崩道
本話では事件・事故に伴う取材等を題材にしています。
そのため、一部の方には不快な表現や情景が含まれている可能性があります。
「嫌な気分になるかもしれないモノは見たくないなぁ」という方は、スルー推奨です。
なお、現実の「事故・事件・職業・人物・その他もろもろ」とは無関係な創作になります。念のため。
本項のタグ:「事故・事件」「崩道 (ほうどう・くずどう)」
修学旅行中の学生たちを乗せたバスは、運転手を含めた22人の命を奪った。
生徒13名が死亡、7名が重症となった痛ましい事件だと崩道は語った。
信号を無視した乗用車がバスにぶつかり、バスを弾いた。
他の車に乗り上げ、バスは横転しながら信号待ちの人々を巻き込んで建物へと衝突。
バスの運転手は即死だったと後日の崩道で知った。
最初に突っ込んだ乗用車の運転手は軽症で、危険運転過失致死に問われている。
事件当日に学校は記者会見を行い、生徒や遺族への質問や崩道は行わないように懇願した。
涙ながらに頭を下げた校長の姿は繰り返し崩道され、評価された。
しかし修学旅行を終えて復学した当日。
生徒たちを撮影するカメラクルーとライブ中継を行うアナウンサーの姿が、通学路と校門前に溢れた。
鞄で顔を隠してカメラを避けて通る生徒を映し、アナウンサーが好き勝手にかたる。
「痛ましい事件は生徒たちに傷痕を残しているのでしょう、言葉もない様子が伝わってきます」
「こうして見ていると生徒たちも俯きがちで、事件のショックに打ちひしがれているように見えます」
「先生方が居合わせた中での事件に、何故防ぐことができなかったのか。学校側として対応が充分だったのか。疑問は残ります」
「学校側が遺族へどのように説明を行ったのか、詳細は明らかにされていません。分かり次第、改めてお伝え致します」
『学校の外は公共の場だ』
『私たちには崩道の自由がある』
『隠し立てするのは、何か後ろめたいことがあるからだろう』
それは今までに他人事として見ていた崩道の現場だった。
翌日には崩道は悪化した。
乗用車の運転手が自失状態だった可能性があり、立件を見送る声があるという。
『それを聞いてどう思うのか』
『犯人に望むことは』
質問と称した、様々な悪意がそこにあった。
質問責めにされて泣き出した生徒を映し、『本当にかわいそうですね』、などとコメンテーターがかたる。
映されているのが別学年の生徒だと、一切伝えないままにニュースが変わった。
「パンダの赤ちゃんの名前が決まったようです」
「楽しみですね」
そこには満面の笑みが浮かんでいた。
復学から三日目には崩道関係者の姿は少し減っていた。
その分、タチが悪くなっていた。
「本当はムカついてんじゃないの?」
「許せないよねぇ。なんとか犯人には制裁が降ってほしいよねぇ」
「ちょっと君、友人が死んだんでしょう? そっちの子は恋人? 付き合ってて申し訳ないとか思わないの?」
わざと怒らせて、その様子を撮ろうとする姿。
駅まで後をつけている姿。
取り囲んで逃がさないように追い詰める姿。
そんな姿を毎日見ているうちに、多分何人かがキレたのだろう。
「ふざけんな」
「マジ死んでほしい」
「最悪」
そんな短い言葉が、他の生徒の映像に合わせて流された。
崩道へ向けられた言葉は、運転手への悲痛な叫びとして改変されていた。
でも、他の事件が起こって、崩道は姿を消した。
私が崩道に思ったことは、飽きたオモチャを捨てたのだろうということ。
それでも、二度と現れないのなら。
怒りに濁らずに、悲しみを見つめられると思った。
崩道が戻ってきたのは、事件から2週間後。
乗用車の運転手が自殺したのがきっかけだった。
ツイッターに遺族があげた遺書を読んだ。
大変なことをしたことを深く詫びていた。
これ以外に償う方法がないことを詫びていた。
それをあげた遺族は、崩道に延々と責められ続けていたことを恨む旨を記していた。
そして、今は自殺を止められなかったことを自分が責められ始めたこと、耐えられずに自分も自殺することが記されていた。
崩道は運転手の自殺だけを伝えた。
その家族は自殺したのか。
その家族のアカウントは更新がないままで、そこに触れた崩道は未だに一つもない。
校長が再び記者会見を行い、再度生徒や遺族への質問をやめるように懇願した。
しかし、『事件を詳らかにするため』と称した崩道は、互いに競争するように追い詰めた。
運良く免れていた私も、ついに捕まった。
通学途中に壁を背に取り囲まれて、カメラとマイクが突きつけられる。
多分、私はとっくにキレていたのだと思う。
何を言われても相手にしてはいけないと、全校集会でも言われた。
担任も釘を刺していた。
でも私は彼らに向かい、携帯を取り出して手を挙げた。
携帯を弄り録画されていること確認し、伸ばした手の小指だけ曲げる。
「一度に質問されても答えられません。順番に質問をお伺いしますので、所属とお名前を教えていただき、質問を受けたいと思います」
更にライブ中継を準備すると、居並んだ顔を撮りながら伸ばした手の薬指を曲げた。
「一切取り繕うことはしません」
回答をこの場でするつもりはカケラもなかった。
『崩道の質問ライブ』として中継を開始して、画面上には回答は別動画であげる旨を添えておく。
回答は動画編集後に上げるつもりだということを、私はわざと言葉にはしなかった。
崩道の顔も声も加工せずにそのまま流すと、『取り繕わない』という言葉でしか伝えなかったのも、わざとだ。
それでも、きっと彼らは、それを私の意図を全て理解したうえで、質問をしてくるだろう。
それが彼らの仕事なのだから。
まさか、意図が読み取れない人間が崩道として働いているなんて、そんなことがあるだろうか?
携帯を向けている私が、録画やライブ中継をしている可能性を考えない。
そんな考えなしの人間が『事実を詳らかにする』なんてことを、本当にできるのだろうか?
そんなことは、あるはずがない。
彼らはきっと、仕事に誇りをもって正しく崩道をするに違いない。
だから私は意図的に、その言葉だけがはっきりと崩道の意識に残るように。
「全ての質問にお答え致します」
と、最後に大きめの声で告げた。
言われたことを理解しているのか、我先にと質問が飛ぶ。
その中で私は静かに中継を続け、手が挙がるのを待った。
ようやく私が手を挙げたままでいることに意識が向いた一人が、手を挙げて尋ねる。
「今回の犯人が自殺したことは知っていますか?」
「貴方は自身が崩道であると証明することを怠たっています。お引き取りください。次の方」
何を言われたのかわからないのか、目を瞬いている姿を映像に収めて、他に挙がった手を指す。
「えー、トートのカワキタと言います。その携帯は何をしているのでしょうか?」
「ご質問ありがとうございます。お答え致します。次の方」
カワキタと名乗った男も、同じ顔になる。
人の話を聞かないで、何を崩道してきたのだろう。
「いや答えろよ」
「なんだこのガキ」
「チッ。使えねー」
「崩道の自由もわかってないんだろう」
漏れている心の声を、携帯を向けて拾い上げる。
崩道の自由は崩道が自由とは違うんですよ、と答えてやりたかった。
こみあげてくる感情に顔が歪みそうになるのをこらえる。
ゆっくりと深呼吸をして笑みを浮かべると、伸ばした手の中指を曲げた。
「では、所属とお名前は結構です。ご質問はもうよろしいですか?」
仮初めの匿名性。
少なくとも録画しているだろうと予測もつくだろうに。
崩道は向けられた携帯も忘れて、質問を投げつける。
突きつけられたマイクや録音機器。
携帯を弾かれないように守り、肩を打たれて、壁に追い詰められて。
痛みを感じて、少し私の頭が冷えたらしい。
仕事をしている気で必死に騒ぎ立てる崩道に、苦笑が出そうになった。
「被害者は友だち?」
「どのくらいつらいですか?」
「守れなかった教師たちに言いたいことは?」
「答える気あんのか?」
「自殺した運転手のことを許せないよね?」
「自分がやったことをわからないって、あると思う?」
「自殺したいと思う?」
「代わりに死ねば良かったと思ったことは?」
「なんで黙ってんだよ」
「学校つらいよね。いじめとかある?」
「真面目に勉強してる?」
「被害者のことを教えて?」
「死んだ先生に言いたいことは?」
「パンダの赤ちゃんは見た?」
「答えてくださいよ」
「答えてください」
「答えて」
「答えろよ」
「おい、ガキふざけてんのか」
口々に質問を吐き捨て、答える余裕さえ与えずに吠える群れ。
それがどんどん怒りに満ちていくのを、私は笑いをこらえながら見つめて。
伸ばした手の人差し指を曲げて、その手を顔の前に置いた。
モザイク処理されなくても、放送はできないだろうけれど。
「ご質問ありがとうございます。お答えは後日、こちらであげさせていただきます」
結局、からかわれたと思ったらしい。
口々に不満を吐き捨て、別の生徒へと駆け寄っていく彼らを、冷めた目で見つめた。
他の生徒が映らないように注意しながら、携帯のカメラを自分に向ける。
ライブ中継は僅かな時間だったけれど、6桁の数字が見えた。
いつものように目元だけを映して、視聴者たちに問いかけてみる。
「崩道の自由って事実を伝えることが主目的ですよね? だったら改変されないように当事者が伝える方がよくないです? 別に崩道にやってもらう理由って無いですよね? そのへん、あの人たちわかっていると思います?」
ライブ中継を終わらせて、さっきの人たちが騒いでいるのを見る。
顔を隠して避けようとする生徒を追いかけて、取り囲んで飲み込んでいく崩道の群れ。
自分が何をやっているのかも、わからない大人にはなりたくない。
騒ぎつづける声に背を向けて、ため息をついて携帯をしまう。
よし。気分転換に、パンダの赤ちゃんを見に行こう。
「崩道」は、「受け重視で改変したものを事実として流布する」架空の職業です。
職業名ではなく、「人の道が崩れている」ために世間からそう呼ばれているという設定の、現実には存在しない架空の職業です。
仮に似たような仕事があったとしても、「崩道」のような仕事の仕方はしていないでしょう。きっと。たぶん。
10回くらい「〇道」と誤字ってないかチェックをしたことは秘密。




