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オハグロとツケヅメ

バレンタイン時期ということでバレンタインネタを書いてみました。


本話のタグ:「バレンタイン」「チョコレート」

 うちのクラスの女子は打算する。

 特に普段から顕著に打算的な彼女は三人グループの一人で、それこそ文字通りに姦しい。

 派手な色に染めた髪をなびかせて、無造作にしなだれかかり、うっすら色づく程度の化粧では隠せない笑みをたたえて、耳元に吐息まじりにささやくのだ。



「お願い」

「君だから頼めるんだよ」

「よろしくね」



 甘い香りと吸い付くような感触が、すがるような弱々しい彼女の声とともに脳を揺さぶるのに流されて頷いたことは数えきれない。

 掃除当番や荷物運びだけでなく宿題を見せたこともあれば、調理実習で生産された廃棄物を処理したこともある。僕のオハグロという渾名は炭の味しかしないクッキーのせいである。名付けたのもクッキーを作った当人だが。


 そんな彼女はいつものように三人のグループでケラケラと笑っている。

 出口を塞いで検問所のようにして、帰ろうとする男子を取り囲んでは小さなチョコを押しつけて、



「ホワイトデーは三倍返しよろしくぅ〜」



 と楽しそうだ。

 十円のチョコが駄菓子になって返ってくるのを、なんでそんなに楽しそうにしているのか僕には理解できない。声をかけられる前に反対側の出口から教室を後にしよう。

 そう思いながらゆっくり鞄を手に取って、咳払いをしつつ席を立つ。

 気づかれないように静かに伸びをして、ゆっくり歩いて出口へと向かう。

 おや、教卓が曲がっているじゃないか。仕方ないので直しておこう。おっと、古くなっているせいでガタガタと揺れて音がしてしまった。


 …………変わらず聞こえている笑い声を横目に、出口へと向かう。

 他の男子とお返しについて笑っている彼女たちは僕に気づいた様子はない。

 うん、そう。予定通りだ。何も問題はない。全くもって何一つ。



 廊下に出て反対側の出口を見ると、そちらの扉も開いた。

 さっきの男子が開放されたのかと思ったが、覗いてきたのは並んだ笑顔。

 ニヤニヤとした笑顔は獲物を見つけたときの彼女たちのいつもの笑顔だ。

 うん。仕方ない。見つかってしまったのだから、無視して帰るわけにもいかないだろう。

 僕は精一杯のため息をついて、顔をしかめて視線を逸らしながら、そのニヤニヤ顔が並ぶ扉へと向かう。



「…………ん」



 具体的に言葉にすることなどできるはずもない。視線を合わせないように顔を背け、僕はそっと手を差し出した。

 しょうがないじゃないか。見つかってしまったのだから。

 潔く十円のチョコを貰って、三倍返しをするしかないじゃないか。

 しかし諦めてそう思い差し出した手に、何かを置かれる気配がないのでそちらへと顔を向けた。

 その僕の手を不思議そうに見つめていた、彼女たち三人の視線が腕を伝って僕の顔を見つめてくる。



「……義理チョコ配っているんだろう?」



 多分、彼女たちはその言葉を僕が言うのを予想していたのだと思う。

 その後は地獄だった。

 満面の笑みを浮かべた天使のような悪魔たち。

 最も打算的な彼女はただ静かに笑いかけ、他の二人が僕の耳へと囁きかける。



「はぁ? アタシらから義理チョコ貰うつもりでいんの?」


「うわぁ……マジ? ありえなくね?」



 左右から聞こえる罵倒は耳から染み込み脳を揺さぶり、心を抉る。

 二人がかりで首に腕を巻きつけられて締め付けられるような体勢に、押し付けられてくる柔らかさと暖かさとあぁいい匂いするいやまずい落ち着け僕。

 逃げ出そうとするのを遮るためだろう。左右から罵倒している二人は僕の腕を掴んで離さない。

 そんな僕の姿を見て、さっきまで出口付近で彼女たちにチョコレートを貰って談笑していた男子が殺意に溢れた目で睨みながら去っていく。


 いや待ってくれ誤解だ。僕は全くこんな状況を望んでいないし、喜んでなんかいないんだ。

 その証拠に女子の腕力で抑えられているくらい簡単に振り払うことができるはずだし、逃げ出すことだって難しいことじゃない。

 ただその、ちょっと腕力で解決するのは紳士的ではないと思うわけで。

 鞄を支える両腕が全身で抑え付けられているのも、もたれかかられて中腰なのも、押し返す力がないという訳ではない。決して。断じて。

 膝が少し震えているのは男子生徒の殺意のせいでも、重さに耐えるのに必死な訳でもなく、紳士的に解決するためであるのだけれどもそろそろ限界が近いからやめてもらいたい。


 そんな逃避じみた思考をすり潰すように、左右の耳にくすぐられるような感触と共に毒に満ちた言葉が入ってくる。

 腰も心も砕けそうな僕の顔を覗き込むようにして、いたずらっ子のように楽しげな笑みを浮かべた彼女は未だ黙ったままだ。

 その口からも毒が吐かれるのか……あ、やばい。なんか涙出そう。


 いたずら心というより最早嗜虐心が溢れているような彼女の笑顔はとても自慢気に見える。

 そんな嬉しそうな表情を正面から見つめてしまい、僕は動くこともできない。

 いや、左右からしがみつかれているのだから当たり前だ。可愛いから見惚れてしまったとか、そういう理由では決してない。熱いのもしがみついている二人のせいだから、顔が赤くなっているとか言われてもそれは仕方のないことだろう?

 でも僕がそんな言い訳をする暇を彼女は与えなかった。


 目の前に見せ付けるように突き出された彼女の手。その細くて白い指先にあるのはゴテゴテとしたカラフルな付け爪と、指先に挟まれた物体。

 五百円玉を何枚か重ねたような、墨色をした謎の物体を見て、僕の口の中で炭の味が蘇る。



 クッキーリベンジ。



 そんな言葉が脳裏を過ぎった。また僕はオハグロになるのか。渾名はオハグロダッシュとオハグロマークツーのどちらだろうか。

 逃れようと食いしばる僕の口は彼女の指になぞられて驚き、何を言おうとしたのかも分からずに勝手に開いた。

 そこに押し込まれてくる塊が歯に当たってゴリゴリとねじ込まれてくる。

 無理矢理ゴリゴリグリグリとぉぉぉぁぁあまい。


 うん、あまい。変な硬さがあるけど、これはまさかチョコレート?




「あたしが義理チョコをあげるわけないじゃん」




 指先を舐めながら、彼女はそう言って笑った。

 僕はそれを見ながら口の中にある硬いチョコレートを噛みながら、初めて思った。






 チョコを作るときは付け爪を外せ。






 その日から僕の渾名はツケヅメに変わった。

 名付けたのはもちろん彼女だ。





割り込み投稿って予約投稿できないんですね。(今回やろうとして初めて知った)

割り込みした箇所(今回だとこの話)って、読者の方って見つけられるんだろうか……?

更新情報って「〇話が割り込み投稿されたよ」とか表示ないよね?

まぁ、見つけられた方はラッキーということで。(てきとう)

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