兄弟
――禁断種が消えた。
――つまり、あたしは…
「さくら姉、慶二さんの傷が…!」
その言葉を聞いてさくらはふと我に返った。
「…!そうだ、今はとにかく慶二さんを治療しないと…!」
慶二の背中からは相変わらず大量の血が流れている。ただ、小次郎が押さえていたため、流れ出る勢いが少しは弱まってきている。
「小次郎君、ありがとうね。あとはあたしに任せて。」
さくらは傷口に触れ、癒しの力を慶二に丁寧に注ぎ入れるように送っていった。
その時、魅凉がさくらの元に来た。
「魅凉さん…!どうしてここに!?」
「私がさくらちゃんに心の力を使って晴紀の策について伝えようと思ったんだけど…届かなくて…」
「すいません、ちょうどその時に禁断種に襲われまして…」
「それで、慶二君がかばってくれたってことなのね。」
「はい…」
魅凉はさくらの傍に寄り、優しく話しかけた。
「さくらちゃん…あなたは禁断種を殺める癒しの民なのね。」
さくらはそう言われると、思わず体が震えた。
「でも、そのおかげで慶二君は救われた。ありがとう、さくらちゃん。」
「あ…はい。かたじけないです。」
思わずさくらは顔が赤らめてしまった。自分自身でもわかるぐらいに。
その時、唐突に小次郎がさくらに話しかけてきた。
「さくら姉、慶二さんが…!」
慶二は意識を取り戻し、起き上がろうとしていた。
「うっ…!痛っ…」
「慶二さん!無理しちゃダメ!あとちょっとで治療終わりますから。」
そして慶二は再び体を休め始めた。
「くっ、なんて強さだ…!」
「フフ、まさか僕とハルの連携が通じないなんてことが…」
晴紀と修太は一つの強力な禁断種に苦戦を強いられていた。それは力量、技量共に二人と互角、むしろ二人以上である。それにこの禁断種は言葉がはっきりしている。やはり何か違う。
「ならば…食らえ、雷魂!」
「若造が…」
禁断種はその攻撃を今度はそのまま跳ね返した。
「何ッ!?…っぐぁぁ!」
跳ね返された攻撃をモロに食らった晴紀は相当飛ばされた。
「ハルー!!」
修太は思わず叫んだ。その隙を突くように禁断種が修太に攻撃を仕掛けてきた。
「お前を潰す…!」
「…!ちぃっ!」
間一髪攻撃を避けた。修太は禁断種の足を凍らせようとした。
「凍っちまいな!」
修太は禁断種の足元から氷を発生させ、禁断種の足を凍らせることに成功した。
「っしゃ!後は僕の刀で貫いてやる!」
「この程度に俺は対応できない程弱くない…!」
禁断種はポケットから拳銃を取り出し、修太に向かって構えた。
「何ィ!?そんな武装まで…」
禁断種が拳銃の引金を引く直前の刹那…
「させるかぁ!!」
晴紀の叫び声と共に禁断種は晴紀の拳を喰らった。
「がはッ…!」
「ハル!」
晴紀は疲れたうえ、全力で力を使ったため、疲労がかなりたまってきている。
「はぁっ、はぁっ…くそっ!体がもたん…」
その瞬間、禁断種が起き上がり、晴紀をめがけ、拳銃を構えた。
「パァン!」という音を上げ、晴紀の右肩から赤い飛沫が上がった。
「がぁっ…!あぁ…」
「ハッ、ハルゥ!!」
「クハハハハハ!!跪け愚民共よ!!この世界において俺を越える者はいない!」
禁断種は声高らかに笑った。
「貴様…!!」
修太は怒りのあまり過剰な水氷の力を使っているため、体から冷気が漂っている。
「よくも…ハルを…!」
「ククク…良い見せしめになったみてえだな。」
「戯言を!」
修太は体中の冷気で右腕を凍らせた。
「ハッ、今度はどんな芸を見せてくれるのかねえ…!?」
「黙れ…」
修太は凍った右腕で地面を一殴りした。すると、禁断種の前に小さな氷山が現れた。
「…何だ!?」
「飲み込め、氷塊。」
「チッ、重い…!クソがぁ!」
氷山は禁断種を飲み込んだ瞬間凍結し、禁断種は動かなくなった。
「ふぅ…さて、あとはこいつの玉を壊せばいいか。」
修太は禁断種の胸にある玉を氷越しに掴んだ。そして、一気に引き抜いた。
「よし、こっちは何とかなったな。それよりハルをどうするか…、さくらちゃんもいないこの状況で…」
――俺に任せてください…
修太は背後から聞こえたその声に耳を疑った。なぜならその声は先ほどの禁断種と同じだったからだ。
「きっ、君は…!」
禁断種から元の姿に戻った少年は晴紀の右肩に手を置き、治療を始めた。
「この程度の怪我ならすぐに治ります。どうか安心してください。」
「まさか、君は…?」
修太の質問に少年は淡々と答えた。
「はい。俺は癒しの民です。…あなたが俺を救ってくれたんですよね?禁断種の呪縛から。」
「禁断種の呪縛?」
「俺に埋め込まれていたあの玉です。」
「やはりあれはそういう玉だったのか…、ところで、君の名前は?」
「童慎太郎って言います。良かったら覚えておいてください。」
「童…?もしかして童小次郎の兄ですか?」
「!?…なぜ小次郎を…?」
慎太郎は修太が小次郎を知っていることに驚いた様子で修太に問い詰めてきた。
「小次郎君は、この世界に来ているんですよ。ビルの中で一人泣いているところを僕たちが見つけたんです。」
慎太郎は少しの間黙り込んでしまったが、その間に晴紀の治療が終わったらしく、落ち着いて話しだした。
「晴紀君の治療が終わったよ。2,3分後には意識を取り戻すはずだからそれまで少し話そうか。」
急に親しみを持った話し方になった慎太郎に修太はどう対応したらいいか迷ったが、そんなことはお構い無しに慎太郎は話してきた。
「俺はずいぶん長い間この世界にいるんだが、自分の意識を取り戻したのは何ヶ月ぶりになるのかな…、何せこの世界に来てすぐにアレを体に埋め込まれたからね…」
「では、禁断種だった時の記憶は残っていますか?」
「…何とも言えないなぁ…、記憶はかすか…というよりは部分的にって感じかもしれないね。だけど、その部分的な記憶はだいたい誰かを殺めているところなんだ…、俺は一体この世界でどれだけの命を奪ったのか…」
「そうでしたか…ですが、過去を振り返るより、より良い未来を切り開くことのほうが得策であると僕は考えます。」
「…そうですね。」
慎太郎が同意したその時、晴紀が意識を取り戻した。
「…俺、何で倒れてるんだ…?」
「ハル!良かったな。意識を取り戻したみたいで。」
「…あぁ。だが、一体誰が俺を救ってくれた?」
晴紀がそう言うと、慎太郎が口を挟んできた。
「俺ですよ。」
「あんたは?」
「童慎太郎って言います。さっきはあなたを傷付けてしまって、本当にすいません。」
「まぁ、気にしないでって、童!?まさか…」
「フフ、そのまさかですよ。そう…俺は童小次郎の兄です。」
「…似てるな。」
「フフッ、よく言われます。」
「んで、あんたは僕たちと一緒に現代に帰るのか?」
慎太郎は俯きながら答えた。
「…ええ。帰りますよ。小次郎もおそらくそれを望んでいますから。」
「あぁ、そうするといい。」
その時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「晴紀ー!どこにいるのー!」
「おや、迎えが来たのかい?」
「ハル、現代に帰ろう。」
「…ああ。」
そして、晴紀たちは魅凉たちと合流し、ノートのあるビルを目指した。
「やっと見つけたな。これで帰れるな。」
魅凉は小次郎にいちばん早く書くように促した。
「小次郎君、さ、書いて。」
「うん。分かった。」
小次郎は小四にしてはすらすらと書き綴った。
「よし。書け…」
言葉の途中で小次郎は現代に戻された。
「あ、俺は最後でいいんで先に書いてください。」
「そうか…じゃ、早いとこ現代に帰りますか。」
晴紀たちは次々にノートに書き綴り、現代に帰っていく。
そして、修太と慎太郎だけが残った。
「本当に最後でいいのかい?」
「いいですよ。だから修太さんは早く。」
「分かった。」
修太が最後の一文字を書き終えようとした時…
「小次郎を…頼みます。」
「…まさか、あんた…!」
修太は現代に戻された。しかし、慎太郎はPlanβに一人残された。
「なんでだよ…、なんで!一人で!残る必要があるってんだ!」
「修太君?慎太郎さんは?」
「…Planβに…一人残ったよ…」
「「…え!?」」
一一小次郎、必ず戻る。
お前の元に。
それにはまず無くし物を探さなくちゃいけない…
見つかったら必ずお前の元に行くよ。
少しの間だから。
どうか俺の帰りを待っててくれな…