が起これば街はパニックになる。我先にと逃げる者の馬車で道は塞がれ、迫りくる恐怖が人間同士を争わせ、混乱に乗じて略奪に走る者だって出かねない。全く愚かなことだと嘆いてみても、それが人間の性質だ。
フィルたちが街を守ってくれても、人間が自ら街を滅茶苦茶にしてしまったのでは意味がない。
「本当は、ゲストであるフィーたちも含めて守るのが僕の役目なんだが、…一番大変な役割を押しつけて、すまない」
「いいえ。お気になさらず……兄様、噴火を被害を防いだら、盛大にわたしの誕生日を祝って下さるのでしょう?」
悪戯っぽく笑うフィルに、ユーリアスも表情を緩める。
「もちろんだ。期待していてくれ」
そして、フィルたちは役割分担を決めた。
噴火から街を守る役目はフィルとリネア。そして、再び予知に頼らなくてはならない可能性に備えてメリシャも一緒に連れて行く。街の中で九尾やティフォンの姿を見せる訳にはいかないから、夜を待ってヴィスヴェアス山の麓まで移動するつもりだ。
アルテルメに残るパエラとエリンは、ユーリアスとともに住民への対策にあたる。
ユーリアスの配下は、帝都から連れてきた近衛軍団200と、少数の近習たちだけ。もちろん、皇帝の権限によりアルテルメの役人や警備兵達も動員するが、2万の住民たちがパニックになれば手が付けられなくなる。
そこでユーリアスは、噴火が収まるまで、全ての住民を1箇所に集めることを考えていた。場所は、帝国の街なら必ず造られている闘技場。おあつらえ向きに、アルテルメの中心市街には1万5千人を収容可能な闘技場がある。アリーナまで入れれば2万の収容も可能だろう。
こうしておけば、もしもフィルたちが噴火を完全に防ぎきれなくとも、街の外縁を呑まれるくらいなら人的被害は避けられる。1箇所に集めることで全滅する危険もあるが、街の中心部にある闘技場が被害を受けるような状況になれば、その時点でどのみち街は終わりだ。
「そろそろ行こうか」
日が暮れ、夕食をとったところで、フィルはリネアとメリシャに言った。ふたりとも、今後の行動についてはすでに理解している。時間は明日一日しかない。なんとしても、メリシャの『見た』未来にたどり着かなくてはならない。緊張した表情を浮かべるリネアに、フィルは笑いかけた。
「大丈夫。なんとかなるよ…わたしはリネアを信じる」
「はい。頑張ります」
リネアは、ぐっと両の拳を握り締めた。
フィルは、貴賓室のテラスで九尾の姿になり、リネアとメリシャを背に乗せた。
「それが、フィーの神獣としての姿か…」
こっそりと見送りに来たユーリアスが、金色の大妖狐の姿に目を見張る。ユーリアスには帝都で狐人になるところを見せているが、九尾の姿は初めてだ。
「九つの尻尾があるから、九尾と呼ばれています。何千年を生きた大妖狐です」
「とても美しいね。…いずれ僕も乗せてくれるかい?」
「はい。この次は、わたしが兄様をサエイレムにお招きします。その時にぜひ」
「それは楽しみだ。そのためには、まずこの危機をどうにかしないとな」
ユーリアスは、手を伸ばして金色の毛皮を軽く撫でた。
「フィル様、お気を付けて。リネアとメリシャも、危ないと思ったら逃げていいんだぞ」
「エリン様、私が危ない時は、この街がなくなる時です。そんなことにはさせません」
くすっと笑ったリネアに、彼女が竜であることを思い出してエリンは苦笑する。わかってはいるが、リネアの様子が以前とあまりにも変わらな過ぎて、最強の竜だという認識がなかなか定着しない。
「そうだったな……リネア、フィル様のことを頼む」
「はい。お任せを」
エリンの返事に、リネアは表情を引き締めて頷いた。
「パエラ、兄様とエリンの手伝い、よろしくね」
「うん、こっちのことは任せてよ。フィルさまたちも、頑張ってね」
笑って言うパエラだったが、一抹の寂しさは拭えなかった。
本当は、フィルたちと一緒に行って手伝いたい。火山が相手では、自分の力では何もできないこともわかってはいるが…
「パエラ、帰って来たら、一緒にパーティで騒ごうね」
「フィルさま…」
まっすぐに自分を見つめるフィルの眼差しに気付き、パエラは思い直す。…自分もできることをしよう。フィルが帰ってきた時、あたしも頑張ったよと胸を張って言えるように。
「うん。楽しみにしてる。せっかくすごい衣装も仕立ててもらったんだしね」
笑顔から影の消えたパエラに、フィルは安心して微笑んだ
「じゃ、行ってきます」
言い残してフィルは、夜空へと駆け上がった。
ユーリアス、エリン、パエラは黙ってそれを見送る。
「ふたりとも、すまないな。本当はフィーたちと行きたかっただろうに」
フィルの姿が夜空の闇に消えると、ユーリアスは、エリンとパエラに頭を下げた。
「陛下、そんなことはありません。フィル様と一緒に行っても、私では何の役にも立ちません。私は私にできることをするまでです」
エリンの気持ちもパエラと同様だった。
「エリンさまの言う通りだよ。ユーリアスさま」
屈託なく笑うパエラに、ユーリアスの頬も緩む。
「ありがとう。では、早速、これからのことを相談しよう。ついてきてくれ」
「御意」
「はーい」
ユーリアスに続いてテラスから室内に入るエリンとパエラ。
パエラは部屋に入る直前、一瞬だけ足を止めてちらりとヴィスヴェアス山を振り返った。
次回予定「地の狐、地の竜」
…ヴィスヴェアスの噴火が迫る。




