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ヤマアラシな彼女  作者: Nixe(ニクセ)
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第七話

 それからは毒薬と言われる薬草を試す場合には、量を減らしフォルカーの傍で服用することにした。毒と分類されるそれらを服用すれば、多かれ少なかれ必ず症状が現れる。それは皮膚に赤い湿疹が出る程度のものから、激しい嘔吐を繰り返すものまで。その全てをギタは己の体で試した。

「ギタ! もう止めましょう! マユラの葉の毒は酷すぎる!」

「だい、じょうぶ……もう少しだけ耐えられるから、まだ解毒は、待って……」

 高熱に魘されながら胸元を掻き毟るように耐えていれば、背後からフォルカーがそっとギタの肩を抱き、宥めるように腕を優しく擦ってくれる。その感触に何故か目頭が熱を帯びてきた。

 あぁ、これは幼い日の記憶だと、熱に浮かされた頭でそんなことを思い出す。あの頃の母はまだギタにも優しくて、熱で苦しむギタの額を心配そうに撫でてくれていたのだ。無償の愛情がそこにはあった。我が子をただ慈しむだけの、愛情が。もうそんなものを受ける機会は、二度とやってはこないだろうけれど。

「…………ぅっ……」

 熱のせいか、はたまた毒のせいかは解らないが、感情の振れが酷い気がする。いつもなら、この程度で涙を浮かべたりなんかしないのに。何を感傷的になっているというのか。これはリミララを救う手立ての模索として、必要なことなのに。

「苦しいんですか?」

 体を震わせて涙を堪えているギタの顔をフォルカーが覗き込む。その緑色は、今はあまり見せないで欲しかった。

「へい、き……熱か毒のせいか、感情の制御が上手くできなくなってる、みたい」

 はぁっと吐き出す息は、自分でも驚くくらいに熱かった。潤む視界の中、映し出されるのは心配そうにこちらを見詰めるフォルカーのその顔。

「水を。飲めますか? 発熱しているから、せめて水分を摂らないと」

 フォルカーは空いた方の手をテーブルに置かれていたコップに伸ばす。それを受け取ろうとしたギタだったが、どうやら高熱のせいで手に力が入らないらしい。それを見て取ると、フォルカーはコップの縁をギタの唇に押し当てた。そのままコップが傾けられると、咥内に冷たい水が流れ込んでくる。それを舌先に感じるのに、ギタは飲み込むことが出来ずに口端から零してしまった。

「…………っ!」

「だ、大丈夫ですか?!」

 フォルカーは慌ててコップをギタの口元から外し、傍に置いてあったタオルで口元と胸元まで零れた水を拭った。

「ま、ひが……れれき、て……」

 舌先が痺れたように動かない。呂律が回らなくなったギタに、フォルカーが瞬時に顔を青褪めさせた。

「解毒します! 口を開いて!!」

 ギタを支えている手とは別の手でテーブルに置かれていた薬瓶に手を伸ばし、その蓋を歯できゅぽんと抜き去る。それから何を思ったのか、瓶の中身を一気に煽った。

「なに、しれ……」

 それは自分が飲まなければならない薬だというのに、フォルカーが飲んでどうするのかと。幾らなんでも動転しすぎだろうと戒めようとした刹那、フォルカーがギタをぐっと引き寄せて顎が上がる。

「――――っ!」

 止める間もなく唇を塞がれて、ギタは大きく見開いた。驚きで開かれた唇の隙間に薬液が注がれるのを感じる。酷い苦味を喉の奥に感じて、ギタは瞼を固く閉じて嚥下する。

「……ちゃんと、飲めましたか?」

 唇を離してフォルカーがギタの顔を覗き込む。一体何が起きているのか全く理解できていなかったが、ギタはとりあえずこくこくと頷いた。するとフォルカーは今度は先程の水の入ったコップを煽る。それから再び顔を寄せてくるので、ギタは盛大に焦った。

「な、何する……っ!」

 顔を背けようとしたが、頤を強く掴まれて逃げることも叶わない。そのまま再び口付けされて、ギタは肩を大きく震わせる。ぎゅっと瞼を固く閉ざし、せめて映像だけでもと遮断していれば、今度は唇に柔らかな感触を感じてびくりと体を震わせる。それがフォルカーが口を開けろと促している行為なのだと気付き、恐る恐る唇を開けば、生温い液体が咥内に流れ込んできた。

「…………っ」

 口移しで水を飲まされ、やっと開放されたギタは、潤んだ瞳でフォルカーを睨み上げた。

「な、何してる、の!」

「解毒と、水分補給を。舌が痺れているんでしょう? 零さないためにはこれが一番ですよ」

 そうはいっても、これは『キス』に入るんじゃないかとギタは顔を赤らめる。人命救助とはいえ、他にやりようがあるだろうと。だというのに、フォルカーはそんなギタの考えなど一切気にする素振りも見せず、再び水を口に含むものだから、ギタは心から焦った。

「なっ!? も、もういいから……っ!」

 慌てて彼の口元を押さえようとしたが、麻痺は手元にも及んでいるようで大した力が入らない。そのまま再び頤を掴まれて、ギタは息を呑む。

「い、いいから! もう自分で飲めるから、やめて……っ!」

 顔を捩って逃げようとするのに、フォルカーはそれを許さんとばかりに引き寄せて再び唇を塞いだ。そうされてしまえば逃げ場などもうなくて、ギタは甘んじて水を咥内に受け入れるしかない。それを数回繰り返されて、ギタは息も絶え絶えになっていた。

「し、信じられない……他に、やりようがあったでしょう!」

「けれど、一刻を争う事態ですよ? 一番確実な方法を取るのは当たり前じゃないですか」

 ぜぇぜぇと肩で息をしたまま吐き捨てたというのに、あっさりとそう返されて更に歯噛みする。しかもこちらばかりが翻弄されて、フォルカーは息一つ乱していないことに更に腹が立った。

「あぁ、それに、これが初めてでもないので」

「!!?」

 突然投下された爆弾に、ギタは完全に言葉を失った。今、この人は、何と口にした? 初めてではない、とはどういうことか?

「前に一度、意識を失って倒れていたことがあったでしょう? あの時も解毒剤をこうして飲ませたので、二回目ですよ」

「…………っ!!?」

 今になって考えてみれば、確かにあの時、意識を取り戻した時には大分体が軽くなっていたように思う。自分の体内だけで解毒したのだとしたら、あまりに時間が短すぎる。しかし何か解毒剤を飲まされたのだとすれば、逆に辻褄が合う。

「人が意識を失っている時に、何てことを……!」

「意識を失うような危険な行為をした人は、誰ですか?」

 じとりと睨め付けながら言われてしまえば、反論の言葉も出ない。毒性があると知りつつも口にしたのは自分自身だったのだから。

「そ、それにしたって、フォルカーだって気持ち悪いでしょう、こんなことしたら……」

 幾ら人命救助とはいえ、唇を合わせるなんて。家族との挨拶だって、交わすキスは頬へのものだ。唇を触れ合わせるのは特別な関係の人――とそこまで考えが至り、ギタの脳内にふととある人物の姿が浮かんで、何かがストンとギタの胸に落ちてきた。


 そうか、フォルカーはこういうことに慣れているんだな、と。

 だから自分のようにおろおろしたりせず、これを医療行為としてあっさりやってのけられるのだと。

 その相手は――あの見目麗しい女性だろうと検討もつく。

 あれだけ大切に想っている相手だ、その想いを告げずにいるなんて、確かにおかしい。


 そのことにやっと気付き、ギタはふっと息を軽く吐き出して笑みを零す。あぁなんだ、そんなに意識する必要もなかったのだと。けれど、だからといって、これを繰り返されるのもご免だった。そもそも、そんな行為は想い合う間柄だけで許されるというものだ。

「だとしても、次からはやらないで」

 吸い飲みでも何でも、次からはこんな事態に備えて傍に置いておこうと決意する。

「嫌、だったんですか?」

 その声に顔を上げれば、そこには僅かに顔を翳らせたフォルカーの表情があった。泣きたい気分なのはこちらであって、そこは貴方が傷つく場面ではないはずなのに。

「……嫌とか、そういうことじゃないでしょう。こういうのは、大切な人とだけ交わすべきだ」

 ぷいっと顔逸らして拗ねたように零していたから、ギタは気付かなかったのだ。この時にフォルカーがどんな表情を浮かべていたのか、なんて。


 それからも毒薬を試すということを繰り返してはいたが、思ったほどの成果は上げられずにいた。その毒性を身をもって知ることはできたが、今はそれが主目的ではない。リミララを救うための薬は、未だに未完成だった。

「毒性のある物で、リミララに効果がありそうなものは全て試してみた。けれどこれといって効果が出そうな物もなかったね」

 フォルカーが詳細に書き留めてくれたノートに目を落としながらギタが呟けば、隣でフォルカーがこくんと首を縦に振っていた。

「配合で他の効果が出る物もありますが、あまり期待もできないでしょう」

 そもそもギタが試した毒薬だけでも20種類以上がある。それを他の薬草と組み合わせて配合するなんてことになったら、組み合わせの総数なんて天文学的な数値になるだろう。そんな途方もないことを試している時間も余裕ももう残されてはいかなった。

「……リミララの病状は、どう?」

 ぱたんと手元のノートを閉じながらフォルカーに尋ねれば、途端に彼の顔が翳るのが分かった。

「そのこと、ですが……先日、隔離病棟に移されたようです」

 隔離病棟――ということは、出来るだけ他の人間との接触を絶つための処置だろう。そんなことが施されたのだとしたら。

「免疫系にも異常を来たしはじめた、んだね?」

「……おそらくは」

 恐れていた最悪の事態が起こり始めたことを認めざるを得なくなった。リミララは酸素の運搬だけではなく、細菌類に対する抵抗力まで失い始めたのだろう。そうなれば、一度何かに感染してしまえば、それが切欠で命を落としかねない事態になるということを意味していた。

「もう、時間がないね」

 分かっていたことだが、音にしてしまえば更にその重さが圧し掛かってくるわけで。フォルカーの膝の上でぎりっと拳が握られるのが目に入る。何とかしなければという想いだけが空回りしているようだった。

 それから数日が過ぎた。大した手立てを得られぬまま、ただ時間だけが過ぎ去ってゆく。フォルカーの中に焦りを見つけてしまっては、ギタも歯噛みを抑えることができずにいた。

 そんな時、竈で昼食の準備をしていたギタにフォルカーが手を伸ばす。どうやら腰の辺りの針にゴミが付いていたようで、それを取ろうとしてくれたようだったのだが。

「…………っ!」

 息を詰めたようなその声に慌てて振り返れば、フォルカーの手には見事にギタの背に生えてきた針が突き刺さっていた。

「……何を……!」

「す、すみません、針に枯葉が刺さっていたので、取ろうとしただけなんです」

 手にしていた玉杓子を鍋に一旦戻し、フォルカーの方へと向き直る。刺さった針の状態を確認し、すぐに薬箱へと走り寄る。テーブルにガーゼと塗り薬を広げてからフォルカーの手を再び覗き込んだ。

「抜くよ」

「はい」

 一言断りを入れてから針を一息に抜き去る。溢れ出てきた鮮血を、すぐに広げていたガーゼで押さえて強く握った。最初の頃はこんな処置の度に胸が潰されるように痛んだが、それも回数を重ねるごとに弱くなった。何よりフォルカー自身が気にしている素振りを見せず、それどころかこうして懲りもせずに針に手を伸ばしてくるからだ。

「刺さるの目に見えてるんだから、触らなければいいのに」

 呆れたように零せば、フォルカーはその方が気に入らなかったようで。

「いやだって、枯葉刺さってたんですよ? 教えてあげた方がいいかと思って」

「そんなもの刺さってたって、私が死ぬ訳でもないんだから、放っておけばいいものを」

 たしかにこの針は鋭く、時に意外なものを刺して室内に持ち込んでしまうことも度々あったが、そんな物のためにフォルカーが怪我をする方が意味がないと思うのに。

「嫌ですよ、綺麗な物が汚されてるのを黙って見てるなんて」

 これにも慣れたもので。

 何が嬉しくて、この背中を『綺麗』と称するのかがさっぱり理解できなかったが。

「だから、その目、一度検査した方がいいと思うよ。もしくはフォルカーの美的センスを磨き直した方がいい」

 何処をどうみたらこれが美しいと言えるのか。目か頭がおかしいんじゃないかと何度も詰め寄ったが、フォルカーはどこ吹く風といった様子だった。

「ギタは自分の背中をちゃんと見たことがないからですよ。貴女の背は美しいです」

 腹いせ紛れに傷口の辺りをぎっと押し込んでやれば、『いたたたたっ!』と悲鳴を上げていたので些か溜飲を下げてやる。

「馬鹿なこと言ってないで、ほら! 傷薬をちゃんと付ける!」

「馬鹿なことじゃないのになぁ……」

 まだ言うか! とも思ったが、もうこのやり取りを繰り返すのも数回になるので呆れて口をそのまま閉ざした。それから塗り薬を塗って包帯をぐるぐると巻き付けていると、フォルカーがぼそりとギタに尋ねてきた。

「そういえば、貴女のこの背中の針、こうして時々抜けますけど、痛くはないんですか?」

 確かに体の一部が抜け落ちるのだ。しかも髪の毛なんかより余程太い物が。痛みを伴わないのかと疑問になるというものだろう。

「全然。そもそも時折勝手に抜けることもあるしね。どうやら生え変わっているみたいだよ」

 朝方抜け出たベッドに数本針が落ちていることもあって、あぁ抜けたんだなと感じていたことはあったが、だからといって背中の針が減っているという感覚もない。だとしたらきっと生え変わっているんだろうという結論に至る。

「へぇ~。こんなに長くて太いのに、凄い再生能力ですね」

 単純に驚いた様子で、フォルカーは先程自分から抜き去られた針をちょんちょんと突いていた。しかしギタの方は――フォルカーのその言葉に動きをピタリと止めてしまっていた。


 確かに時々こうして抜け落ちているというのに、その数を減らすことのないこの針。

 それどころか、一度背中から猪に突っ込まれた時、顔面に数百という針を打ち込んだこともある。

 その時だって、一週間もすれば粗方生え変わってきたではないか。


 その成分は、凡そ爪に近いもので、多分たんぱく質が主な構成物質だろう。それをここまで短期間に再生させられるのだとしたら、その成分の増殖力はかなりのものなのではないだろうか?

 そこまで考えて、ギタは一つの可能性に辿り着く。これは試してみる価値があるかもしれない、と。

「ちょっと、部屋に篭ってくる」

 それだけ言い残して、ギタは自室の扉へと駆けていく。背後でフォルカーが『え?! 食事は!?』と声を掛けていたが、当然その声はギタの耳には届いていなかった。

 それから数日経ったとある日のこと、ギタの手には薄いグリーンの小瓶が乗せられていた。それを目の前に差し出されて、フォルカーは小首を傾げる。

「これは……?」

「一応、飲んでみてくれる? リミララに渡して欲しい薬なのだけれど。毒性は多分……無いと思う」

 『絶対』と言い切れないところが心苦しかったが、こればかりは自分で試しても多分効果が見て取れないだろうと思えた。だからこそ、こうしてフォルカーに頼んでいるのだ。

「分かりました」

 差し出された薬瓶を受け取り、フォルカーは何の躊躇もなく一気に中身を飲み干す。それくらい、彼女の調合を信じているともいえたのだが。

「……どう?」

「すぐにどう、というものはないですね」

 その言葉に少しだけ安堵して、ギタはフォルカーをそのまま暫し見詰め続けた。

 結論からいえば、半日ほど経過してもフォルカーの具合が悪くなることはなかった。ということは、とりあえず毒性はないということだけは確認できたことになる。

「何か副作用に近い効能を感じる?」

「いえ、特には」

 ギタはフォルカーの言葉を手短にノートに書きつけていく。その時フォルカーが『ですが』と言葉を続けたことに、ギタはパッと顔を上げた。

「何でしょうか……少しだけ、体が軽くなったような気がします」

 それは逆に有用な効能だ。フォルカーのその言葉に、ギタは満足したように数度頷いた。

 翌日、ギタの手に握られていたのは、昨日フォルカーが口にした物と同じ薬液の入った小瓶で。それを差し出され、フォルカーはただ黙ってそれを受け取った。

「リミララに渡して欲しい」

 短く告げられたギタの言葉に、今度はフォルカーの方が力強く頷いた。

 フォルカーがリミララの元へと薬を届けた数日後、再度リミララの元を尋ねていたフォルカーは、高らかに扉を開いて帰宅した。

「ギタ! 聞いて下さい!!」

 フォルカーの嬉々とした声音が室内に木霊する。それだけでギタは薬の効果を実感した。

「ギタが処方して下さった薬、リミララに効果があったようです!」

 聞けばギタが処方した薬を服用した翌日から、リミララの顔色が良くなったということだった。今では免疫系の異常な数値も大分改善され、このままなら一般病棟に戻れる日も近いとのことだった。

「凄いです、本当に! 今までどんな薬を処方しても一切効果がなかったのに!」

 フォルカーは頬を薔薇色に染めて興奮気味に話し続けている。それほど、彼女の回復に心躍らせていたのだ。

「薬が効いたのなら、良かった」

 フォルカーの様子にギタも微笑んで返す。大切な人に回復の兆しが見えたのだ、喜ばすにはいられないのだろう。フォルカーはそのまま両腕を開き、ぎゅっとギタを強く抱き締めた。

「ふぉ、フォルカー!?」

 突然の抱擁にギタは戸惑いを隠せずにいたが、当のフォルカーはそんな彼女を気にすることなく腕の力を強める。

「ギタ! 本当に、どんなお礼をすれば、貴女にこの感謝を伝えることが出来るんでしょう!」

 ぎゅうぎゅうに抱き締められて、苦しいくらいだった。自分の背に針が生えてからというもの、こんな風に他人と触れ合うことが初めてだったギタは、目を白黒させるばかりだったけれど。

「フォルカー! 針! 背中、気を付けて!!」

 少しだけ冷静さを取り戻したギタが注意を促してみても、フォルカーはただただギタを強く抱き締めるだけで。


 頬から伝わる彼の鼓動と体温。

 鼻腔を擽る彼の匂い。

 こんな体になってから初めて感じるその全てに、ギタは軽い眩暈を覚える。


 けれど感じるのは嫌悪ではなく、安堵で。

 だからギタは暫しそのままフォルカーの好きにさせていた。

「ところであの薬、一体何を配合したんですか?」

 やっと落ち着きを取り戻したフォルカーがその腕を解いたのは、それから数分経ってからだった。肩に手を置かれて体を引き剥がされる。すっと消えてなくなった彼の体温に、僅かに胸が軋んだのは何故だろう?

「あ、あぁ、あれは、シバナの葉と……それからちょっとした物を」

「シバナの葉?」

「うん、シバナの葉には殺菌効果があるからね。今のリミララには必要かと思って」

 免疫系に異常を来たし始めていたのだとすれば、それを手助けする必要がある。そう考えての配合だったが。

「でも、シバナの葉は今までにも使っていましたよね? それがここまで効いたことはなかったはずですが……」

 フォルカーの適切な指摘に、ギタの肩が僅かに震えた。

「それ以外の『ちょとした物』って、それは何ですか?」

 今回の処方の最大の特徴は『それ』だったのだが、この物質の存在をフォルカーに伝えるのには戸惑いがあった。もしこれの存在を知ったなら、彼は止めるだけではなく、嫌悪すら覚えるかもしれないと思っていたから。ギタ自身もそれを配合することに最後まで躊躇があったが、結果としてそれが功を奏したのであれば、自分の決断に間違いはなかったのだとそう思える。もしこの事実を彼が知ったとして、罵られることになったとしても。

「それは……大した物ではないよ」

 『あくまで効果を助長させるためだけのものだから』とだけ告げて、詳細は結局伝えられなかった。もしこの配合の真相を知った時に、フォルカーがどんな顔をするのかを、まだ知りたくはなかったからだった。

 それからは週に二回のペースでリミララに同様の薬を届けて貰う。その薬のお陰か、彼女は目に見えて回復しているとのことだった。二週間も過ぎると一般病棟に移ることができ、一ヶ月後にはベッドから降りて歩行訓練も始められるほどの回復ぶりだった。

「本当に、今までを考えたら嘘のようですよ!」

 今日もリミララに薬を届け終えて帰宅したフォルカーは、リミララの驚異的な回復をギタに報告しているところだった。彼の嬉しそうな表情に、知らずギタの頬も弛む。

「私も、貴方達のお役に立てて、嬉しいよ」

 『これで私も面目躍如だね』と言って笑うギタは、しかし顔色があまり優れないようだった。

「ところでギタ、今日もあまり顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 肌にもはりがなく、目元も幾分落ち窪んでいるように見える。最近は時折ふらついている姿も見掛けていたので、フォルカーは度々こうして尋ねていたのだが。

「大丈夫、だよ。少し、寝不足が続いているだけだから」

 これも毎回のことで。フォルカーが同じ問い掛けをする度に、ギタも同じ答えを返してきた。これがそんな単純な症状ではないということなど、フォルカーは露程も知らずに。そうしてギタは今日もリミララのための薬を処方する。――己の命と引き換えにするように。

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