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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
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浴場における考察

離宮だけでなくアルテルメの街でも起こっていた幽霊騒ぎ。フィルたちは、その原因について考えます。

「ふー、気持ちいい」

 浴槽の湯に肩まで浸かったフィルは、浴槽の縁に頭をもたれさせて表情を緩ませていた。


 離宮の貴賓室に設けられた専用浴場は、市内の公共浴場ほど大きくはないが、それでも20人くらいが一度に入っても狭くないくらいの広さがあった。薄いピンク色の大理石で組まれた長方形の浴槽が中央にあり、奥のカスケードからサラサラと音を立ててお湯が流れ込んでいる。もちろん掛け流しの温泉だ。


 壁沿いには列柱とアーチで飾られた大きな窓が並んでいるが、外のテラスに程よい高さの腰壁が設けられており、外の光や風を取り入れつつも覗かれる心配のない造りになっていた。

 ちょうど夕暮れ時。外は少しづつ暗くなり始めていたが、浴場内はあちこちに焚かれたオイルランプで照らされ、立ち上る湯気と相まって幻想的な雰囲気を見せていた。


 浴場いるのは、フィルとリネア、メリシャとパエラ、そしてエリンの5人だけだ。本来なら入浴の世話をする使用人たちが付くのだが、今回の滞在ではユーリアスに頼んで遠慮してもらった。

 パエラやリネア、そしてメリシャも、自分たちの生まれたままの姿を人間の前に晒すのは嫌だろうと思ったからだ。それに、フィル自身、お風呂くらいは他人の目を気にしないで寛ぎたい。


「ねー、フィル、泳いでいい?」

「いいよ。ここでは特別ね」

 フィルの許可を得て、ばしゃばしゃと広い浴槽を泳ぎはじめるメリシャに、フィルの隣で湯に浸かっているリネアが苦笑する。


「メリシャ、泳ぐのうまくなったね」

「はい。暑い時期に、前庭の泉でモルエちゃんたちと遊んでいましたから」

 セイレーンたちと遊んでいれば、そりゃ泳ぎも上達するというものだ。フィルは、次の夏は自分も混ざろうかと考える。


「はぁ…このくらい広いと、入りやすくていいよ」

 パエラは浴槽の真ん中で、全ての脚を大きく広げ、蜘蛛の身体を浴槽の底にぺったりとつけていた。

 サエイレム総督府にある浴場は、ここよりだいぶ小さいのでパエラは脚を広げられない。そのため、人間用の浴槽の深さでは、十分に身体を沈めることができないのである。


 サエイレムの公衆浴場は、魔族でも人間でも入って良いことなっているが、サエイレムにいる魔族の大半は狼人や狐人といった、人間に近い形態の獣人だ。蜘蛛の身体を持つパエラが落ち着いて入れる場所ではない。蛇の身体を持つテミスたちラミアも同様だ。


「近いうちに、総督府のお風呂も何とかするよ。今のままじゃ、テミスたちも窮屈だし」

「ほんと?フィルさま、ありがとう」

 領主館からの転用のため、人間サイズで造られている総督府は、魔族にとっては窮屈だ。魔族を招くことが多くなった迎賓館は改築し、総督府も部分的に改装して凌いではいるものの、帰ったら本格的な改築か、建て直しを考えてもいいだろう。

 その時には、パエラたちも気兼ねなく入れる大きさの浴場も設けることにしよう。浴場は帝国発の文化として魔族にも広めたい。一種の娯楽でもあるし、身体を清潔にすることは疫病などの防止にも繋がる。


「それにしても…」

 フィルは、じっとパエラの身体を見つめる。その視線は顔より下、肩より下へ…

「ん?フィルさま、どうしたの?」

 フィルの視線に気付き、パエラは不思議そうな表情になった。


 わかってはいた。わかってはいたのだが、こうして見るとやはり気になる。

 同性のフィルから見ても、パエラはかなりスタイルがいい。ゆったりめの服に隠されて、普段はあまり目立たないが、お椀型に形よく張った胸に、引き締まった腰回り。肌は白く滑らかで、程よく筋肉もついている。


「…パエラの身体、きれいだよね。胸も大きいし…」

「ちょっ、…そんな風に見られると恥ずかしいよ」

 しげしげと見つめるフィルの視線に気付き、慌ててパエラは腕で胸を隠す。


「…それに引き換え…」

 フィルはため息混じりに自分の身体を見下ろした。九尾の力を得てほぼ不老不死になってしまった以上、この起伏の乏しい身体は……たぶん、何百年たってもこれ以上成長しないんじゃないだろうか。


 隣を見れば、リネアもなかなかに良いものをお持ちだ。リネアとは同い年のはずなのに、……解せぬ。 

 この格差はどういうことだろう。狐人族は獣耳と尻尾以外、人間と見た目の違いはないのではなかったのか。

「あの…フィルさま?」

「ううん。わたしのだからいいの」

「?」

 でもリネアの胸は、顔を埋めると柔らかくて温かくていい匂いのするフィルの癒しである。だからこれは良し。リネアの胸はわたしのもの…フィルは一人で納得してうんうんと頷く。


「フィル様、大きな胸など戦うのに邪魔で仕方ありませんよ」

 浴槽に入ってきたエリンが言う。だが、言葉に反してエリンの身体もなかなかにけしからん。どちらかというとスレンダーな感じではあるが、それでも慎ましやかとは言えない起伏である。

「いつもは布をきつく巻いて動かないようにしていますが、それはそれで息が上がりやすくなるので困ります。ないならない方がいいです」

 きっとそれはエリンの本心なのだろうが、フィルとしては素直に納得しかねる。いらないのなら、譲ってくれないだろうか…。


 率直に言ってフィルの女性としての身体の成長具合は、ここにいる5人の中で下から2番目。…下を見ればメリシャしかいない…しかも、それすら盤石ではなく、あと10年もすれば逆転されている可能性が高い。

 ぷくぷくと浴槽に顔を沈め、周りに恨めしそうな視線を向けるフィルに、皆不思議そうに首をかしげた。


「…さて、それはそれとして…」

 ぱしゃんと顔を洗って気を取り直し、フィルは浴槽の縁に腰掛けた。

「離宮や街で起こってる幽霊騒ぎ、どう思う?」


「正直、見当もつきません。ただ、フィル様が陛下に仰ったとおり、人の仕業ではないように思います…」

「あたしも、人間には無理だと思うなぁ」

 リネアの答えにパエラも同意する。


「街の騒ぎも全て人間の仕業だとすれば、相当な数の人間が関わっていることになります。それはさすがに考えられません」

 エリンの答えに、フィルは軽く目を細める。

「だとしたら、本当に幽霊ってこと?」

 フィルの質問に呼応するように、するりと妲己と玉藻が姿を現した。


「幽霊にも無理よ。だって、妾たちは物に触れられないんだもの」

「そもそも、人の魂が依り代もなくこの世に留まっていられるものか。麿や妲己も、九尾とティフォンに居候しているからこそ、こうしていられるのじゃ」

 幽霊自身に幽霊説を否定されては、納得せざるを得ない。


「でね、単なる偶然…ってことはないでしょう?…これだけの数起きているのが本当なら」

「人間でも幽霊でもないとすると……何かしらね」

「気になるのは、リネアとパエラが感じた、嫌な感じの正体じゃが…」


「それなんだけどさ…」

 黙って話を聞いていたパエラが口を挟んだ。

「人間には聞こえない音みたいなもの…細かい空気の震えじゃないかと、あたしは思うんだけど」


「空気の震え?」

「うん。音がすれば空気が震える、何かが動けば空気が動く、あたしの糸はそういうのを感じるの。あたしやリネアちゃんが感じたのに、フィルさまやエリンさまが感じなかったのは、多分人間の耳には聞こえない音のようなものだったんじゃないのかな」

「はい。狐人の耳は人間よりも敏感です。……私が感じたのが音と言っていいのかわかりませんけど、パエラちゃんの言う通り、それに近いもののような気がします」

 パエラの指摘に、リネアも頷いた。


「なるほどね…」

「けど、あたしには、それと幽霊騒ぎがどう繋がるのか、わからなくて……」

 パエラは少し声を落とした。

「いいんだよ。パエラは大事な手がかりを見つけてくれたんだから。ありがとう…その続きを考えるのは、わたしの役目だよ」


「フィル、リネア、今夜、少し付き合ってくれんか?」

 話が途切れたところで玉藻が言った。その表情は真剣だった。


「付き合うって、どこへ行けばいいの?」

「確認したい場所がある。リンドニアで森を調べている時にも言ったが、少し気になっていることがあっての。…だが、まだ確証がない。今夜、確かめてから皆に話をしたい」

 フィルが、伺うように妲己に目を向けると妲己も頷いた。


「わかった。わたしがリネアを乗せて飛ぶよ。さすがに、ここでティフォンの姿は目立ちすぎるから」

「すまんの。…麿の思い過ごしならいいのじゃが」

 いつもの澄ました様子とは違い、珍しく気弱な声で言った玉藻に、フィルも不安げに顔を曇らせた。

次回予定「玉藻の心当たり」

確かめたいことがある、と言う玉藻。その行先とは…?

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