3 英雄通り①
帝都駅と帝都城を南北一直線につなぐエルドラド一の大通りは、帝都駅が竣工してすぐに敷設され、ルークの師匠でもある大英雄神谷雄一を称えるべく『英雄通り』と名付けられた。
名づけ由来である当の本人は「恥ずかしいから」という理由で帝都城に行くときは別道を使う、というエピソードはルークの持ちネタになっている。
敷設された当初はただの広い砂道であったが蒸気自動車が発明され馬車に取って代わると、排出される煙が人体に有毒であるということで車道と歩道を分離することとなった。
現在では完全に石畳が敷き詰められ、車道と歩道の間に植樹帯が設けられ、南北約一キロにかけて草木が青々と生い茂る。
今日は休日の昼下がり。買い物目的の主婦層や露店目的の観光客で、平日朝夕の通勤ラッシュ以上に人でごった返している。
当然、蒸気自動車やサイドカー付き三輪車が道路を占める割合も増える。
交通ルールを無視する老若男女に鳴らされるクラクションの頻度も増え、歩行者はクラクションの破裂音が鼓膜に響くたび嫌な顔をする。
しかしルークだけは一人それを楽しんでいた。辺境のクラネス領とは比較にならないレベルの喧騒すらも、ルークの耳は心地の良い音色と感じ取っていた。
二人が歩くグレータイルの歩道には端から端まで露店が並んでいる。
この数多の露店こそ英雄通りが観光スポットと呼ばれる所以であり、『露店で購入した絶品グルメを帝都城まで食べ歩き』という文章はどのガイドブックにも掲載されている。
ルークも帝都対勇隊への配属が決まったその晩から事前学習を始めており、ガイドブックは何度も見返した。蒸気自動車での移動より徒歩を選択したのはこの為でもあった。
一軒一軒露店の看板を流し見しながら進むルークとは正反対に、シアンは全く興味がないようで一定の歩幅で帝都城一点目指してスラスラと進む。
帝都住みの少女にはただの慣れ親しんだ風景にしか見えていないようだった。
「おっ、こりゃ旨そうだ」
ルークがふと足を止める。視線の先には『焼きたて団子』と書かれた露店の看板があった。少年時代の彼は日本人に育てられた身だ。この看板には興味をひかざるを得ない。
「お好きなのですか?」
惰性で半歩先に進んでいたシアンは振り返って一度ルークを見ると、ルークの目線の先にある看板に視線を移してそう呟いた。
「まあ俺も好きだが……これはアリスへの土産だな」
ルークの義理の双子の妹にあたるアリスは和菓子が全般的に好物であるが団子には特に目がない。
どれくらい好きかと言うと通常三粒一串を一粒ずつ食べるところ、アリスの場合は一パックに入っている三本(団子九粒)をいっきに一口で食べる。それくらい好きらしい。
常々団子がのどに詰まらないか心配になるが、本人曰く団子を口いっぱいに含んでいる時が人生最大の至福だと言う。
警察隊長の癖して、随分安上がりな至福だとルークは思う。
「ちょっと買ってくるから、そこに座って待っていてくれ」
「かしこまりました」
シアンは『そこ』と言われたウッドベンチに腰かける。街路樹が茂る植樹帯の歩道側には露店で買ったグルメを座って食べられるようにベンチやテラス席が用意されているのだ。
この待ち時間をも有効に使おうと言うのか、シアンはポケットにしまったメモ帳を再度取り出し、ペラペラとめくり始める。
ルークは左右から来る人を避けるようにして露店の前に出た。どうやら先客がいたらしく、その後ろにルークも並んだ。
「ありゃしたー! へいお客さん、ご注文は?」
頭に手ぬぐいを巻いたスキンヘッドの店主は先客に品を渡し見送ると、すぐさまルークの接客に入る。
昼前から働いているのだろうか、今日の温暖な気候のせいなのか、団子を作っているせいなのか、手ぬぐいに汗がにじんでいる。
お値段表を見る。『みたらし・こし餡・きな粉・醤油』など種類はあるが全て一本五十円均一。
帝都の物価は田舎のクラネスより少々高いとルークは聞いていたが、大方個人営業の露店レベルではむしろ安くなるようだ。
「えーとじゃあみたらし団子を……四本もらおうかな」
「あいよー、二百円だ。すぐ出来上がるからちょっと待ってな!」
いつもであれば財布と相談して決めるところだが、帝都の対勇隊の給料はクラネスの時よりも多い(はずである)と踏んで、アリスが特に愛してやまないみたらし団子を購入することにした。
すっからかんの小銭入れからコイン二枚を取り出すのは悲しいことながら、いとも簡単なことであった。
たった二枚、されど二枚のコインをつまむ。すっからかんになった財布はもう盗まれても問題ないので、お尻のポケットにしまうことにした。
(あれ?)
店主の手先を数秒見失っていたうちに、店主がすでに梱包作業に入っているのが見えた。ルークの頭に疑問符が浮かぶ。
さっきまで団子を串に刺す段階ではなかったか、と。まさか『焼きたて』という売り文句は嘘で、ただの作り置きなのではないか、などと。
ルークは店主のもとに駆け寄り、『焼きたて』らしい団子を凝視する。
しかし作り置きのものではないことはすぐに理解できた。
タレの切れ目から見える団子の表面はしっとりした見た目であるし、焼き目も新鮮なものだ。いくら茹でた団子に軽い焼き目を付けるにしても、通常数秒で付くものではない。
「どうだ、びっくりしただろう。そりゃ初見はびっくりするよな!」
おっさんは自慢げな顔でルークを見やると、豪快にガハハと歯を見せて笑う。
ルークは何故だか勝負に負けた気がして、ほんのわずかだけ不機嫌になる。しかしルークはその答えを知っている。
「もしかしてでもなく、おっちゃん、『勇者』だな?」
「おう、ここではそう言われるらしいなあ。勇者って本当は世界を救うヒーローみたいな意味なんだが。こんな【一定の火力調節が可能になる力】じゃ団子屋が精一杯ってとこだ」
『勇者』、向こう側の世界から召喚されし者。神の遣い、と呼ばれていたこともある。
彼らは『天恵』と呼ばれるいわば特殊能力を所持している上に、同時に高い知能と運動神経を持ち合わせている。かつての大英雄もこの天恵を駆使して大陸に平和をもたらした。
だが一概に天恵と言えども、大英雄の天恵のようにすべてがすべて兵器になるというわけではないらしい。
「ハズレ」などと呼ばれる層も一定数存在する。逆に兵器になるような天恵こそ珍しく、大方この店主のように生活の一部として役立つ天恵が大部分を占める。
さらにごく稀にだが、自分に割り振られた天恵の能力に気づくことができず、エルドラド人と同様に一市民として暮らしていくものもいる。
このような例外を除いて、ランダムかつ確実に勇者に与えられる「天の恵み」――つまりは「天恵」と、日々勇者召喚が行われる勇者教会が名付けた。
「はあ俺も大英雄みたいな天恵が欲しかったぜ……」
店主はため息交じりに苦笑しながら、天恵の発動源である己の手のひらを見た。
しかし度重なる火傷跡を見るその眼には、己の天恵の能力の低さを憂う無念さどころか、どこか誇らしげな自信のようなものが映っていた。
「いや。おっちゃんの団子屋は天職だよ」
ルークがそう呟くと店主は「だな」と納得したようにうなずいて、微笑んでみせた。
「ほい、ちょうど二百円」
つまんだ小銭を、店主の大きな手皿に落とす。その大きさはシアンの顔を一杯に覆ってもまだ足りそうなくらいだ。
店主はコインを確認すると今度は交換するように団子の入った紙パックをルークに渡す。
「毎度あり―! っと、これは俺からのサービスだ」
「おお! ありがとよおっちゃん!」
店主はみたらし団子をもう一串裸でルークに差し出した。思わぬプレゼントにルークは目を輝かせる。
だが店主は確かにルークに差し出しているものの、その目線の先には違う人がいた。
「……あーはいはいわかったよ」
簡単に察しがついた。ルークは素っ気ない態度で団子をもう片方の手で受け取ると、雑踏の中で空を眺めるシアンの方に体ごと向ける。
勤務時間だからなのか、この大通りの喧騒も一切気にする様子もなく落ち着いた様子でただ自分のメモ帳を見つめている。
「可愛い娘だな。お前さんのツレか?」
客が丁度来ないことをいいことに店主は、働きっぱなしの腕を休ませるために両腕を台に乗っけると、ルークの耳元で細々と囁いた。どうも店主はルークが店に来る前から目を付けていたようだ。
「いや、メイドだ」
「はあ?」