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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
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幽霊の噂

街歩きを続けるフィルたち。しかし街でも小さな異変が起こっていた。


明けましておめでとうございます!

 やがてお昼。フィルたちは、軽食でもとろうと近くの食堂を覗いた。バールと呼ばれる、庶民相手に軽食を売る店である。


 店の中には、レンガで造られたL字型のカウンターがあり、そこに幾つも大甕が埋め込まれている。大甕の中に作り置きの料理が蓄えられており、注文に応じてそのまま、または小鍋で温め直して提供される。

 壁際にはパンが積まれた棚と、ワインを保管するアンフォラと呼ばれる素焼きの壺が並んでいた。


 店内には、テーブルと椅子が並べられており、何人かの客が食事をしている。

「ここにしましょうか」

 フィルはユーリアスを振り返る。


「フィーたちはここでいいのかい?貴族たちの間で評判の良い店を、幾つか知っているが」

 明らかに庶民相手の店の様子に、ユーリアスは心配そうに言った。見る限り不衛生というわけではなさそうだが、店内はざわついており、客が食べている料理もプルスと呼ばれる麦粥や、串焼き、野菜のマリネ、チーズ、オムレツといた簡単なものばかりだ。


「いいんです。わたし、あまり堅苦しいお店は苦手なんです。ね、リネア」

「はい。ユーリアス様、サエイレムでも、フィル様は街に出ると普通の市民に交じって食事をされています。…それに、貴族の方々が使う店に私達が入れば、不快に思われる方々がいらっしゃるのではありませんか?」

 リネアの言葉に、ユーリアスはハッとした。庶民の店ならともかく、金持ちや貴族が入るような店に魔族である彼女たちを連れて行ったら、きっと不愉快な言葉を投げつけられるだろう。


「それは……すまない、リネア。気遣いが足りなかったようだ」

「ユーリアス様、お気になさらないでください。今はまだ仕方のない事です。私は見知らぬ方々から何を言われようと、気にしませんが…」

 淡々と言うリネアだったが、その目はユーリアスをまっすぐに見つめていた。何を言われても自分は気にしない。けれど、リネアやパエラに不躾な言葉が投げつけられれば、フィルが怒り、悲しむ。リネアの目は言外にそう言っている。

「わかった。では、ここに入ろうか」

 ユーリアスもそれ以上は言わず、一行は店に足を踏み入れた。


「私が適当に買って参ります。フィル様たちは席を確保しておいてください」

「わかったわ。エリン、よろしく」

 昼時となり、店には次々と客が入ってくる。フィルたちは、空いていたテーブルのひとつを囲んで座った。しばらくすると、大きなトレイに料理や飲み物などを載せてエリンが戻ってくる。


 テーブルに置かれたトレイに全員の視線が集まった。料理はこれといった特別なものではないが、料理が盛られた皿が…。

「見事に揃っていませんね」

「しかも、端が欠けているものもあるわね」

 いくら庶民向けの店とは言え、料理を盛る皿や飲物のカップは、ある程度揃いの物であるのが普通だ。客への礼儀という以前に、大きさや形状がバラバラなものを使っていては、たくさんの食器をしまっておくのに不便だからだ。

 それに、店構えや店内の様子からすると、庶民相手とは言え、欠けた器で料理を出すような程度の低い店だとは思えないが。


「申し訳ありません。どうやら食器が足りず、方々からかき集めてやりくりしているようで、店主からも謝罪を受けました」

「まぁ、別にいいけど…器が足りないって、大きな会食でもあるの?」

 歯切れの悪いエリンの答えに、フィルは首を傾げる。


「いいえ…どうやら、ここでも夜の間に食器が割られる事件があったようです」

 エリンは、声をやや落として言った。

「それは、離宮と同じことが街の中でも起こっているということか?」

 ユーリアスの問いにエリンは頷き、一体、何が起こっているのか…と困惑した表情を浮べた。


 とりあえず食事を終えて店を出たフィルたちだったが、少し歩いたところで、今度は白い石造りの道が淡い赤色に染まっていた。数人の男たちが道に流れ出した液体を、手にした箒で排水溝に流し込んでいる。


「これは、ワインの匂いですね」

 立ち込める匂いに、服の袖で鼻を押さえながらリネアが言った。どうやら道に流れているのはこぼれたワインのようだ。なんて勿体ないと思いながら、フィルは原因となったらしい道端の店舗を見やる。ワインはこの店の中から流れ出している。


「これは、何があったんだ?」

 ユーリアスが近くの男に訊ねた。

「夜の間に、店に置いてあったワインの壺が倒れていたんだ。…一晩だからと、きちんと木枠で支えておかなかったのが悪かったみたいだ。だが、今まで倒れることなんてなかったんだけどなぁ…」

 ため息をつきながら、男は作業に戻る。


 ワインを入れておく壺アンフォラは、背が高くて底が尖った形状をしている。船に積む際や保管する際に、並べたアンフォラの隙間に尖った底をはめ込んで積み重ねられるように作られているからなのだが、平らな場所に置くときは座りが悪い。

 普通は、格子状に組んだ木枠で支えたり、地面に穴を掘って刺し込んだりして安定させるのだが、どうやらそれを怠ったらしい。でも、道に流れるワインの量を見ると、かなりの数が倒れてしまったようだ。

 …しかし、揺れる船の上ならともかく、屋内に置かれていた壺がそんなにたくさん、ひとりでに倒れたりするものだろうか。


 次にフィルたち一行が向かったのは、町はずれにある温泉の谷『アルブム・パラティヌス』。『白い宮殿」の意味をもつアルアルメの観光名所である。

 

 この温泉の谷は、白い石灰石の丘陵地が温泉の影響を受けてできた場所だ。緩やかにカーブした縁を持つ白い水盆が、段々畑のように重なり合い、その静かな水面に空を映している。


 石灰岩の成分を溶かし込んだ温泉水が、谷の上部から湧き出しており、谷の底へと流れ落ちる間に冷却されて石灰質が沈殿し、水の流れに沿って棚のような水盆を形成していったのだ。石灰の純白と空の青、水の透明度が交じり合った美しい景観は、まさに自然の作り出した芸術と言えた。

 階段状の水盆をデザインした中央広場の泉は、この風景をモチーフにしたものだ。

 

 だが…

「崩れちゃってるね」

 腕組みしながらパエラが言った。幾つかの水盆の縁が崩れたり欠けたりしており、漏れ出した温泉が谷底を水浸しにしていた。どうやら谷の上の方から転がり落ちた落岩が水盆を崩してしまったようだ。


 全体の景観を損なうほどではないし、いずれ自然に修復されていくのだろうけれど、谷の入り口に近い目立つ場所でそれが起こっているが残念だった。

 原因になったと思われる落石は、大人が一抱えするくらいの大きさであり、谷の中を通る道の脇に退けられている。


「自然の谷だから落石くらいあるんだろうけど、この前の地揺れの影響かな」

「フィルさま、どうも落石があったのは昨日の夜中みたいだよ。ここの管理人さんは、地揺れで不安定になった岩が、耐えられなくなって落ちてきたんだろうって言っていたけど」

 退けた落石の側にいた男性から話を聞き込んできたパエラが言う。

 落石はさすがに人の手で運べる重さではないので、今日中にもアルテルメから馬車と人夫を呼んで片付ける予定らしい。 


「…フィー、これはどういうことだろう?」

「兄様、そう言われましても、…わたしにもわかりませんよ」

 離宮に帰る道すがら、困惑した表情のユーリアスと、肩すくめるフィル。その原因は、離宮と同じ幽霊騒ぎの話だった。


 被害は大したことはない。食器が割れた、棚の物が落ちた、彫像が倒れた、など…誰かが怪我をしたり亡くなったという話は聞かなかった。だが、話は一つや二つではなく、また場所も街のあちこちに広がっている。

 ほとんどの出来事が、真夜中にいつの間にか起こっていたこともあり、事件の現場では、幽霊の仕業ではないかとの噂が囁かれていた。

  

「これだけの多さとなると、誰かの悪戯というわけではないでしょう。アルブム・パラティヌスの落石は自然現象だと考えた方がいいですし、その他の事件も人の仕業だとするのは、ちょっと…」

 フィルは顎に指先を添えて小さく唸った。

「そもそも、離宮の配膳室に忍び込んで食器を割るような悪戯をする者がいるとは思えません。捕まれば処刑だって有り得ますし」

 皇帝の使用する食器が保管された部屋に侵入するのは、食器に毒を仕込むなど皇帝を暗殺する意図があったと疑われる行為だ。実際の意図がどうであれ、捕まれば重罪は免れない。フィルの言う通り、処刑も珍しい事ではない。

 そこまでの危険を冒しながら、食器を割るだけなど、ちょっと考えられない。


「そうだね…あたしも侵入者はなかったと思うよ。配膳室のあたりは警戒してなかったけど、誰かが忍び込めば、音くらい捉えられたと思うし」

 頭の後ろで腕を組みながら、パエラが言った。

「パエラには、侵入者を見つけ出す能力があるのかい?」

 不思議そうなユーリアスに、パエラはあっさりと頷く。


「うん。ユーリアスさまには悪いけど、離宮の中にもこっそりあたしの糸を張らせてもらってるの。物音や誰かが動く気配はそれで探知できるよ。あたしはフィルさまの護衛だからね」

 護衛が自分の手の内を晒してはいけないんじゃなかろうか。フィルはパエラを横目に見る。まぁ、パエラも相手がユーリアスだから隠さず喋っているのだろうけど。


「なるほど。フィーの供回りがやけに少なかったから心配していたが、彼女おかげで警戒は万全というわけか」

「はい。パエラがいてくれれば、何も心配いりません」

 パエラは、少し照れくさそうに目を逸らしている。


「そういえば、リネアもパエラも、離宮で食器が割られた時、嫌な感じがしたって言ってたよね」

「嫌な感じ?」

 ユーリアスが不思議そうに聞き返し、リネアに目を向ける。

「はい。…重苦しいというか、怖いというか…何かを見たとか、物音が聞こえたとかじゃないので、うまく説明できないんですが…」

「そうか…だが、それだけでは何とも言えないな」


 フィルは、ピタと足を止めてユーリアスの顔を見上げた。

「兄様、リネアたちの話や、同じことが街のあちこちで起こっていることを考えると、やはり人間の仕業ではないような気がします。では、原因は何かと問われると、わたしにもわからないんですが」


「そうだな。今のところ大した被害はないが……何が起こっているのか、近衛の者たちに詳しく調べさせよう」

 ユーリアスは、軽くフィルの肩に手を置いた。

「フィーは心配しなくてもいい。面倒事は僕たちに任せてくれ。…フィーの誕生パーティは5日後の予定だ。それまで、気にせずゆっくりと寛いでくれればいい」


「はい。ありがとうございます。ゆっくりと温泉を楽しませてもらいます」 

 フィルはにっこり笑ってそう言ったものの、一度気になったものを放っておける性格でないことは、本人が一番良く分かっていた。

次回予定「浴場における考察」

街歩きから返ったフィルたちは、汗を流すため浴場へ。


※今年もご愛読のほどよろしくお願いいたします!

本作品は、現在進行中の第五部の物語をもって完結する予定です。

ぜひとも最後までお付き合いのほどを!

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