看護婦の石崎さん
「夏のホラー2019」というイベントをやっているということで、思い付きを書いたものになります。
個別作品としてに投稿しても良かったのですが、こちらに投稿しています。(面倒くさがりなもので)
そのため、一時的に「暇潰市 次話街 おむにバス」に「夏のホラー2019」のタグを追加しています。
本項のタグ:「ホラー」「病院」「夏のホラー2019」「病名は思い出せない」
昨夜の夢見が悪かったのだろうか。
目覚めたとき、吐きそうな気分になっていて、身体を起こすのも億劫だった。
重い目を開いて周りを見れば、変わらない風景。
六人部屋の病室。扉を入ってすぐ右にあるベッドの上で、僕は今朝も目を覚ました。
入院してから一カ月ほどになるが、未だに病名がはっきりしていない。
わかっているのは、覚えていられることがどんどん少なくなっていることだけ。
もしかしたら病名や治療法の説明も受けていて、忘れてしまったのかもしれない。
僕の記憶は飛び飛びで、幼稚園の事を覚えていても今日の朝食を食べた記憶はない。
サイドテーブルに置かれた時計を見ると、いつのまにか電池が切れていたらしい。二時を少し回ったところで止まっていた。
朝飯を食べ損ねたのか、食べた後で眠っていたのか。
誰かに聞いてみようと思って部屋を見渡すと、扉が開いた。
紺色のセーターがはち切れそうな彼女は、婦長の……なんだっけ。思い出せない。
何か相談したいことがあったような気もするのだけれど。その内容も忘れてしまった。
櫛の通りにくそうな髪は短くて固そうな癖毛で、頭が大きいせいか帽を着用していない。
頭に比例して体格の良い彼女は部屋の中を見回して、ため息を漏らす。
ぶつぶつと文句を言いながら、部屋の奥へと向かっていき、それぞれのベッド横に置かれている点滴用のハンガー? スタンド?を回収する。
同じようにして僕のところへもやってくると、力任せに引っ張っていく。
左腕に刺したままの針が引き剥がされて、痛みに呻きを漏らしても、彼女はこちらを見もせず、声をかけることもない。
なんて乱暴なんだろう。
痛みと怒りを感じながら睨みつけても、全く気に止めることなく去っていく。
「----------。全く、本当に迷惑だわ」
よく聞き取れなかったけれど、扉が閉まる直前に微かに呟きが聞こえた。
好き好んでここにいるわけでもないのに、なんでそんなことを言われなくてはならないのだろう。
悲しくてため息を漏らし、目を閉じる。
いつか、全て思い出せる日が来るだろうか。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はい、検温の時間ですよ」
眠っていたのか。
優しく声をかけられて目を開けると、看護婦の石崎さんが体温計を差し出していた。
薄いピンク色のナース服で、少しキツネっぽい顔の彼女は、ナース帽を被っている。
受け取って脇に挟むと、石崎さんは他のベッドに行って同じように体温計を置いていく。
他の看護婦さんの記憶はないが、石崎さんのことは記憶に残っている。
そのせいで毎日彼女が検温に来ているような気がしてしまう。
体温計が電子音を発し、僕はそれを取り出した。
液晶画面には数字が表示されているが、僕の記憶からはそれがどの数字なのかが抜け落ちていて、体温計なのに体温がわからない。
石崎さんは体温計を受け取ると、記録用の紙に書き込んでいく。
「平熱ですね。痛みや気になることはありますか?」
笑顔で問われて僕は視線を逸らした。
近くで声をかけられると、何故か動悸が激しくなる気がする。
石崎さんの顔を見返すことが何故か難しくて、静かな病室を見渡してから、石崎さんを見る。
そのキツネのような笑顔。
何故だろうか、とても安堵している自分を不思議に思いながら、何か大事なことを忘れてしまったような不安を感じる。
「……いいえ。何も」
「それでは失礼しますね」
立ち上がった彼女は、隣のベッドへと移動して体温計を拾うと声をかける。
笑顔で話しかけて、記録して、立ち上がって移動して。
それを全部のベッドで繰り返して、病室を後にするまで、僕はずっと彼女を見続けている。
覚えていられることが、これ以上減ってしまわないように。
石崎さんの顔さえ、わからなくなってしまわないように。
「失礼します」
軽く頭を下げて、石崎さんは扉の向こうへと姿を消した。
開かない扉を見つめていた僕は、病室を見渡してみる。
話し声も、テレビの音もない静かな病室。
僕にお見舞いがあったのは、いつのことだろう。
誰が来てくれたのか、記憶を辿ろうとして。
…………僕は、静かに目を閉じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
目を開けると真っ暗だった。
どうやら夜中に目が覚めてしまったらしい。
寝直そうと思って目を閉じたけれど、眠気がなくなっているのか眠れない。
仕方ないので、今日の出来事を思い返してみる。
少しでも記憶力を保つために、入院してから時間を持て余した時には、回想する習慣ができた。
昼飯も晩飯も食べた記憶がない。
今日は何をしていたのかも覚えていなかった。
でも出来ることがないから、テレビを見ていたと思う。
それなのに、なんの番組を見たのか、どんなニュースを見たのかさえ思い出せない。
どんどん記憶力が弱くなっているようで、僕は怖くなった。
そのうち自分の名前さえ思い出せなくなるのではないか。
そんな思いに囚われて、必死になって思いだそうとしていると、扉が開いた。
真っ暗な廊下から、誰かが入ってくる。
目を凝らしてみると、それは石崎さんだった。
点滴用のハンガー? スタンド? を音がしないように持ち上げている。
しかし、代わりに何かをぶつぶつ呟いていた。
よく聞き取れずにいると、彼女はそれを部屋の奥へと運んで、点滴から伸びた管をベッドへと垂らした。
点滴を弄って、ベッドを覗き込んで、扉の外へと出て行く。
再び戻ってきて、同じように他のベッドへも点滴を運んで、管を垂らしては点滴を弄って、ベッドを覗き込んでいく。
そういえば僕の点滴は、今日は交換をしたのだろうか。
どのくらいの時間で取り替えていたのだったか、思いだそうとしても記憶がない。
今つけている点滴でさえ、いったいいつからつけていたのかを、僕は覚えていなかった。
何故、こんなにも記憶が残らなくなってしまったのだろう。
いつか完治して家に帰ることができるのだろうか。
そんな風に悲しくなってしまった僕のところへも、石崎さんは点滴を運んできた。
夜中に起きていると叱られるため、僕は目を閉じて寝たふりをする。
ぶつぶつと呟いているのが聴こえて、左腕に針が刺さる痛みがする。
こんな真っ暗な中で手探りで針を刺すなんて、危なくないのだろうかと疑問に思い、薄目を開けて彼女を見る。
いつか見た笑顔は無くて、無表情に呟き続けている彼女。
その手にした注射器を、点滴の袋へと刺して中身を押し込む姿が見えて、僕は目を疑った。
見てはいけないものを見てしまったように思えて、目を閉じて寝ているふりをする僕の顔に、吐息がかかった。
「早く死ね。さっさと死ね。今すぐ死ね。
早く死ね。さっさと死ね。今すぐ死ね。
早く死ね。さっさと死ね。今すぐ死ね」
真っ直ぐに顔を見つめているのがわかる吐息と、延々と繰り返される呟き。
息が止まりそうになるのを堪え、ひたすらに彼女が去ってくれるのを待つ。
多分、他のベッドと同じくらいに短い時間だけしかいなかったのだと思う。
でも、僕にはそれが物凄く長い間に感じられて、石崎さんが去って扉が閉まる音を聞くまで、生きた心 地がしなかった。
そっと目を開けて、病室に石崎さんがいないことを確かめて、ため息を漏らした。
目を閉じて深呼吸をして、爆ぜそうなほどに脈打つ心臓に手を添える。
石崎さんはノイローゼになっているのだろうか。
誰かに相談したほうが良いような気がしたが、こんな話を信じてもらえるだろうか。
そんな風に思いながら、点滴の針を抜いたほうが良いかもしれないと思い至る。
何故か急速に眠くなっているのを感じながら、僕は左腕の針へと手を伸ばし。
…………その後の、記憶がない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
昨夜の夢見が悪かったのだろうか。
目覚めたとき、吐きそうな気分になっていて、身体を起こすのも億劫だった。
重い目を開いて周りを見れば、変わらない風景。
六人部屋の病室。扉を入ってすぐ右にあるベッドの上で、僕は今朝も目を覚ました。
入院してから一カ月ほどになるが、未だに病名がはっきりしていない。
わかっているのは、覚えていられることがどんどん少なくなっていることだけ。
もしかしたら病名や治療法の説明も受けていて、忘れてしまったのかもしれない。
僕の記憶は飛び飛びで、幼稚園の事を覚えていても今日の朝食を食べた記憶はない。
サイドテーブルに置かれた時計を見ると、いつのまにか電池が切れていたらしい。二時を少し回ったところで止まっていた。
朝飯を食べ損ねたのか、食べた後で眠っていたのか。
誰かに聞いてみようと思って部屋を見渡すと、扉が開いた。
紺色のセーターがはち切れそうな彼女は、婦長の……なんだっけ。思い出せない。
何か相談したいことがあったような気もするのだけれど。その内容も忘れてしまった。
櫛の通りにくそうな髪は短くて固そうな癖毛で、頭が大きいせいか帽を着用していない。
頭に比例して体格の良い彼女は部屋の中を見回して、ため息を漏らす。
ぶつぶつと文句を言いながら、部屋の奥へと向かっていき、それぞれのベッド横に置かれている点滴用のハンガー? スタンド?を回収する。
同じようにして僕のところへもやってくると、力任せに引っ張っていく。
左腕に刺したままの針が引き剥がされて、痛みに呻きを漏らしても、彼女はこちらを見もせず、声をかけることもない。
なんて乱暴なんだろう。
痛みと怒りを感じながら睨みつけても、全く気に止めることなく去っていく。
「誰もいない病室に毎日誰が置いてるのか知らないけれど。全く、本当に迷惑だわ」
よく聞き取れなかったけれど、扉が閉まる直前に微かに呟きが聞こえた。
好き好んでここにいるわけでもないのに、なんでそんなことを言われなくてはならないのだろう。
悲しくてため息を漏らし、目を閉じる。
いつか、全て思い出せる日が来るだろうか。
今の時期、病院に一度は行くことになるため、正直イヤですよね。
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そんな感じのテロップが過ります。
面倒くさくてイヤなので、誰か代わりに受けてくれないかなぁ……。
(諦めて行ってきます)