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4 英雄通り②

「いや、メイドだ」

「はあ?」


 平然と答えたルークに、いきなりこいつは何を言い出しているんだと言わんばかりの顔の店主。


 店主は日本でもあまりメイドという人材には無縁な生活を送ってきたらしい。


「やっぱりそうなるのが普通だよな、俺間違ってないよな」


 心の中で言い聞かせるように頷く。


「ま、よくはわからんが。それはあの子へのサービスだ。可愛い娘には団子をあげよ。これが俺の座右の銘なんでね」


「それは素晴らしい信条だ。でもおっちゃん、俺も結構可愛い顔してると思うんだがどうよ? 以前住んでた領の女装選手権で三年連続優勝した実績もあるんだぜ?」


 ルークは顔半分だけ店主の方に向ける。


 すると店主は指を顎に置いて、さながら品評会かのように無駄に整った青年の顔を舐めまわすように観察する。


「うーん確かに綺麗な顔はしているが……口は悪いし、なんてったって野郎だからなあア」

「……冗談だ。真に受けないでくれ」


 ため息と共に、額に手を置く。


 ルークは自虐風に話すが、彼は自分の中世的な顔をコンプレックスだと捉えていた。


 弱冠十八である。「かわいい」より「かっこいい」と言われたいお年頃なのだ。


 この女性のようなかわいらしい顔が思春期に入ったころから気になり始め、師匠にどうすれば男らしい顔になるのかと尋ねたところ筋トレを勧められた。


 テストステロンが分泌されるから、などという師匠の説明は科学など知らぬ生粋の純血エルドラド人であるルークには全く意味も分からなかったが、師匠が言うならと信じて疑わずその日からいつもの二倍筋トレをすることにした。


 しかし十八になっても中世的な顔は変わらず、前述した通り、クラネス領で毎年開催される女装選手権では三年連続優勝しかも満票という他の追随を許さないぶっちぎりの一位で、これを面白くないと思ったスポンサーがルークを半ば強引に殿堂入りに認定することで翌年以降の選手権の参加権をはく奪したほどである。


 もし殿堂入りされておらず、ルークがもう一年クラネスに市民権を所持していたならば、四連覇間違いなしと言われていた。


 貧乏人であるルークにとって、その選手権での優勝賞金は事実年一の稼ぎであった。


 金と男としてのプライドを比べて金を取るほど、クラネス領対勇隊時代のルークの家計は逼迫していた。


 帝都対勇隊の収入は良いと言われるので配属先が決まった時は、ついに女装せずとも生きていける、という謎の安心感を覚えていた。


 だからルークは店主に否定してもらいたかったのだが。またも裏目に出たようだ。逆に凄惨なる過去を思い出してしまって途端に頭が痛くなる。


「それじゃ、冷めたらまずいしこれ持ってくよ」


 注文したそうに陳列棚を眺める主婦を見つけて、ルークは露店を外れる。


 専属メイドのもとに向かうべく、大通りに足を向け、一歩を踏み出す。


「ああ。そうだな、次来た時にはお前さんにも一本サービスしてやるよ」

「まじか! 仕事の手が空いたらまた来るよ、おっちゃん」


「おうよ。お前さんの帝都生活に幸あれ、だ」

「おっちゃんもな」


 店主に背を向けたまま、ルークはサービスの一串を親指と人差し指でつまんだまま残りの指で軽く手を振った。


 みたらし団子のタレでマダムの袖を汚さないために、細心の注意を払って歩道の雑踏を横切る。


 マダムのお怒りを受けることも嫌であるのは大前提として、生憎今のルークにはクリーニング代を出す金銭的余裕はないのだ。


「よっ、待たせて悪かったな」

「――っいえ、かまいません」


 木漏れ日の微光がルークの影で次第に暗転していったことにも気づかず、シアンはメモ帳を何度も確かめるように夢中で読みこんでいたが、ルークの声に不意を突かれて冷静さの欠けた体が少しはねた。


 しかしシアンは何事もなかったかのようにそそくさとメモ帳をポケットにしまい、即座にベンチにかけた腰を上げる。


 一方ルークはやや懐疑的に思いながらも気にすまいと持ち前の能天気さで、無駄な言及は避けることにした。口の悪さは鼻に付くが、女性への配慮は欠かさないタチである。


「はいこれ。そこのおっちゃんからのサービスだってさ。みたらし団子食えるか?」

「私に――ですか?」


 本能的にシアンは差し出された団子をルークから受け取る。


 ルークは呆れた顔で雑踏の向こう側にいる団子屋の店主を親指で差す。


 シアンが不思議そうに店主に顔を向けると、彼は先ほどは見せなかった心の奥底からのスマイルを見せる。


 俺の時もその接客をしろや、というルークの文句はこの際表には出さなかった。


「ですが私、今は勤務時間内なので」

「――誰にもバレないって。これは俺とシアンと団子屋のおっちゃんだけのヒミツだ」


 職務に忠実なシアンは受け取った団子を困ったように見つめる。


 しかし、と言いたそうな顔を読み取って、ルークはさらに付け加える。


「おっちゃん、食べてもらえなかったら相当堪えるだろうなあ」

「……いただきます」


 考えて数秒の後、シアンは人情に負けたのか、ようやく説得に応じた。


 どうやら彼女の心の中にも「せっかくの店主の好意をむげに断るわけにもいかない」という葛藤は残っていたらしい。


 シアンはまるで人形のように小さい口を開いて、団子一個を口に含む。ひたすら味を楽しんでいるのか、噛み切れないのか、その咀嚼の様子はさながら小動物の食事であった。


「旨いか?」


 団子一つがシアンの喉を通り終わるのを待ってから伺う。


「はい――」


 その答えを聞いて、ほっと安堵したように心の中で溜息をつくルーク。


 現地エルドラド人の中には和食が合わない人も当然一定数いる。仮にここまで食べろと急かしておいて、シアンの舌に合わなかったらどうしようかと内心不安であったのだ。


「そりゃよかっ――」


 そんな心配も無に帰したところで、ルークも思わず内心を吐露したのだが……。


「――まず口いっぱいに広がる濃密なタレですが見事なまでの甘さとしょっぱさの均一性。どちらかに偏らない、味覚の共存を可能にしていると言っても過言ではありません。


 そしてタレの層を抜け、お団子本体に味蕾が触れた瞬間、作り立て故に絶妙に残る人肌の優しい温もりが程よく口内を温めるのです。


 団子そのものは他店と変わらぬ素材とお見受けします。しっかりとした歯ごたえがあるにもかかわらず同時に柔らかさを併せ持つ、まさに絶妙なるバランス。


 他のお店とは違う焼き方なのでしょうか。有名和菓子店に引けを取らない、いいえもしかするとそれ以上……。


 いやはやここまで美味なるお団子を食べたのはいつぶりでしょうか。辛党の私でも思わず脱帽して――」


 もうほとんど言い終えたあたりで、シアンは自分がキャラにも似合わず長々と語りつくしていたことに気づいて、やや頬を赤らめた。


「出過ぎた真似を」


 こほん、と無用な咳払いをして、いつもの体裁のシアンに戻る。


 二粒目、三粒目もシアンの口に入るたび、彼女は表情を顔に出すのを我慢しながら味をかみしめた。


 しかし団子の力の前には無力なのか、きりっとした目元も、一文字に結ばれた唇にも確かに綻びが出ていた。


「う、うん。そんなに気に入ったならまた来ような……」


 熱いレビューに圧倒され、そしてシアンの本性の一部分を垣間見てしまったような気がして、ルークは困惑しながら狼狽える。


 団子一粒でここまで語る人を見るのは当然人生初めてのことであった。


 アリスですら団子の感想は短い。なんなら、「旨い!」しか聞いたことがない気すらする。


 そしてルークは同時にもう一つ、背後に並々ならぬ視線を感じていた。


 振り向くと店主が期待の眼差しで二人を見つめていた。しかし大通りの喧騒がシアンの熱い解説を掻き消してしまい、団子の美味しさに悶える表情しかわからなかったらしい。


 店主は何か感想を求めているようだった。


「おっちゃん、うまかったって!」


 また声を掻き消されてしまうであろう、そして団子を頬張って声が出せないシアンの代わりに、グーサインを共にして、かなり端折ったがルークが感想を代弁してみせる。


 接客中断中の店主は「よっし」と嬉しそうに拳を握った。


 シアンは感謝と敬意を込めて、店主に向けて恥ずかしそうに小さくお辞儀した。


 ルークはお土産用の団子が入った紙パックをバッグの外ポケットにしまうと、一度大きく背筋を伸ばす。


「よし、休憩も終えたし、そろそろ行こうか」

「はい。陛下がお待ちです」


 そういえばそうだった、とルークは危うく忘れる寸前で思い出す。


 皇帝云々よりも帝都観光にうつつを抜かしていたのは、帝都があまりにも魅力的な都市である何よりの証拠だろうか。


 二人はゆっくりと歩きだし、また英雄通りを北進する。


 小さい丘に建つ帝都の中心城は近づくたびにその荘厳さを増していき、ルークの視界いっぱいにその巨大さを誇示していく。


 他の観光客もその荘厳さ見たさに、二人同様帝都城に吸い込まれていくように歩いていく。


「ルーク様は食べなくてよろしかったのですか?」


 団子屋が遠のいたところで、後ろの団子屋の看板をちらと見ながらシアンが訊ねた。


 自分だけサービスしてもらったことに多少なりとも負い目を感じているのだろう。


「いいのいいの。もともとアリスへの土産で買ったんだから」


 と言ったところでルークは気づいた。


「そう言えば一本多く買ったことになるのか」


 ルークは少年時代より師匠から「女性に金を貢げ」と口酸っぱく言われてきた人間である。


 今現在も小銭入れはすっからかんになったが、シアンにあげるべく一本多く買っていたことを思い出した。


 しかし無駄に気の利いてしまった店主が一本おまけしてくれていたのだ。


 ルークはかっこつけるどころかもはやその好意は水の泡となってしまったが、団子は一串残っている。


 また(きっと高い)給料が入ってから別日にひっそりと買いに行こうかと企んでいたが、シアンの隠されし内面をあぶりだした団子がどこまで美味しいのか、いささか興味がある。


 ルークはバッグの外ポケットから団子の入った紙パックを取り出すと、一串だけ取り出した。


 一点団子を見つめて、いざ尋常に勝負と言わんばかりに一粒目に食らいついた。


 ……。


 ルークは足を止めた。



「なんだこれうっっっっっっっっっっっっま!」



 バカ舌で学のないルークの語彙力ではこの感想が限界であった。


 隣で見つめるメイドの無表情は、どこか自慢げに見えた。


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