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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 フィルのお忍び旅
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家族と親友

フィルは、ずっと気になっていたリネアとの約束を果たします。

 リフィア滞在2日目。


 また早朝と言える時間だったが、フィルはリネアと一緒に、屋敷から少し離れた町外れに来ていた。

 フィルの腕には、小さな白い花が鈴なりに咲いた花束が抱かれている。


 ふたり並んで、ただ黙々と石畳の敷かれた道を歩く。道の両側は綺麗に整えられた草原と、柔らかな緑の葉を茂らせた広葉樹の並木。そこに、等間隔に白い石の碑が建ち並んでいた。…そう、ここは墓地だ。

 墓地の中心近く、広場のように空いた空間に、一際大きな墓碑が建っていた。


「フィル様、こちらが…?」

「うん。エルフォリア家のお墓。わたしの父様と母様がここに眠っているの」

 遠慮がちに尋ねたリネアに、フィルは小さく笑みを浮かべ、手にした花束を、墓碑の前にそっと置いた。


「リネア、一緒に挨拶してくれる?」

「はい、フィル様」

 2人は揃って墓碑の前に跪いた。フィルは、語りかけるように口を開く。

「父様、母様。フィルです。ずっとご挨拶に来ることができず、申し訳ありませんでした。父様と母様が眠る、このリンドニアの地をようやくこの手に取り戻すことができました。これからは、わたしがこの地を守ります。安心してください」


 そして、隣にいるリネアの手を握り、墓碑の前に掲げた。

「父様、母様、わたしの家族を紹介します。ここにいるリネアは、死にかけていたわたしを救い、いつも側でわたしを支えてくれました。わたしにとってかけがえのない家族です。…わたしは、これからずっとリネアと一緒に生きていきます。…わたしが、父様と母様がいらっしゃる場所へ行くのは、気が遠くなるような時の果てになると思いますが、どうかそれまで、わたし達を見守っていてください」


 続いて、リネアが口を開く。

「お義父様、お義母様、初めてお目にかかります。リネアと申します。フィル様は、独りぼっちだった私に手を差し出し、一緒に行こうと言って下さいました。家族になって欲しいと言って下さいました。フィル様は、私にとって誰よりも一番大切な方です。私は、これからずっとフィル様と一緒に生きていきます。これから歩むのがどれだけ長い旅であろうとも、その間に何があろうとも、私はいつもフィル様のお側にいることを誓います。フィル様のことは、どうぞ私にお任せください」


 しばらくの間、顔を伏せて祈りを捧げた2人は、どちらからともなくゆっくりと顔を上げた。


「リネア、ようやく約束を果たせた。…わたしの側にいてくれてありがとう。…これからも、ずっと、よろしくね」

 フィルの瞳は、少し潤んでいた。

「私の方こそ、フィル様の家族になれて、本当に嬉しいです。いつまでも側にいさせてください」

 リネアは、ふわりと微笑んだ。それは、フィルが一番好きなリネアの表情だった。


 …と、リネアの耳がピクリと震えた。

「フィル様…」

 リネアの視線が近くの木立の方に向いた。そして少し困ったような、恥ずかしいような表情になる。それに気付き、フィルも目尻を拭って、苦笑を浮かべた。

「怒らないから、出てきていいよ」

 立ち上がったフィルが声を掛けると、かさりと草を踏む音がして、木の陰からおずおずと出てきたのはメリシャだった。


 両親の墓行くことをメリシャには言っていなかった、まだ幼いメリシャに、一生の誓いのような事をさせるのは、さすがにまだ早いと思ったからだ。メリシャが成長して、それでもフィルの娘である事を望んでくれるのなら、その時でいいと思っていた。

 でも、リネアと2人だけで行く事を知ったらメリシャがどう思うか気後れして、結局、こっそりと出かけてきた。 


「ごめんなさい…邪魔しちゃった…?」

 少し俯きながら、遠慮がちにメリシャは言う。

「ううん。そんなことないけど…」

 フィルは首を横に振ったが、何と返事をしたらいいのか迷い、言葉が続かない。


「フィル!…メリシャもフィルのお父さんとお母さんに挨拶したい。フィルとリネアの娘になれて、すごく幸せだって伝えたいの」

「メリシャ…」

 フィルはメリシャを抱き寄せた。

「ありがとう。きっと父様と母様も喜んでくれると思う。挨拶、してくれる?」

 自分を見つめるメリシャに小さく頷き、フィルは、少し横に退いて墓の前を空ける。リネアもそっと後ろに下がった。

 

 メリシャは墓の前で膝を折り、胸の前で小さな手を組んだ。

「お爺ちゃん、お婆ちゃん、メリシャは、フィルとリネアの娘になれて、とても幸せです。メリシャの本当にお母さんはもう居なくなっちゃったけど、大好きなフィルとリネアが居てくれるから、寂しくはありません。メリシャは、ずっとフィルとリネアと一緒にいたいです…メリシャも大きくなったら、フィルとリネアのお手伝いができるように、頑張ります」

 まだ幼い子供とは思えない、しっかりした口調だった。そして、目を閉じて静かに祈りを捧げる。


「ごめんね。メリシャに黙って出かけて」

 謝ったフィルに、メリシャは再び抱きつく。そして、フィルのお腹のあたりに額を擦り付け、小さな声で言った。

「ちょっと、寂しかった。…でも、リネアはフィルの特別なんだよね?」

「うん。…リネアはわたしの特別。わたしの半身だから」

 フィルは誤魔化さずに答える。


「わたしも、サエイレムでリネアのお父さんとお母さんに挨拶して、リネアとずっと一緒に生きるって誓ったんだよ。だから、リネアをわたしの両親に紹介したかったの」

「そう、なんだね…」

 きゅっと、フィルの服を掴むメリシャの手に力が入った。

 メリシャはフィルもリネアも、どっちも大好きだ。けれど…フィルをリネアにとられたような、リネアをフィルに取られたような…その間で、自分だけが置いて行かれたような…そんな寂しさが胸に湧く。


 フィルは、くしゃりとメリシャの髪を撫でた。

「…わたしとリネアは、これから先、同じ道をずっと一緒に歩いていくと思う。だから、わたしの両親とリネアの両親にそう誓った。でもね、メリシャはもっと大きくなってから、自分でちゃんと考えて、色々な道を探せば良いと思うの。…それは、わたし達と同じ道じゃないかもしれない。わたしはメリシャに私の後を継いで欲しいと思ってるけど、メリシャがそれを望まないなら、それでもいいんだよ」


「メリシャは、フィルたちと一緒に歩いちゃいけないの?」

 大きく目を見開いて、フィルを見上げるメリシャ。その表情が不安そうに曇っているのを見て、フィルはメリシャの頬に手を添えた。


「そんなことないよ。メリシャが大きくなって、ちゃんと考えて、それでもわたし達と一緒に歩きたいと言ってくれたら、わたしはとっても嬉しい。…けれど、それは今すぐに決めなくてもいいことなの。時間はまだたっぷりあるんだから……それにね、もしメリシャがわたしたちと違う道を選んだとしても、メリシャはいつでもわたしたちのところに帰ってきていいんだよ。だって、メリシャはわたしたちの娘なんだから…ね?リネア」


「はい。メリシャ、先のことはゆっくり考えましょう。今はまだまだ、私達に甘えてくれて良いんですよ」

「うん…」

 メリシャの側にしゃがんで、リネアはメリシャの手をそっと握る。メリシャはフィルから離れ、今度はリネアの胸の顔を埋めた。


 その様子を見ていたフィルは、メリシャが隠れていた木立の方に視線を向ける。

「…パエラ、メリシャに付き添ってくれたんでしょ?」

「やっぱり、見つかってたかぁ…」

 するすると糸を伝って木から下りてきたパエラは、頭を掻きながらフィルに歩み寄った。

「メリシャが、すごく寂しそうにしてたから、つい、連れて来ちゃった…」

「ううん。黙っていたわたしが悪かったの。パエラ、ありがとう」

「……あたしも、ちょっと興味あったし」

 パエラは、少し上目遣いにフィルを見つめる。


「でも、あたしは挨拶とかいいよ。そんなの似合わないし…」

「パエラは、わたしの側にいるのが嫌?」

「そんな風に訊くのは意地悪だよ。…嫌なわけないじゃない。…でも、リネアちゃんやメリシャみたいに、家族になりたいかっていうと、ちょっと違う気がして……」

 パエラは、困ったような表情で、んーと小さく唸る。


「わたしはパエラのこと、やんちゃな姉妹みたいに思ってるけど?」

 パエラの顔を覗き込むフィルに、パエラは顔を赤くする。

「もう!…だから…そういうのが意地悪なんだって…なんていうか、…いつもみたいに、フィルさまと気安く喋っていられるのが、居心地良くて、あたしはそれでいいの」

「そっか。じゃ、パエラとは一生の親友ってことにしよう」

「え?」

「だって、わたしはパエラにずっと側にいてほしい。家族じゃなくても、ずっと親友とか相棒、そういうのでいようよ」 

「……親友…って、いいの?」

 フィルは、戸惑うパエラをずいっと両親の墓の前に押し出した。


「父様、母様、親友のパエラです。わたしの護衛をしてくれてて、困った時にはいつも助けてくれる、わたしの頼もしい相棒です!」

 宣言するようにフィルは言った。

次回予定「フィルの好物」

リフィアの名産を使ったフィルの好物とは…?

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