冬の魔王と小さな勇者
思いついたので書いてみました。
サブタイだけ見るとちゃんとしたファンタジー系っぽく見えますが、そんなフリをしたネタ系です。
本項のタグ:「冬の魔王(笑)」「小さな勇者(笑)」「あなたが次の勇者かもしれない」
これは、魔王に挑み囚われた王を救出する物語。
冬の寒い夜。
魔王の雄叫びは街中に響き渡り、暗く帳の落ちた闇夜の奥からその威武を知らしめる。
挑むのは勇者。
吐く息は白く、足取りには迷いがある。
しかし握り締めた武器を決して手放すことはなく、魔王の居場所を探して歩き続けていた。
寒さにかじかむ指先を擦り、鼻や耳を赤くして大通り、路地裏と探し回ることしばらく。
ついにその目に魔王の放つ真っ赤な光が映る。
それを目印に、勇者は覚悟を決めて進む。
やがて見えるのは、焼ける石とそれを包む炎。
近づくほどにその熱は勇者の顔を照らし、その目に映る魔王を赤く染め上げる。
魔王。
一見するとただの中年男性としか見えないこの存在は、寒い冬の夜になると突如街中に現れる。
何処とも知れぬ王国から拐われたものたち。
それらに言葉にするのも恐ろしい拷問を行いながら、街中を引き回すのだ。
焼ける石の熱に晒されて、責め苦を受けたものたちのにおいが鼻をつき、勇者は無意識に唾を飲み込んだ。
勇者には迷いがある。
手にしている武器が魔王に通じるのか。
囚われたものを救い出すことができるのか。
魔王に挑む勇気を、勇者が絞り出せるか。
「今日は冷えるねぇ。こんな時間にお散歩かい?」
怖気づく勇者に気づいた魔王は、その顔をぐしゃりと歪めた。
笑っているのだ。
寒い冬の夜。
魔王の雄叫びに誘われて現れた勇者が、どれだけの威武を秘めているのか見定めるような眼差しで。
その力が魔王を倒すには至らないことを見抜き、軽くあしらってやろうと笑っているのだ。
それを見た勇者は、心を奮い立たせる。
冬の寒さから守るための防具は魔王相手には役に立たない。優しき父に下賜された首と顔半分を覆う防具の下で、勇者は口を引き結んだ。
今からお前に一撃をくれてやると心で叫び、手にした武器を掲げる。
偉大なる母より下賜された武器は白銀の光を放ち、魔王の放つ真っ赤な光を照り返す。
それを見た魔王は目を細めて、笑みを強くする。
「ほほう。どうやらそれなりの資格があったようだ」
無造作に伸ばされた手の先で広げられた指先。
それを勇者へと向けた魔王は、勇者の一撃をただ待ち受ける。
明らかな誘い。
その一撃を受け止める準備が整っているのは明白だが、それでも勇者は怯まない。
その一撃に絶対の信頼を籠めて、魔王へとふるう。
「ふふっ。なるほどなるほど。頑張ったご褒美に、少しだけ見せてやろう」
しかし、やはりその一撃は魔王にたやすく受け止められた。
何の痛痒もないかの如く、魔王は笑う。
そして熱が猛る釜を開き、そこで虐げられているものたちの姿を勇者に晒した。
より濃密な、強いにおいが周囲へと溢れる。
それは恐ろしいほどの刺激となって、勇者の脳を痺れさせた。
目に見えるのは無数のものたち。
一糸纏わぬ全身は熱に焼かれ、焦がれて黒くなった箇所さえある皮が、痛ましく裂けている。
勇者はその光景から目を離すことが出来なかった。
その光景は、あまりにも強いそのにおいとともに勇者の心にこびりつく。
それを拭い去るため、来年も再来年も、その次もまたその次も、勇者が挑みにくるように。
それこそが魔王の狙いだった。
ぐしゃりとした笑みを崩すこともなく、呆然として立ち尽くす勇者に背を向けた魔王が、熱が猛る恐ろしい釜の奥へと手を伸ばす。
その手から逃げることも出来ず、今なお熱に晒されているものたち。
その中から掴み出された、最も尊大なもの。
他のものたちが芯まで屈しているのに対し、未だ生気を宿した偉容。
熱にも魔王にも屈しないそれは、まさに王の佇まいだった。
「ふふっ。いつかはここまで手が届くようにな。今はまだ、この程度だな」
再び戻されていく偉容の代わりに掴み上げられたのは、それに比べればまるで貧相な子供のようだった。
魔王は熱を感じないのだろうか。
その貧相なものに紙を纏わせ、ぐしゃりとした笑みで勇者へと差し出してくる。
「熱いから、火傷をしないように気をつけてな」
恐る恐る、勇者は両手を伸ばして受け止めた。
熱い。
それは焼けた石の熱を宿したように熱く、勇者の両手を焼こうとする。
慌てて父に下賜された防具を外すと、その顔を冬の夜の寒い空気に晒した。
それを使って包み込むようにすると、やっと勇者へと伝わる熱が触れていられる程度に落ち着く。
両手でしっかりと支えて、魔王へと目を向けた。
魔王は悠然と笑い、背を向ける。
再び雄叫びを上げて、他の勇者を待つのだろう。
「いつか王様を助けるからな。魔王」
敗北感と達成感という矛盾した感情に包まれ。
防具越しでも伝わる熱を感じながら。
寒い冬の夜を白い息をはき。
弾むような足取りで。
勇者は、走る。
その背後から、再び魔王の雄叫びが聞こえた。
「い~しや~きいもぉ~~おいもっ!」
なお数年後&魔王の由来
「おや? 今回は少ないねぇ?」
「……うるさい (ダイエット中だけど、1つならいいよね?)」
「ふふっ。いつもひいきにしてもらっているお礼に、1つおまけしておこうかな」
「まっ!? おぉぉぉぉっっきぃぃっ!? (こ、断れないぃぃっ!)」
街に叫びが響き渡る冬の寒い夜には、泣きそうな笑顔で焼き芋を持ち帰る姿が、毎年目撃されている。