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ヤマアラシな彼女  作者: Nixe(ニクセ)
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第二話

 しかしこうしてフォルカーを弟子にするというところまでは良かったのだが、ギタには最大の懸念事項があった。それは今現在も直面していることで、フォルカーにとっても疑問に感じるところではあっただろう。

「ところでギタ、前にも聞きましたが、何故そのマントも手袋もご自宅で身に付けたままなんですか?」

 そう、目下の最大の懸念事項はこれだった。こっちだって着たくて着ているわけではない。『脱げない理由』があるからこそ、こうして動きづらいのも我慢して着続けているのだから。

「私のルールだと言ったでしょう? この話はこれ以上しないで」

 ばっさりと切り捨てれば、フォルカーは不満を有り有りと浮かべてはいたが、それ以上は口を挟んでくることはなかった。しかし作業がしづらいのは確かで、薬草を細かく粉砕しようにも乳棒を上手く扱うこともできない。思わず舌打ってしまっていれば、フォルカーも呆れたように溜息を零した。

「俺なら気にしませんから。せめてその手袋だけでも取ったらどうですか?」

 『明らかに邪魔でしょう?』と唆されても、それを鵜呑みにはできない。


 この手袋を取ったが最後――貴方だってどんな顔をするのか。


 今まで多くの人のその顔を見てきた。彼らがその瞬間、驚愕し、瞠目し、それを恐怖に塗り替えていく様を。あれは何度目にしても慣れるということがなかった。フォルカーは知らないからだ、この手袋の下に、どれほど醜いものが隠されているのかということを。

 どうせ彼と過ごすのなんて、長くて数ヶ月だ。それだけの期間があれば、可能ならフォルカーの望む薬は完成するだろうし、もし不可能なら彼も諦めてここを去って行くだろう。その間だけ、この動きづらさに耐えればいいだけの話。

「いいの、気にしないで」

 だからそれだけを返して、ギタは滑る手袋越しに乳棒を握り直した。



 それからは日々山野に入って薬草を探し、その効能をフォルカーに教えながら来月の市に並べる薬を調合していった。先月はフォルカーが見事に売り切ってしまったから、今月はいつもよりも多めに薬を作らねばならない。嬉しい誤算ではあるが、その分いつもより多くの薬草が必要だった。

 その合間に手元の学術書を広げ、造血作用のある薬草を探す。街の図書館の書物も漁ってはみたが、それらしき記載は見当たらなかった。フォルカーは一週間に一度ほど山を降り、『その人』の元へと通っているようだったが、帰宅した彼の顔は回数を重ねるごとに翳りを強くしていっているようだった。

 詳細は聞いてはいなかったが、彼をここまで追い立てる人なのだ、きっと彼にとって『その人』はとても大切な人なのだろう。そんな風に誰かを思いやれる彼をいつしか羨望の眼差しで見詰めていたなんて、ギタ本人は微塵も気付いてなどいなかったが。

 そんなある日のことだった。今日も今日とて薬草の収穫に向かい、大量の薬草を手に入れて帰宅した。その一部を煮出していた時のこと、フォルカーはふと手元の薬草の中に見慣れない物を見つけてギタに声を掛ける。

「ギタ、これなんですけど……何て名前の薬草ですか?」

「ん? どれ……」

 お玉杓子を手に振り返り、フォルカーの手元へと視線を落とす。そこには濃い紫色の花を付けた薬草が乗せられていた。

「あぁ、それ。それはアラジヤビンカという花で、咳止めの効果がある」

 ギタが解説すれば、フォルカーは慌てて立ち上がり、薬箪笥に立て掛けてあった自分のノートを手に戻ってくる。

「アラジヤビンカ……ですね。薬効が咳止めっと」

 呟きながらメモを取るフォルカーに、ギタは『ツユクサ科の花だ』と付け加えた。

「どうやって使うんですか?」

「あぁ、これは乳鉢で磨り潰してから……」

 とまで言いかけたギタの目に、眉間に皺を刻んだフォルカーの顔が映る。何事かと首を傾げていれば。

「何か……焦げ臭い」

 フォルカーのその言葉に慌てて振り返る。鍋の中身を焦がしたかとも思ったのだが、次の瞬間身に纏っていたマントを大きく引かれて背を逸らした。

「ギタ!! マントに火が!!」

 フォルカーのその声にギョッとしてマントの裾に目をやれば、そこには確かに小さな橙色の火種が見えた。フォルカーの方へと振り返った際に、迂闊にも竈の火にマントを触れさせてしまっていたのだ。

「……っっ!」

 驚きで身を竦ませていると、自分より大きな手が伸びてきて胸元できつく結んであった紐を解いていく。『あっ』という声を上げたその瞬間、ばさりと音を立てて床に落とされたマントは、フォルカーの靴によって踏みにじられていた。

「だ、大丈夫ですか!? 火傷はな、い……」

 見上げられたビリジアンに映る己の姿。それはきっと――異形の者に見えただろう。


 背中一面をびっしりと覆う針。

 それは鉄黒色と象牙色の縞模様で出来ており、触れる者全てを傷付ける。

 その針は背だけではなく、手の甲にまで及んでいた。


 その姿は、そう――ヤマアラシそのものだった。


大分間が空いてしまってすみません(汗 本編は10万字越えですが、完結済なのでおいおい投稿していきます。

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