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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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魔族の統治

「ところでテミス様、前領主の時代は、魔族が住む側の統治をラミア族と狼人族で行っていたと聞きましたが、やはり人間の統治は受け入れ難いのでしょうか?」


 パティオを食べ終えたフィルは、テミスに質問した。テミスが総督の情報を欲しがっているように、フィルもラミア族のことを知りたい。

「ふふ、私達が総督に従わないのではないか、ということですか?軍団の誰かから、探りを入れてこいとでも言われましたか?」

 軽く笑い、テミスは聞き返す。

「い、いえ、…そういうわけではないのですが、やはり魔族の住む場所は魔族が統治した方がうまくいくのではないかと思ったので」

「どうでしょうか。人間は『魔族』と一括りにしていますが、種族が違えば考えも習慣も違います。人間と私達よりも、もっとかけ離れた魔族だっていますから」


 テミスは、戦争の時にやってきた魔王国の内陸に住む種族たちを思い出した。

 テミスがサエイレムの生まれで、人間が身近にいる環境で育ったというのもあるだろうが、それでも魔王国の魔族達は同胞どころか全く異質な存在に思えた。それに比べれば、まだ人間達の方が理解しやすい。

 帝国軍が魔王国軍を押し返したときには、正直、ホッとしたものだ。


「フィルさんは、他の魔族に会ったことがないのですか?」

「はい、わたしは猟師の見習いでしたから、父と一緒に、街から離れた森の中の山小屋で暮らしていました。サエイレムには、母やリネアに会いにたまに戻ってくるくらいで…」

 フィルは困ったような表情を浮かべながら、適当に話をでっち上げる。

「そうですか。…しかし、私達がどう思おうと、サエイレムは正式に帝国領になったのです。この街をどうするかは、総督の考え一つです。下町の魔族たちにとっては、人間の支配の方が良いのかも知れませんし」

 テミスはそう言って少し寂しげに微笑んだ。

「あの、テミス様…とても言いにくいのですが、ラミア族の人たちは、もっと怖い人たちだと思っていました。近所のおぱさんたちも、街を好き勝手にしているって、あまり良くは思っていないみたいで…でも、ちょっと違うのかな、と」

 テミスは、リネアの言葉に意外そうな顔をした。

「リネアさんには、さっきも怖い思いをさせてしまったと思うけど、ラミアが怖くはないの?」

「私は、ラミア族と同じように、人間も怖いと思っていました。でも、フィ…いえ、総督府で働くようになって、総督様やエリン様たちも親切にしてくれて…テミス様も、狐人族の私に何度も謝ってくれて…、あ、あの、私、何が言いたいのか…」

「リネア、落ち着いて。人間もラミアも、実際に会って話してみたら、怖くないってわかったってことでしょう?だから、大人たちはラミア族が街を好き勝手にしているって言っているけど、それも本当は良く知らずに言っているだけなんじゃないか、って思ったのよね?」

「そ、そうです!」

 フィルが代弁し、リネアがコクコクと頷く。とても仲の良い様子が微笑ましい。


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。…確かに、好き勝手していると思われる事もあったでしょうね。何をするにしても、どこかしらから不満は出るものですから」

 テミスは小さくため息をついた。

「それに、ラミア族にしても狼人族にしても、この街では力のある種族ですから、自分たちは他の種族より偉いと思ってしまう。…さっきの娘もそうだけど、そういう優越感はなかなか取り除けないのです」

「もしかして、前領主が放置した魔族たちの側の統治は、テミス様が行っていたのですか?衛兵の代わりに狼人族を使って」

 ラミアと狼人の取り合わせ、人間の組織で言う、文官と武官の関係だと思えばしっくりくる。

「…えぇ。ラミアの長である母を通してですが」

 フィルの問いにテミスは頷き、グラスに残ったワインを口に含む。


「狼人族に衛兵のような立場と権限を与えることで、あまり身勝手な振る舞いが出来ないように重しを付け、同時に治安維持にも利用する…か。なるほど…」

 ブツブツとつぶやくフィル。それを聞いたテミスは、変わらぬ口調で言葉を続ける。だが、その目は観察するようにフィルを見つめていた。

「えぇ。もしも狼人たちが魔族側だけでなく人間側でも暴れるようなことがあれば、領主との関係も悪化して、こちらには不利になりますから」

「確かに。人間側には害を与えず、魔族側でもきちんとした統治を行う代わりに、領主にも魔族の自治を黙認させるということですね」

「はい。人間と魔族、魔族の中ですら習慣や考え方が違います。人間側のルールをそのまま持ち込まれたのでは、うまくいかないこともありますから」

 テミスはテンポ良く言葉を返し、フィルの反応を引き出していく。


「なるほど。しかし、それぞれの種族の習慣を考慮するのはかなり大変ですね。あえて、細かくは決めない方が良いのかも…」

「はい。大きな原則は定めていましたが、細かい部分はそれぞれの事情を考慮して判断していました。ただ、それではどうしても公平とは言い難いので、不満を抑えるために力に頼る事もありました。ラミアや狼人族が、特に下町に住む魔族たちから余り好意的に見られていないのは知っています」

「帝国では社会のルールを『法』で定めています。人間も出身の地域などによって習慣や考え方に違いはありますが、そうした習慣の違いに関わらず、帝国が一律に定めた法を守らせることで、あらかじめ無用な争いを防ぐ意味合いもあります」

「なるほど、習慣の違いを考慮するのではなく、法に従わせることよって矯正していくということですね。同じルールに双方が従えば、無用な争いも起こりにくい、と」


 テミスは興味深そうに頷いた。確かに、種族毎の習慣や価値観を考慮していくとキリがない。

 種族というコミュニティで育ったテミスも、どちらかと言えば種族の習慣や考え方は尊重すべきと思う方だが、他の種族や人間に関わる部分、例えば犯罪行為の基準や取引のルールなどについては、フィルが話すように統一したルールに従わせた方が合理的なのかもしれない。

「はい、習慣や考え方の違いは、どうしても争いや悪感情の元になります。極端に言えば、ある民族では許される行為が、ある民族では犯罪になる、といったこともあるので」

「そうですね。この街が人間街と魔族街に二分されているのも、習慣や考え方の違いで無用な衝突を避けるためだったといわれています。…大変面白いお話を聞かせて頂きました」

 テミスはグラスを置くとテーブルの上で指を組み、にこりと笑ってフィルを見つめた。


「ところでフィルさん、あなた、本当にただの兵士ですか?」


 ピクリとフィルの獣耳が震え、さぁっと顔が青ざめる。

「先ほどの殺気、教養の高さ、とてもただの狐人の娘とは思えませんが?」

 しまった、つい話に乗っかっちゃった。フィルは内心舌打ちする。

「い、いえ…その…わたしは、第二軍団に入れてもらったばかりの新兵で…そんな大層なものでは…」

 慌ててしどろもどろな言い訳を口走りながら、目をそらすフィル。

「ふぃ、フィル様!…あっ」

 思わず言ってしまい、口を押さえるリネア。

 その慌てぶりに、テミスは可笑しそうに笑う。

「あなたたち、本当は姉妹じゃないのでしょう?…でも、仲が良いのですね」

「……」

 返答に困り、二人して俯いてしまうフィルとリネア。

「ごめんなさい。…虐めてしまいましたね」

 だが、テミスはそれ以上の追求をしなかった。どうせ正直に話すとも思えないし、総督府の関係者である以上、捕らえて拷問するわけにもいかない。それに、あまりの慌てぶりにちょっと可哀想になってきた。

 テミスは肩をすくめて、ボトルから自分のグラスにワインを注いだ。

「もう詮索は止めにしましょう。…そうそう、パティナのお代わりはいかがですか?好きなものを召し上がって下さい」

 …とは言われても、フィルとリネアはもう何も食べる気が起きなかった。


 丁寧にお礼を言って店を出ていく二人を見送り、テミスも自分の住む館へと戻る。

「…何かつかめたかい?」

 居間でテミスを待っていたアマトが尋ねた。

「はい。名前はフィルとリネアだそうです。なかなか可愛らしい娘たちでした」

 慌てた二人の様子を思い出し、面白そうに笑いながらテミスは答える。

「そんなことを探りに行ったわけではあるまいに」

 ふん、と呆れたように鼻を鳴らすアマト。

「冗談…でもないですが、そうですね、私が見た限り、リネアという娘はさほど特別な娘ではありません。利発ではありますが、もう一人のフィルという娘の世話役か何かでしょう」

 テミスはそこで一旦言葉を切り、表情が真剣になった。

「フィルという娘の方は、ただの狐人ではありません。兵士としての武術だけでなく、高い教養もある娘でした。推測ですが…帝国軍が魔族の情報を得るために育てた密偵。第二軍団のメリディアス様あたりの子飼いといったところでしょうか」

「なるほど、魔族の中に紛れ込ませるための娘か」

「ただ、今のところ総督府は魔族に対して悪い感情は持っていないようです。魔族の情報も、今後の統治のために総督が集めさせているのでしょう」

「ふむ。総督はずいぶんとこちらに気を遣っているようだ」

 アマトは、少し安心したように言う。サエイレムが帝国領になる時、一番心配だったのは魔族を『人』と認めてくれるかどうかだった。帝国は人間の国だ。魔族は問答無用で奴隷の身分に落とされてもおかしくはなかった。 

「そうですね」

「どうした、珍しく良く笑うじゃないか」

「はい。あの娘たち、特にフィルという娘は面白い。ぜひ、また話をしてみたいものです」 

 テミスは、今日のやりとりを思い出して楽しそうに言った。


「あー、失敗した!」

 道を歩きながら、フィルは頭を抱える。テミスのペースにのせられ、ただの兵士に似つかわしくないことまで喋ってしまった。

「フィル様、申し訳ありません。私も余計なことを色々と喋ってしまって」

 リネアもしゅんとしている。ペタリと伏せた獣耳が悲しげだ。

「ううん、リネアのせいじゃないよ。完全にわたしのせい。せっかくおいしいもの食べられたのに、台無しにしてごめんね」

「そんなことは…」

 魔族の居住地を出て南北の大通りに出た。このまま北へ向かえば総督府だ。

「…そろそろ帰ろうか」

「はい、フィル様」

 リネアと手を繋いで歩きながら、フィルはテミスのことを思い出していた。


「リネア、テミスのこと、どう思った?」

「テミス様には、フィル様の味方になってほしいと思いました」

 予想と少し違ったリネアの答えに、フィルは軽く首をかしげる。

「どうしてそう思ったのか、訊いてもいい?」

「あの、うまく言えないんですけど、テミス様が前にサエイレムの魔族たちを治めていたのなら、この街の魔族にも詳しくて、…その、人間からはわからない魔族の事情にもお詳しいと思います。きっと、フィル様の助けになると思って、それで…」

 リネアは、一生懸命に言葉を選びながら答える。

「それに、テミス様は物事を公平に考えられる方なんだと思います。私みたいな狐人にラミア族の姫様が頭を下げて謝るなんて、普通はありません」

 フィルは、嬉しそうな表情を浮かべた。

「うん、わたしもそう思う。テミスはぜひ総督府に欲しい。きっと魔族のことも人間のことも、ちゃんと考えてくれると思う…だけど、引き受けてくれるかしら?」

「きっと大丈夫です。テミス様もフィル様を気に入られたみたいでしたから」

「そうかなぁ…」

「早く帰りましょう。フィル様、あまり遅くなると、エリン様が探しに来られますよ」

「わ、それは困る」

 いつもとは逆にリネアに手を引かれ、フィルは通りの先に見えてきた総督府へと急いだ。

次回予定「妲己のお買い物」

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