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ヤマアラシな彼女  作者: Nixe(ニクセ)
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第一話

pixivで投稿していた作品になります。10万字を越える作品なので、少しずつ区切りながら投稿する予定です。こちらのサイトでの投稿は初めてなので、何か不備が御座いましたら、申し訳御座いません!

 挿絵(By みてみん)



 ヤマアラシはその背を硬く、鋭い針で覆っている。

 自分のその身を守るために。

 けれどその針は、愛おしい仲間に触れる妨げとなる。

 触れたいのに互いの針が刺さってしまい、それ以上近付けないのだ。

 目の前のその温もり、その体温を感じたいだけなのに。

 そうして今日も互いの針だらけの背を見詰めたまま、一歩も動けずにいるのだ。









 ***









「俺を、弟子にして下さい!!」

 足元に敷いた茣蓙に視線を落としていれば、そこにバンッと突かれた掌が目に入る。

「…………?」

 何を言っているのか、全く理解できなかった。弟子とは一体どういうものなのかすら知らないのだから無理もない。

「どうしても、貴方から薬の作り方を学びたいんです!!」

 今日は月に一度開かれるこの街の市の日で、その市場の端っこに陣取られた茣蓙の上。真っ黒なフード付きのマントを頭からすっぽりと被ったこの店の主は、それでなくともその異様な様相と売り物で人目を引くというのに、こんなに声を荒げられては更に目立つというものだ。

「お願いします! 俺はどうしてもある薬を作らなくちゃならないんだ!」

 ジリッと距離を詰められて、主はすっと背を引いた。これ以上近付くなといわんばかりに。

「どうして何も言ってくれないんですか?! どうなんですか? 駄目ですか!?」

 そんな主の気持ちに一切気付くこともなく、青年はただただ主のフードの奥に隠されている顔を覗きこもうとする。その真摯なビリジアンの瞳に見詰められて、主はひゅっと喉を鳴らした。

「な、にを……言っているのか、意味が、分からない」

 人と言葉を交わすなんて何日振りだろうか。殆ど使われなくなった声帯は掠れ、最早本来の機能を失っているかのようだった。その声を耳にして、青年は一瞬だけ怯む。

「女性、だったんですか……?」

 フードを深々と被り、両手には真っ黒な手袋を嵌めていては、確かに性別すら判別するのは難しかったであろうけれど。

「あぁ! この際、性別なんてどうでもいいんです! それより、俺を弟子にしてくれるかくれないかが問題なんです、今は!」

 話を元に戻そうと必死な彼には、性別すらどうでもいいことのようで。しかし、そんな彼の哀願するような表情ですら、この店の主の心を動かせはしなかった。

「悪いけど、弟子とかそういう者を取るつもりは一切ない。この薬が売れればいいだけだから、そこを退いて」

 ばっさりと切り捨てるような口調に、青年は僅かに口を開いたまま放心する。そこまで無碍にされるとは思ってもいなかったのだろう。

「ど、どうしてですか!? 金ですか?! 幾ら用意すれば、弟子にして頂けますか!?」

 尚も食い下がろうとする青年に、今度は主の方が怯む番だった。

「お金……は確かに必要だけれど、だからってお金を払って貰っても弟子にする気はないから」

「じゃあ、何が必要ですか? 薬草ですか?」

 薬を作るのに確かに薬草も必要だった。けれどそういうことが問題ではない。

「そうじゃ、ない。何を持ってこられても、弟子は取らない」

「どうしてですか!?」

 両手を突いて更に身を乗り出してくる青年に、流石に耐え切れなくなり、右手を彼の眼前に突き出す。

「どうしても何も、取らないものは、取らないっ!」

 これ以上粘られては本当に商売の邪魔になる。それでなくとも主が醸しだす怪しげな雰囲気で客は決して多いとは言えないのに。

「お願いだから、帰って。この薬を売らなくては、生活できなくなる」

 唯一の収入源であるこの薬。茣蓙に並べたこれらをできる限り売らなくては、来月まで生き延びることすら怪しいのだ。すると青年は流石に諦めたのか、すっと腰を上げて茣蓙の傍に立ち上がる。

「そうですか……なら、俺が今からこの薬を全て売り切ったら、弟子にすることを考えてくれますか?」

「はぁっ!?」

 突然の素っ頓狂な提案に、主は茣蓙の上から青年を見上げる。その顔はフードに隠されていて拝めはしなかったが。

「貴女はこの薬を売り切りたいのでしょう? 俺ならこの薬を売り切ることができますよ!」

 この市で薬を売るようになって数年経つが、今まで全てを売り切ったことなど一度もない。2/3も売れれば上々だといえるというのに、作った本人でもないこの青年がその全てを売り切るなど無謀と思えた。

「どうですか? それなら、弟子にすることを考えてくれますか?」

 どうせ出来やしないのだからと首を縦に振ったことを、主は後々まで後悔することになるのだが。



「これで、弟子にしてくれますよ、ねっ?」

 にっこりと満面の笑みでフードの奥を覗き込んでくる青年は、まるで乙女のように頬を薔薇色に染め上げていた。

「…………」

 対するこの店の主は、一つの商品も無くなった茣蓙を黙って見下ろしたままだった。

「そもそも、貴女は商売が下手すぎなんですよ! これだけの素晴らしい薬を、何の説明も無しに売ろうとなんてしてるから」

 唇を少しだけ尖らせて話す青年は、愛らしいくらいの表情を浮かべていたが、この店の主はそんなことを目にする余裕もない。

「今まで、だって、一度も全部売れたことなんて、なかったのに……」

「だから言ったでしょう? 俺なら全部売り切ってみせるって!」

 どうだ! とばかりに胸を張る青年は、その胸をポンと一つ叩いて更に自分の成果をアピールすることを忘れない。だがしかし、彼の売り子姿は実に見事なものだった。腰を丸めて痛そうに歩く老女がいれば、この薬を水で溶いて腰に貼るといいと勧め、母親に手を引かれて歩く子が咳き込んでいるのを見かければ、この薬を蜂蜜に溶かして飲ませれば楽になると売り込んだ。人々の症状を瞬時に見抜くその能力もさることながら、驚いたのは彼が差し出した薬の全てが、その薬効を一つも違えていないことだった。

「どうして、薬効が全て分かった?」

 薬瓶には勿論使用した薬草もその薬効も書いてなどいない。彼は売り子になる前に薬瓶を眺め、開栓して匂いや味を確認していたが、ただそれだけだった。

「分かりますよ、貴女の薬はここ暫くどんな物を売っていたか調べていましたし」

 調べると言ってもあまり需要がなく、ここ数ヶ月売れ残り続けていた薬もある。だとしたらそれらをどうして彼が知ることができたのか。辿り着いた答えは、ただ一つ。

「お前……薬学に精通しているな?」

 同業者なら、確かにある程度は分かるはずだとそう踏んだ。そしてその知識を欲する理由も納得がいく。

「だとしたら、益々お前を弟子にすることはできない。同業者に情報を売るなんて、こっちだって死活問題だ」

 そもそもここまで薬学に対する知識が豊富なら、今更教えることなど何一つない。馬鹿らしいと立ち上がって茣蓙を畳んでいれば。

「同業者なんかじゃないですよ! 全て独学です! だから貴女に教えて欲しいんです、ちゃんとした知識を!」

 彼の言葉に、主はぴたりと動きを止めた。独学だと、今確かにそう言っただろうか?

「ここまでの知識を、独学で?」

「はい!」

 ニッと上げられた口角は、少しだけ挑戦的で。もしその言葉が事実だとしたなら……確かに逸材と呼ぶに相応しいだろう。

「それに、約束は、約束ですよ?」

 ずいっと寄せられた顔に、主はまたしても腰を引く。どうしてこうも、こいつはパーソナルスペースを簡単に犯そうとするのか。

「この薬全てを売り切ったら、弟子にしてくれるって約束でしょう?」

 後悔先に立たずとはこのことだと、この日主は深く心に刻んだのだった。



 帰り道、重い足取りで街外れの街道を歩いていた。別に荷物が重いわけではない。寧ろ薬を売り切ったお陰で、右手にぶら下げた鞄は今まで持った中で一番に軽かった。

「弟子にして頂くからには、身の回りのお世話もさせて頂きますね! 金は要らないと言われましたし、それで授業料になりますか?」

 嬉々とした顔でそう詰め寄られては、もう逃げ道はなく。口約束とはいえ、とんでもないことをしでかしてしまったと、数時間前の自分を責めたくなった。

「師匠のお家はどの辺なんですか?」

 隣を歩く青年の足取りは、『師匠』と呼ばれたその人物に対して非常に軽かった。

「その師匠っていうの、やめて」

 溜息交じりにそう返せば『えぇーっ!?』という非難の声で返される。

「だって、弟子になるなら、貴女は師匠でしょう?」

「……師匠なんて、そんな大層なものになる気はない」

 どうにも逃げ切れなくなったから、渋々薬学の知識を分けてやるだけなのに。そんなもので師匠と呼ばれるなんて、堪ったものじゃない。

「じゃあ、なんてお呼びすれば?」

 そう尋ねられて、はたと気付く。そういえば、互いに名すら名乗っていなかったと。どのみちこの様子ではこの男が早々に諦めるとは思えない。この先のことを考えれば、確かに名前くらい名乗っておいた方が互いのためだと考えて。

「ギタ、だ」

「……はい?」

 突然口にされたその音に、青年は盛大に首を傾げた。周りの人々の症状を見抜くことにはあんなに長けているというのに、こういう所は鈍いのかと少しだけ笑みが零れそうになる。

「私の名だ。ギタという」

 再度自分の名を名乗れば、隣を歩く青年が足を止めて『あっ!』と声を上げる。やっと彼も自己紹介もしていなかったことに気付いたのだろう。

「ギタさんですね! 分かりました! 俺は、フォルカーと言います。フォルカー・リュシルと申します、どうぞ宜しくお願いします、ギタさん!」

 そうして見上げた先には、太陽のように煌いた笑顔が用意されていた。



 自宅へと確かに向かってはいたが、その道が徐々に険しく、細くなっていくことに、隣を歩くフォルカーが段々表情を曇らせていく様子を見るのが少しだけ面白かった。どうやら彼は、思ったことがそのまま表情に出やすいタイプらしい。

「あの……ギタ、さん。これは本当に、ご自宅に向かってる、んですよね?」

 薄暗くなった森の中を進む頃には、フォルカーは怯えすら滲ませていた。

「さんはいらない、ギタでいい。そしてちゃんと家に向かってる」

 ザクザクと下草を踏み分けて歩くギタの後を追いながら、フォルカーは辺りを見回していた。

「嫌なら、帰ればいい。私はその方が助かるし」

 そうなれば弟子なんて取らずに済むんだと暗に示せば、フォルカーは瞬時に背筋をぴんと伸ばして抵抗する。

「と、とんでもない! ギタにやっと弟子にして貰えたんですから、こんなことでは帰りません!」

 まぁそうだろうなとは思いつつも、それもいつまで持つだろうかとギタは一人苦い笑みを零す。そもそも彼は、このマントを外した姿を目にしたことがない。彼は知らないからだ、このマントの下に、何が隠されているのか、を。もし一目でもその姿を拝んだら、とんでもない人物に弟子入りしたものだと、きっと激しく後悔するだろう。

 そうして歩くこと一時間、日がすっかり落ちた薄闇の中辿り着いたのは、森の奥に佇む一軒家だった。

「ここ」

 ギタは短く告げて、扉に掛けられていた鍵を外す。暗闇の中カツカツと部屋の中へと進むと、窓際に置いてあったランプに火を灯す。フォルカーは『お邪魔します』と呟きながら部屋に入り、辺りを物珍しそうに見回していた。それもそのはずで、この家はあちこちに道具や薬草が溢れていた。

「凄いですね、これ全部薬草ですか?」

「うん、まだ研究中の物もあるから、無闇に触らないで」

 毒性が強いと判別できているものは箱に密閉して仕舞ってあるが、まだその効能が分からない物はそのまま出されていたからだ。思わず薬草に手を伸ばしかけていたフォルカーの手が空中で静止する。

「それじゃあ、夕飯作るから、そこら辺で適当に寛いでて」

 どのみちこの暗闇だ、薬学の講義にしたって明日からしかできない。ならば食事を済ませて早々に休むのが吉だろうとギタが竈に歩み寄れば。

「なら、俺がやりますよ!」

 突然伸ばされたその手に、慌ててギタは手を引っ込めた。危うく手が触れそうになったからだ。

「身の回りのお世話は俺がするって言ったでしょう?」

 確かに帰り道でそう提案されてはいたが、果たしてこの男に家事などできるのかと訝しんでいれば。

「俺が何もできないと思ってるでしょう?」

 すいっと顔を寄せてフードの中身を覗き込んでこようとするフォルカーに、ギタは背を反らす。

「そ、そんなことは、思ってない、けど」

 どうでもいいが、そんな風に身を寄せるのは止めて欲しいのだがとは言えるはずもなく。

「大丈夫ですよ! 俺、これでも家事は得意なんです!」

 またしてもポンと胸を一叩きしたフォルカーは、その言葉通りに家事をこなしていった。



「……美味しい」

 出されたスープを一口含んでから、ギタはぼそりと呟いた。

「本当ですか!? それは良かった!」

 ギタのその様子に満足そうに笑みを零してから、フォルカーは自分の皿にも手を付けた。

「質素な生活されてるだろうなとは予想してましたが……これは想像以上でした」

 スープの中身はジャガイモと人参だけ。しかも今日の夕飯はこれだけだと言われてしまえば、フォルカーは流石に絶句せずにはいられなかった。

「悪かったね。こんな生活が嫌なら、早く薬学の知識を手に入れて、出て行ったらいい」

 裕福な生活をしているなんて微塵も思っていなかったが、そもそも生きていければいいだけの話で、必要以上の食料なんて欲してもいなかった。

「嫌って訳ではないですよ? 俺の家もそこまで裕福ではないですし」

 なら何が不服なのかとフードの奥から睨みをきかせていれば。

「ただ……こんな生活をされているから、ギタはそんなに細いのかなって思っただけで」

 ぎくりと音が聞えそうなくらい、自分で自分の体が軋んだような気がした。細い……細い、のか? でもこの真っ黒なコートを纏っていれば、自分が細いかどうかなんて分かるはずもないと思っていたのに。そのギタの動揺に聡く気付いたのか、フォルカーは更に言葉を続ける。

「そもそも、どうして家に入ったのに、そのマントも手袋も取らないんですか? 動き難いでしょう?」

 これには明らかに肩を震わせてしまう。いつかは突っ込まれるだろうと思ってはいたが、さて何て答えたものか、と。そう、フォルカーの指摘通り、ギタは家に入ったというのに腰下までの真っ黒なマントを纏い、深々とフードを被ったままで、挙句手袋まできっちりと両手に嵌めていた。そこには――彼の与り知らない事情があったからなのだが。

「気にしないで、これは私のルールみたいなものだから」

 ルールって何だと自分でも突っ込みたくなったが、確かにその通りなのだからこれ以上は何も言えやしない。人前に出る時は、マントを纏い、フードを被り、手袋を嵌める、それが自分の中で決められたことなのだから。

「……ギタがそう言うなら、これ以上は何も言いませんけど」

 そうは言いつつも、明らかにフォルカーは不服そうだった。分かりやすい男だと、ギタはそのフードの奥でだけ微笑みを零していた。

 食事を済ませればギタは早々に自室に引き篭もる。いい加減、このマントが鬱陶しくなってきたのだ。

「悪いけど、うちには客室なんてものはないから、ここに寝て貰うしかないんだけど」

 明日にはせめて寝具くらい用意しなくてはならないかと考えていれば、フォルカーはぱちぱちと数度瞬きを繰り返しただけだった。

「あぁ、全然構いませんよ! 床でも何処でも適当に寝ますので」

 そうして両手を僅かに開いてみせる彼を一瞥し、ギタは自室の扉へと手を掛けた。

「それなら後は適当に。お風呂もお湯は沸かしてあるから」

 短くそう告げて、ギタは扉の奥へと姿を消した。その背後でフォルカーが僅かに瞳を細めていることなど知らずに。



 翌朝から薬学の講義が始められたわけだが、ギタはフォルカーの知識量に驚かされるばかりだった。フォルカーはこの家に集めた薬草の殆どを見事に言い当てていたばかりではなく、その効能までを全て把握していた。ここまでの知識を持ち合わせている薬剤師に出会ったのは、正直これが初めてだった。

「ここまで知っているなら、私が教えることなんて何もないと思うけれど」

 てきぱきと薬草を仕分けているフォルカーの手元を見遣りながら零せば、フォルカーは顔を上げてギタのフードの奥を覗き込む。

「いえ、ある程度の知識は確かに持ってはいますが、どの薬草を組み合わせれば目的の効能を発揮できるのかとか、逆に組み合わせることで有害になる物があるとか、そういう知識には疎くて……」

 確かに薬と呼ばれるものは数種類から数十種類もの薬草を組み合わせて作るもので、その量や配合は薬剤師オリジナルのレシピも多い。そこが各々の手腕によるものだといえた。

「それに俺は……そういう一般的な薬の知識が欲しいわけじゃないんです」

 フォルカーの纏う雰囲気が一気にピンと張り詰める。その様子に、『あ、ついに本題がきたな』とギタは悟った。元々フォルカーはギタの持つ全ての知識を欲しているわけではないのだろうと感じてはいた。多分目的は別にあるのだろう、と。

「実は、作って頂きたい薬があるんです」

 ここまでの知識を持ってしてまでも作れない薬。それは果たしてどんなものなのかと固唾を呑んでいれば。

「血液を……増幅させる薬です」

 字面通りに言葉を追えば、それは案外簡単そうに思えた。出血があるようなら止血を促す薬を使えばいいし、貧血を起こしているなら鉄分を多めに摂取させ、その鉄分が吸収されやすいような薬効の薬草を組み合わせればいいはずだ。

「? それならハマスタシの葉とケウロンの実を使えば良いんじゃない?」

 ハマスタシは止血作用があり、ケウロンの実は鉄分の吸収を促進させる作用がある。

「それはもう、既に試していますが……効果がありません」

 そう語るフォルカーの顔に翳りが見え、ギタはこれはそんな簡単な話ではなかったのだと理解する。そもそもこれだけ薬学に精通しているフォルカーなら、このくらいのこと既に気付いていただろう。

「その人、一体どんな症状なの?」

 ギタは薬草を仕分けていた手を止めて、そのまま両肘をテーブルに突いて手を組む。これは本腰を入れて聞かねばならない話だと判断したからだ。ギタの声音の変化にフォルカーも気付き、同じく作業の手を止めてギタに向かい合う。

「極度の貧血状態にあります。勿論鉄分を含んだ食事も摂らせていますし、先程ギタが言った薬も処方しています。しかし、一向に病状が改善しません」

 『極度』というからには、事態はかなり深刻なのだろう。そう思っていれば、フォルカーが『今はふらつき、眩暈が酷く、ほぼ寝たきりになっています』と付け加えた。

「そうなると、ただの貧血ではないようだね。何か病的なもの?」

「恐らくは」

 そうなれば考えられる病とすれば――。

「骨髄の病気?」

 血液は骨の中にある柔組織である骨髄という場所で作られていると言われている。もしその場所に重大な病が発症すれば、当然その主たる目的である血液が作られないということになる。

「そうではないかと、医者には言われています」

 なるほど、もしその話が本当だとすれば、事態はかなり深刻だということになる。血液は当然酸素の運搬も行っているが、細菌やウィルスなどの感染からも体を守っているからだ。それがなくなるということは、それこそ素っ裸で敵の前に放り出されるようなものだろう。

 ギタは組んだ手の上に顎を乗せて暫しの間考え込む。骨髄の病気だとすれば、そう簡単に造血させることは難しい。止血や鉄分の補給などでは到底追いつくはずもなく、根本的な治療が必要になるからだ。

「効果があると言われる薬は全て試しました。腕が良いと言われる薬剤師がいれば、薬を処方して貰いました。けれどその全てにおいて、効果が認められませんでした」

 いよいよ大変なことになったとギタはこの時改めて気付かされる。茣蓙に手を突いて懇願してきたフォルカーの姿が脳裏に浮かぶ。彼はあの時から本気だったのだ。

「だからこそ……もう、自分の手で作るしかないと思ったんです! もう待ってるだけでは駄目なのだと。そのためには、良き指導者が必要なんです!」

 額に手を当てて、それこそ天を仰ぎたくなってしまう。あぁ、自分はなんて所に首を突っ込んでしまったのだろうかと。

「ですからギタ、どうか俺を弟子にして下さい! 貴女の元で学び、あの人を救う手立てを手に入れたいんです!」

 じりじりと身を焼かれるかと思うほどの熱を感じる。そのくらい、目の前のビリジアンの瞳は高熱を孕んでいた。

 逃げ道はもう、ない。あの日、口約束とはいえ、交わしてしまったのだから。弟子にするという、その約束を。

「……分かった。私に出来ることなら、何でもしよう」

 乗りかかった船とは正にこのことで。こんな話をされ、そんな瞳を見せられて、今更他人事だと放り出せるほと自分は薄情な人間だとも思っていない。決意も新たにそう告げれば、瞬時にフォルカーの顔が煌き出す。

「でも、これだけは覚えておいて。だからといって、私だってその人を治せるという保障は何処にもないからね?」

 フォルカーのことだ、それこそ今まで数多くの薬剤師の元を訪れただろう。その彼らですら治せなかった病を、自分が治せるという保障なんて何処にもなかったのだ。

「わかりました! 弟子にして頂けるだけで有り難いです!」

 こうして奇妙な弟子との共同生活が始まったのだった。


これでもまだ1/10以下なので、おいおい投稿していきます(汗

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